第12話 それする必要ある?

 あれから時が経ち、春休みを迎えた。

 一週間と少ししかないとはいえ、毎朝早起きしなければならない苦痛から少しでも逃れられるのは至福のひとときと言えるだろう。


「でも、今後はどうしたらいいかなぁ……」


 自室の机にて、僕はこの先のことについて思い悩んでいた。

 現在心配していることは大きく分けて二つだ。


 一つ目は、あの日以来桃瀬さんからの接触が激減したということ。いくら待っててと言ったとはいえど、何もないと彼女にフラストレーションでも溜めさせているのではと心配になる。それがどこかで爆発でもしたらと考えると怖い。

 

 二つ目は天童さんのラブラブ彼女の演技が最初の頃よりも増していることである。身体を密着させてくる機会も増え、男子からの視線が痛くなっている気がしていた。しかし初めの頃よりは僕の心臓も強化されたのか、さほど高鳴ることはなくなったため、良いことといえば良いことなのではあるのだか。


 そんなことを考えていると、部屋のドアが開いた。

 かすかにだが、一階からのカレーのものと思われる良い香りが鼻腔を撫でてくる。


「兄貴ぃ。晩御飯出来たから呼びに来たぞい」

「小春。うん。今行くよ」


 僕を兄貴と呼ぶこの子は、和泉小春こはる。正真正銘僕の妹だ。

 僕と同じ黒髪はボブカットで、春からは中学三年生になる。普段は塾に通っているため帰りが遅いが、今日は休みなため晩御飯を作ってくれるとのことだった。

 

 父さんがいなくなってからというもの料理などの家事は、家にいれば小春がしてくれることが多い。


「なんか悩んでいるような顔だけど、なんかあったの?」

「え? いやいやなんもないけど……」

「この優秀な妹に聞いてみい。其方の悩みを我が解決して差し上げよう」


 腕を組みながらえっへんといった様子で身構える小春。


「えっと……じゃあ優秀な我が妹よ。我の悩みを聞いてくれ」

「もちろん」


 そして僕は、自分のことを学校の友達という設定で今悩んでいることを話した。


 数分後。


「――とまあ、こういうことで悩んでいる友達がいるんだけど……」

「なるほどなるほど」

「小春はどうしたらいいと思う?」


 少し考えるような素振りを見せると、小春は閉じていた口を開いた。


「そんなのヤンデレの人と付き合う一択しかなくない?」

「ほう……」


 ですよねと内心で思いつつも、なるほどといった顔で僕は返答する。


「両思いなのも確定しちゃってるんだし、いかない理由ないでしょ。そんなことで悩むなんて蚤の心臓だなお前ってその人に言ってあげな」

「わ、わかった……」

「それで解決解決! ほら晩御飯食べよ」


 そう言うと小春は部屋から出て行った。


 和泉春、どうやら君の心臓は蚤の心臓らしい。確かに天童さんと付き合う前にも、桃瀬さんに想いを伝えられなかったのだから当然だろう。


 若干落胆しつつリビングに向かおうと椅子から立ち上がると、机上のスマホが振動した。


 なんだろうと思いつつスマホを手に取り通知の内容を確認すると、相手は天童さんだった。

 しかもその内容というのが……。


『和泉春。明日私とデートしましょ』


 まさかのデートのお誘いだった。これが桃瀬さんとのものだったらなんて素敵だろうとときめきつつも現実に向き合う。


『別にプライベートでそれする必要ある?』


 学校がない日に天童さんと何かすることはこれまでになかった。お似合いのカップルと見せつけるのは校内だけでほとんど事が足りていると無意識に感じていたこともあるだろう。

 そんな中、わざわざ休日を使ってまで僕とデートする必要なんてあるだろうか。


『休日見かけなかったら、あの二人本当はみたいな噂が広まるかもしれないでしょ。だから念には念をってやつよ!』


 多分だけどそこまで警戒する必要はないだろう。どれほど用意周到じゃないと気が済まないのだろうか。


『ちょっと明日は用事があるから厳しいかも』


 プライベートで天童さんと隣合って歩く。うん。現状の僕には厳しすぎるミッションだ。

 僕は神に祈る気持ちを込めてこのメッセージを送った。


 すぐに既読がついたものの、なかなか返信がこない。

 どうしたのだろうと思っていると、天童さんからの答えが届いた。


「……くっ!」


 送られてきたのはメッセージではなく一枚の写真だった。キスしようとタコみたいな顔になった一人の男子の顔だった。


『分かった。どこに行けばいい?』


 渋々画面をタップして、僕は行くことを決意したメッセージを送る。


『えっと――』


 明日の待ち合わせ場所と時間を確認して、今度こそリビングへと赴いた。

 

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