第10話 友達だから
日が経ち今日は月曜日。
三月下旬で、まだ肌寒く感じられる通学路を天沢君と一緒に歩いている。
「この間いきなり姿消したけど、なんかあったのか?」
「え!? あ、うん……」
「急用とか書いてあったけど、大丈夫だったか?」
「そんな大したことじゃなかったよ。だから大丈夫。ごめんね。心配かけちゃったみたいで……」
「なんもなかったなら安心安心。でも助けが必要なら言えよな」
「ありがとう……」
言えるはずがない。天沢君を置き去りにして桃瀬さんとデートしていたことなんて。
いや、もしかしたら全てバレていて、僕を試しているのだろうか。
いやいや、天沢君はそんなことするような人ではない。
「そういやさぁ。
両手を頭の後ろに回しながら、天沢君はそう言った。
千夏というのは、現在進行形で天沢君の彼女である本田千夏のことだろう。
本田さんは天童さんととても仲が良い印象を受ける。天童さんのクラスメイトで常に彼女のそばにいる気がする。
加えて運動能力も高く、陸上部に所属しており数多の大会で好成績を収めているのだとか。
高校入学早々にして付き合い始めた二人は、もうすぐで付き合って一周年を迎えようとしていた。
「なんかあったの?」
「それがさ。なんも思い当たる節が無いんだよ。昨日の夜いつも通り通話してたらさ。どうにもいつもより口調が荒いっていうか……声からして怒ってるような感じがしたんだよな」
「そうなんだ……もしかして、あれじゃない? ほら……」
「ん……?」
「その……女の子の日? みたいな……」
僕は変に込み上げてきた緊張から声が小さくなってしまう。
「はははっ! 和泉からそんなワード出てくるなんてな!」
「ちょっと、笑わないでよ」
「悪い悪い。でも多分、それはないと思う」
「そうなんだ……」
「あれっておおよその周期があるからさ。多分違うかな」
「へぇ……」
つい先日まで女子との接点がほぼ皆無に等しい僕にとっては初耳学だ。
「和泉も彼女出来たんだし、そういうことも必要な知識かもな」
「そ、そうだね……」
結局本田さんの話から脱線して、僕たちは学校へと歩を進め続けた。
☆☆
教室に到着。
教室は先に到着していたクラスメイトたちの談笑で賑わっていた。
僕はそんな彼ら彼女らの間をすり抜けていき、自分の席へと向かう……前に一人の生徒の席に行く。
「おはよう。桃瀬さん」
「おはよう。和泉君!」
桃瀬さんは笑みを浮かべながら返事をした。
今までとほとんど変わらないこの風景、唯一異なる点を挙げるとすれば、桃瀬さんの笑顔のニッコリ度合いがいつにも増して凄まじいことだろう。
「おはよ桃瀬」
「おはよう。天沢君」
後ろにいた天沢君も桃瀬さんに声をかけたが、明らかに対応が違う。
ルーティーンを終えた僕は、満足気に自分の席に向かった。
「そういや桃瀬の件。なんか決めたの?」
自分の席ではなく僕の机横に立つ天沢君は、先日相談した内容の進展を聞いてきた。
「まあ……今は大丈夫ってかんじかな……」
「そっか。言われた内容から察するに相当なヤンデレをどうにか出来るなんて凄いな」
「ありがとう……」
今のところ誰からも声をかけられていないということは、まだデートのことはバレていないと判断しても差し支えないのだろうか。
「ねえ和泉。ちょっといい?」
唐突に僕と天沢君の前に現れたのは、紺色の髪を肩付近まで伸ばした一人の女子だった。
僕の名を呼ぶその声は、いつもの甲高くて明るいそれとは違う、奥に憤りを感じるような力強いものだった。
「お、千夏。お前昨日なんで……」
「ごめん光流。ちょっと後にしてもらっていい? 今は和泉に用があるんだ」
「お、おう……」
僕は察した。目の前の本田さんが必死に抑えている怒りの原因というものを。
「ってわけで和泉。ちょっと来て……」
「うん……」
ここで抗うことは自殺行為だと悟った僕の身体は何も躊躇うことなく彼女についていく。
そして僕が連れてこられたのは体育館裏だった。
「ここなら盗み聞きされることもなさそうね……」
こちらに背を向けている本田さんはそう呟くと勢いよく身を翻してこちらを向く。
「ど、どうしたの? 本田さん……」
本田さんとは天沢君の彼女であるという関係から話す機会はそこそこ多い。
「ねえ和泉……」
「はい……」
目を合わせずにそう言う本田さん。次の瞬間、彼女は勢いよくこちらに迫ってきた。
思いもよらないその行動に、僕の身体は反射的に後退して壁にぶつかる。
しかし本田さんの勢いは消えることなく、そのまま僕の目の前に差し掛かったかと思うと、まさかの壁ドンをしてきた。
正確には逃がさないための行動だろうけど。
「これ、どういうこと?」
そう言いながら空いている方の手で本田さんが突き出してきたスマホの画面には、ニコニコしながら桃瀬さんと手を繋いで歩いている僕の姿が映っていた。
教室で声をかけられたときから悟っていた。つまり僕のデートはバレていたというわけである。それも、おそらく一番バレてはいけない人に。
「えっと……なんというか……」
「まさか、浮気とかじゃないよね?」
傍から見れば完全に浮気だろう。高校生の男女が手を繋いで歩いているのだから。
「ち、違う……これは……」
こんな場面で言い訳に及ぶ自身の愚かさに反吐が出そうだが、認める勇気がなかった。
「違うんだったら違うって言って」
「違う……」
両者にしか聞こえないくらいの声量で、僕たちは言葉を交わす。
「本当に?」
僕は小さく首を縦に振る。
「そっ。ならいいや……」
そう言うと本田さんはスッと僕から離れる。
「そ、その写真って、天童さんに見せたの?」
「はっ? 見せるわけないじゃん。沙月はおろか他の誰にも見せるわけないでしょ」
「というと……」
「これで変に噂が広まったり、そもそもこの写真を見て沙月が悲しんだりするのが私は一番嫌だから。でも見てしまった以上は真実を確認しなきゃいけない」
「そっか……」
今回の本田さんの行動は、天童さんの友達だからという理由の一点張りだったということだ。
僕はそれにも気が付けない自分に落胆する。
おそらくだけど、僕と天童さんの関係の裏の事を知っているのは僕と天童さん、そして桃瀬さんしかいない。
本田さんから見れば友達……いや親友の彼氏にあたる僕が、こうなるのも納得だ。
「今回は和泉を信じる。でも今後、沙月が傷つけるようなことをしたら、私はあなたを許さない」
「わかった」
「なら今回のことはなかったってことで……」
そう言うと本田さんはスマホの画面をタップし始める。そしてあの写真を消去した。
「じゃ、戻ろっか」
「そうだね……」
僕たちは教室に戻ろうと歩き始める。
「二人共! こんなところで何してたの?」
明るく澄んだ声と共に僕たちの前に現れたのは、天童さんだった。
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