第13話 一つ強くなれた気がする

 迎えたデート当日。

 僕は言われた通りに目的の場所へとやってきた。


 ここは家から最寄りの駅から電車一本で来れる大きな駅だ。

 この駅は交通の要衝としての位置付けはさることながら商業施設も数多く存在するので出かけるならここという人も多いだろう。

 レストランや服屋、ゲームセンターや映画館など種類は多岐にわたる。


「ちょっと早く来すぎたかな」


 待ち合わせに遅れたらどんな目に遭うか分からなかっため、少し早く到着できるよう家を出たが、スマホで時間を確認すると待ち合わせぴったんこカンカンの時間だった。


「お待たせ! 和泉君!」

「天童さん……っ!?」


 陽気な声と共に、天童さんは僕の前に現れた。

 初めて拝見させていただく天童さんの私服姿に悩殺されそうになったが、なんとか持ちこたえる。


「もしかして待たせちゃった?」

「いや、今来たところだよ……」


 生きていれば一度は聞いたことがあるだろう台詞を言う。


「そ? ならよかった! じゃあ行こっか!」


 そう言って天童さんは僕の片手を取ると、意気揚々と歩き出した。


 天童さんに、半ば強引に最初に連れてこられたのは服屋だった。

 女子にモテようと、天沢君を連れまわして服屋を回っていた一年前くらいが懐かしい。


 天童さんは店内をぐるりと周りながら気になるような服があれば手に取り、身体に当てて鏡を見ながら似合っているか確認していた。

 それだけなら全然構わないのだが、その度に僕にも評価を求めてくるのは荷が重いので止めてほしい。

 正直天童さんなら何を着ても似合っているようにしか見えない。


「これとかどうかな?」


 ここで思い付いたことがある。確かにどれも天童さんにお似合いの服だけど、どれか一つをベタ褒めすることで少しでも意識させようというものだ。


「凄い良いと思うよ! うん。もの凄い天童さんに似合ってる!」


 僕はこれまでとは打って変わった口調で言った。


「そ、そう? じゃあこれにしよっかな……」


 持っていた衣服で口元を隠しながら頬を赤く染める天童さん。か、可愛い……いや違う! これも演技なのだから。


「せっかくだし私が和泉君に似合う服選んであげる! 今のも似合ってるけどもっと良いのもありそう」

「そ、そう? ありがとう……」


 今着ているのは天沢君の助言……いやほとんど天沢君が選んでくれたものだ。

 僕にはファッションセンスの欠片が微塵もない。


 そして今度は天童さんが僕に似合いそうだと思ったものを僕の身体に当てて、実際どうかを検討し始めた。


「ちょっと。何その顔」


 僕の身体に服を当てながら天童さんは聞いてきた。一体僕はどんな顔をしていたのだろうか。


「え? あ、いや。あの女王様に服を選んでもらえるなんて光栄だなと思って……」


 僕にとってのこの発言は、目の前の天童さんを褒めるものと思っていた。

 しかし、それは本人からしたら違ったらしい。


 天童さんは顔を下げる。そして小さく呟いた。


「――やめて」

「え?」

「だからその呼び方やめて!」


 これまでに聞いたことのない荒い声が、天童さんの口から発せられた。


「ご、ごめん……」


 僕と天童さんの間に気まずい空気が漂い始めそうになる。


「あ、いや……私の方こそいきなり声荒々しくして、ごめん……」

「天童さんがこの呼び名を嫌いだったの知らなかった。軽々しく口にした僕が悪いよ……」

「言わなかった私も悪い……けど今後はその呼び方はやめてもらえると助かる……」

「うん……」

「じゃあ和泉君の服選び再開しよっか」


 なんとか状況が回復し、僕の服選びが再び始まった。


 その後は一緒に昼食を食べ、他にも色々ショッピングをし、気が付けば僕たちの片手は色々な商品が入った袋でいっぱいだ。

 もう少し袋が増えれば両手が塞がってこうして手を繋ぐこともなくなりそうだけど、多分そこまでは行かない。


 手を繋いでいる時とそうでない時に周囲の男子から向けられる視線の量に大幅に違いがあるため、可能なら手は繋ぎたくないが、こうしていた方が好かれる可能性は一パーセントくらい上がるだろうと考えて何とか堪えている。


「この後はどうするの?」


 横を歩く天童さんに聞く。


「映画でも観ようかなって思ってるけど、どう?」

「いいね」


 なんと言われても賛同するのが今回のデートでの僕の立ちまわり方だと先刻理解した。


「あ。ちょっとトイレ行って来ていい?」


 先ほどから感じていた尿意とちょうど近くにあるトイレ。

 行くなら今かなと思い許可を得る。


「いいよ。荷物、持っててあげる」

「ありがとう。助かるよ」


 僕は持っていた荷物を天童さんに手渡し、颯爽とトイレへと入っていった。


「はぁ……」


 用を足し、大きな鏡の前で手を洗いながら大きなため息をつく。


 これが桃瀬さんとのデートならどれほど幸せなだろう。一度だけ彼女とデートしたことがあるが、とても楽しかった。


 今はそんなこと考えても意味はないと思いながら手を乾かしてトイレを出ると、そこには両手に荷物をぶら下げながら僕を待つ天童さんの前に、大学生くらいと思われる男子三人が立っていた。


 あれはどう見ても……ナンパというやつだ。


 どうしよう。助けるべきか。でも胸ぐらを掴まれてボコられるなんていう展開もあり得る。


「ねえねえ。俺たちと遊ぼうよ」

「そうそう。金ならあるからさ、色々奢るし」


 男たちは手慣れたような口調と表情を駆使して天童さんを誘おうしている。

 そんな言葉の裏の欲望なんて同じ男子から見れば丸見えだ。


「すいません。待ってる人がいるので」


 流石は天童さん。こんなの慣れているといった様子で誘いをきっぱりと断った。


「もしかして彼氏持ち?」

「こんなに荷物持たせる奴なんてほっといてさ。俺たちと遊んだほうが絶対楽しいって!」


 そう言いながら、三人のうちの一人が天童さんの左手首を掴んだ。


「ちょっと! やめてください!」


 気が付けば、角に身を隠して僕の身体は動き出し、天童さんの右手首を掴んでいた。


「すいません。僕の彼女に何か用ですか?」


 明るくハキハキとした口調で僕は問いかける。


「ちっ! やっぱ彼氏持ちかよ。行くぞお前ら」


 そう言うと天童さんから手を離し、三人はどこかへと歩いて行った。


「ありがとう……」

「別にたいしたことじゃないよ。やっぱり天童さんくらい可愛いとああいうこともあるんだね」

「うん。でもああやって手首を掴まれたりとかは初めて。今までは拒否すれば諦めてくれたから」


 容姿が良いといいことばかりではないんだな。


 しかし今はそれよりも大切なことがある。

 以前までの僕ならあんな場面に立ち入ることなんてなかったに違いない。


 けれどさっき勇気を振り絞って天童さんを助けるといった一連の行動のおかげで、少しは成長出来た……そんな気がした。


 


 




 

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