第11話 欲求が爆発しないように
「さ、沙月……」
「天童さん……」
僕と本田さんの口から出る目の前の彼女の名前。
一体いつからそこにいたのだろう。
もしかしたら先の一部始終を見られていたのだろうか。いや、だとしたらこんな様子で登場するとは考えにくい。
「珍しい組み合わせの二人だね」
「そ、そうだねぇ。ちょっと光流のことで聞きたいことがあったんだ」
本田さんは何とか誤魔化そうと、おそらく即興の嘘を天童さんに伝える。
「……そうそう。ちょっと僕に聞きたいことがあったらしくて……」
僕も本田さんの発言に乗っかるように言う。
「そうだったんだぁ。天沢君に何かサプライズでもしようとか考えてたの?」
「まあ、そんなかんじ……一応聞きたいことは聞けたからさ。ほらほら戻ろ! 沙月。ホームルーム始まっちゃうよ」
「う、うん……」
本田さんは天童さんの片手を取り、先にこの場から去っていった。
あの様子から考えれば、おそらく僕たちの会話は聞かれていないはずだ。
そう思い込むことにして、僕も教室を目指した。
☆☆
キーンコーンカーンコーンという鐘の音が、放課後に突入したことを知らせる。
やっぱり月曜日の授業は一日を通して最悪な気分だ。
僕はこのまま帰る……のではなく、屋上へと向かわなかればならない。
今日の昼休み中。いつも通り天童さんから貰ったお弁当を、彼女と一緒に食べている時だった。
「放課後。屋上に来て」
耳元でそう呟かれた。だからこのまま帰ることは許されないのである。
若干重い足取りで屋上へと続く扉の前まで来た。
ドアノブへと手をかけてドアを開けると、そこには安全柵の手前にて僕を待つ天童さんの姿があった。
制服の上に何も着ていないため肌寒い。
僕は彼女の元へと歩み寄る。
「今回はどのようなご用件で……」
腕を組みながら立つ天童さんに声をかける。
「単刀直入に聞くわ。今朝体育館裏で、千夏と何があったの?」
明るい彼女を演じている時とは異なる声で、天童さんは今朝のことを聞いてきた。
「もしかして……全部見てた?」
その質問に答えるように、天童さんは首を縦に振る。
「前半は何を言っているのか聞き取れなかったけど、後半は私関連のことを喋っているのがわかった。一体どんな話をしていたの?」
ここはなんとか誤魔化すべきだろうか。それとも真実を伝えるべきか。
「ちなみに、千夏にはこのこと聞きたくないからさ。和泉君の口から教えてほしいんだけれど……」
後半の内容を知っているのであれば、おおよそ本田さんの行動が天童さんのために行われたものであるということは察しがつく。
仮に天童さんが本田さんに真実を追求するとなると、それは本田さんにとって好ましい展開ではない。
「……わかった。教えるよ」
僕は自分が桃瀬さんとデートをして、それを本田さんに知られてしまったことを桃瀬さんに教えた。
「なるほどねっ! 浮気現場を盗撮されて千夏が怒っちゃったってことだ!」
笑いの壺にはまったのか、天童さんはげらげら笑いながら僕の長い話を要約するように言った。
「そういうことです……」
「ていうかさ。桃瀬さんと和泉君って両想いだったんだ」
「そ、そうだけど……」
初めて天童さんと放課後デートをしたときに桃瀬さんがくっついてきたことと、今回僕が桃瀬さんと二人きりのデートをしたことを考慮すれば、そう思うのも当然だろう。
「私という彼女がいながら、他の女子と二人きりでデートなんかしちゃった和泉君の今の心境は?」
インタビューでマイクを向けるように、天童さんは片手をグーにして僕の口前へと運ぶ。
「反省しています……」
「ならよろしい……って別に、和泉君が他の女子とあんなことやこんなことしてても私は構わないけど……」
「え……?」
普通じゃあり得ないその発言に、僕は拍子抜けになる。まあ、僕たちの関係は普通ではないからそこまで驚くことでもないのかもしれない。
「表向きでお似合いのカップルと評されているのなら、別に和泉君が他の女子と何したって大丈夫ってことよ。逆に変に欲求溜めさせちゃったりして、その爆発対象が私だったりしたら嫌だし……」
「じゃあ桃瀬さんと仲良くしてもいいってこと?」
「そういうことよ。ただ、特に千夏に変に思われるようなことはしないでちょうだい。あの子には余計な心配かけたくないから」
「わかった」
隠れてこそこそ桃瀬さんと絡む必要はないらしい。だかしかし、これだと僕の目的の一つである天童さんが本当に僕に好意を持つというゴールが遠ざかってしまうような気がする。
「……いや。やっぱり駄目だよねこういうの」
「え……?」
僕が小声で呟いたからか、天童さんは全て聞き取れていないようだった。
「確かに僕たちの間には本当の好意なんてないかもしれない。だけど付き合っている相手を差し置いて他の異性と遊ぶなんて言語道断。やっぱり駄目だよ。もしかしたら天童さんが僕のことを少しでも好いているかもしれないし……」
「はぁ……」
「だから桃瀬さんとは極力そういうことはないようにする」
自分でも何言ってるのか分からなくなってきたが、これで多少の効果は期待できるのではなかろうか。
おそらくだけど、こんなこと言った僕は普通に桃瀬さんと関わると思う。意外と僕ってクズ?
「別にそれは和泉君の勝手だけど……」
気のせいだろうか。若干天童さんの頬が赤く染まっているように見えるのだが。
いやいやこれも演技の一部という可能性は十分あり得る。
仮に本当に照れてそうなっているのだとしたら、僕の謎発言が効いたということかもしれない。
「天童さん……もしかして照れてる?」
「っ……!?」
僕の問いかけに、天童さんはまさに照れていたといった様子で身体全体をビクンッと反応させた。
「そ、そんなわけないでしょ。バカッ!」
そう言って天童さんは速歩きでこの場から去っていく。
間違いない。彼女は将来有名な俳優になれる。頭一つ抜けた容姿にあの演技力。
俳優としての素質は十分だろう。
なんてどうでもいいことを考えながら、僕も屋上を後にした。
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