第14話 二度目の来訪

「わー! もう沙月さん強いよぉ!」

「今のは運が良かっただけだよ。小春ちゃんだってあと少しだったじゃん」


 彼女と妹が楽し気にテレビゲームをしながら会話するこの場所は僕の部屋。


「次は兄貴も一緒に!」

「そうね。和泉君。一緒にやりましょ」

「う、うん……」


 一体どうしてこうなったのか。

 時は数時間前まで遡る。


 ☆☆


「良い終わり方だったわね」

「確かにそうだね。まさかヒロインがあんなことになるなんて。伏線の回収が凄かったよ」

 

 天童さんが大学生に絡まれた後は、予定通り映画を観に行った。

 少々意外だったのは、何を観るか選択権を天童さんに譲ったところ、彼女が選んだのは実写のラブコメだったことである。


「この後は何か予定とかあるの?」

「あるわよ」


 自信ありげに答える天童さん。買い物もして映画も見てご飯も食べたというのに、一体何をするのだろう。


「和泉君の家でお家デートする」

「……えっ!」


 確か今日は妹の小春が塾はないと言っていた気がする。


「何。断ろうとでも思った?」


 思いました。


「いや、そんなこと言うとは思っていなかったからさ……」

「そ? なら早速出発!」


 そうして、僕は天童さんと二人で家に帰るのだった。


 ☆☆


「相変わらず、普通って感じの家ね」


 僕の家の前に到着すると、天童さんは早速感想をボソッと呟いた。

 天童さんの家みたいな豪邸でなくて悪かったみたいな発言を、普通ならするのかもしれないが、今日の天童さんの発言からそれはなんとなくやめておいた方がいいと身を案じたので言わない。


「普通の一軒家です」

「じゃあ入ろっか」


 何故か天童さんが先導するかたちで中へと入った。

 薄暗い玄関。角の扉の向こう、すなわちリビングには明かりが点いているのが分かる。


「親か誰かいるの?」

「いや。多分……」

「おかえり兄貴ぃ……って誰!? そのお方は!」


 扉の向こうから現れた小春は、僕の横の美少女を見るなり心の底から驚いたといった様子になる。


「えっと彼女は……」

「初めまして。天童沙月といいます。えっと……和泉君とは、お付き合いをさせてもらっています」


 僕が出る幕もなく、天童さんはしっかりと笑みを浮かべながら自己紹介をした。


「は、初めまして……妹の小春です……って彼女!?」


 小春は再び驚嘆する。


「あ、兄貴。一体いつからこんなとんでもない美少女彼女なんて……」

「一か月弱前くらいかな」

「まじですか……ていうか……天童さんってあの天童さん?」

「そう。あの天童さん」

「きゃああああ!」


 小春の三度目の驚嘆。

 数秒が経過して小春は冷静さを取り戻した。


「……なんか自分だけ盛り上がっちゃってすいません。どうぞあがってください」


 そう言われて天童さんは明るい『お邪魔します』と共に、靴を脱いで僕の家へと上がった。


「兄貴の部屋行きます?」

「うん。そうしよっかな?」


 甘い顔をしながら、人差し指を唇へと当ててこちらを見る天童さん。


「じゃあ案内しますね」

「お願いします」


 妹は今、どういった役として動こうとしているのだろう。

 普通なら僕の後ろに天童さんが続いて二人で二階へと上がるはずと思うのだが、今は小春に次いで天童さん、そして一番後ろに僕という謎すぎる順番だ。


「ここが兄貴の部屋です」

「お邪魔しまーす」


 天童さんは初めての来訪といった様子で、僕の部屋へと足を踏み入れた。


「ゆっくりしていってください。途中で覗いたりしないので、どうぞご安心を」

「ちょっと何言ってるの小春」

「いやいや。年頃のカップル二人が部屋で二人きりなんだから、そういうこともあるかと思って一応……」


 確かに普通のカップルなら十分あり得る話だ。でも僕たちの関係は普通では収まるものではない。


「ありがとうございます小春さん」

「いえいえなんもです。それと敬語じゃなくていいですよ。私の方が年下なので。あ、あと飲み物持ってきますね」

「ありがとうございます……じゃなくてありがとう」


 そして最後に小春はニコッと笑うと、一階へと降りて行った。


「ごめんね。あんなこと言わせて」


 一応小春の発言を僕が謝っておく。いくら仲のいい恋人のフリをしているとはいえ、僕とそんなことをしていることを考えさせてしまうのなんて不快に違いない。

 逆に捉えれば、僕とあんなことやそんなことをしたいと思ってもらえたとしたら、それは僕の目標の一つが達成できたとも言えるかもしれない。


「べ、別に……したいの?」

「え……?」

「だから……私とそういうこと、したいの?」


 妙に顔を赤くしながら聞いて来る天童さん。

 もしかして天童さんって既に僕に惚れてる? いやいや、だとしたら早すぎる。

 

 まだ僕は天童さんが好いてくれるような行動をそこまでしていない。自惚れてはいけないぞ和泉春。


 これはあれだ。再びこの部屋で僕にトラウマを植え付けようという魂胆に違いない。


「互いに好意を抱いていないんだから、したいとは思わないかな」


 本音を打ち明けるのなら、天童さんみたいな美少女とそういうことを出来るのならしたい。

 でも、僕の初めては桃瀬さんに捧げるとこの身に誓った。だから天童さんとそういうことをするのは……待って。こう考えるのって僕だけ?


「あっそ……まあ私が和泉君とそんなことするなんて、明日隕石がふって学校が壊されるくらいあり得ないわね」


 つまり現状では可能性はないということだろう。


「はいはーい。飲み物持ってきましたぁ!」


 コップ二つとお茶を載せたトレーを持ちながら、小春が再び姿を現す。


「ありがとう小春ちゃん……そうだ! よかったら三人でゲームしない?」

「え? 私はいいですけど、天童さんはそれでいいんですか?」

「うん! せっかくだし、小春ちゃんとも仲良くなりたいと思って」

「ならお供します! 兄貴! 準備して!」

「はい……」


 なんか絶妙に息ぴったりのような二人に急かされながら、僕はテレビゲームの準備を進めるのだった。


 ☆☆


 一時間くらいが経っただろうか。


「わー! もう沙月さん強いよぉ!」

「今のは運が良かっただけだよ。小春ちゃんだってあと少しだったじゃん」


 僕の部屋で、彼女と妹が、以前天童さんがこの部屋に来た時にプレイしたテレビゲームをしながら楽し気に会話する。

 いつの間にか小春も天童さんのことを下の名で呼ぶようになっていた。


「次は兄貴も一緒に!」

「そうね。和泉君。一緒にやりましょ」

「う、うん……」


 初めは僕も一緒にプレイしていたのだがなんだか面倒くさくなり、その後はベッドでスマホをいじっていたのだが再び三人でやることになった。


 渋々僕もプレイする。


 さらに時間が経過した。


「やったぁ! 勝ったぁ!」

「凄いね小春ちゃん」


 一位をもぎ取った小春は歓喜の声をあげる。


「僕はここでフェードアウトさせてもらうよ」

「えー。もっと三人でやろうよ」

「また二人で楽しみましょ。小春ちゃん」

「そうですね……」


 僕はコントローラーを床に置き、ベッドにダイブする。

 その時だった。


 キュルルルル。


 空腹を知らせるあの音が、部屋全体に響き渡った。

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