第8話 これしか思いつかなかった
「そ、それは分かってたけど……」
「いや好きじゃない。大好きだよ! 桃瀬さんのことが!」
普段の僕からは考えられないような声量が室内に響き渡る。
僕は自分の言葉なのに、それが原因で込み上げる緊張から逃げようと目を閉じる。
一体、今桃瀬さんはどんな顔をしているだろうか。
予想以上の僕の好意に驚いている? はたまた喜びに満ちた顔をしているだろうか?
それか……もしかしたら……。
「じゃ、じゃあ……なんで私と付き合ってくれないの?」
「も、桃瀬さん……」
今にも泣き出す寸前の女子のような声に、思わず僕は目を開ける。
目の前には、その可愛い瞳から涙を流す桃瀬さんの顔があった。
僕からの予想以上の好意……それはもしかしたら、彼女にとってより残酷なものになる可能性は十分考えられた。
けれど今のこの状況をなんとかするには、こうする以外思いつかなかった。
「そんなに私のことが好きなら、なんで天童さんなんかと付き合っているの? やっぱり和泉君は騙されてる。それしか考えられない」
「違うんだよ桃瀬さん! 天童さんと僕は……確かに付き合ってるけど、互いに好意は抱いていないんだ! その、なんていうか……互いの利益のためにそうするしかなかったっていうか……」
「なによ。互いの利益って……」
「今から話すよ……」
僕はあの日起きた全てのことを、目の前の桃瀬さんに話した。
「――と、まあこんなことがあったっていうかんじなんだけど……」
「なるほどね」
桃瀬さんはすっかり泣き止み冷静さを取り戻していた。
「でもそれじゃあ……あの天童さんに告白された、本当は私のことが大好きなはずの和泉君は告白を断ればよかったってだけの話だよね?」
「そ、それは……ぐうの音も出ないかぎりです……」
「まあそれは起きちゃったことだからしょうがないとしても、互いの利益って言ったって……和泉君にとってのそれは、表向きでは天童さんとイチャイチャ出来ること……傍から見てる私、めっちゃきついと思うんだけど?」
桃瀬さんの仰る通りだ。
いくら本当に好きな人が自分であることを知っていたとしても、目の前で他の女子とイチャイチャしているところを見せつけられるなんて地獄以外のなんでもない。
「ごめん! それは僕から少しでも軽くなるように天童さんに言ってみるよ」
「今後そういうことがあったら容赦なく私は間に割って入るからね。それは天童さんに限らず、和泉君に近づく女子全員が対象だから」
「ほどほどにお願いします……」
どんな形で僕と天童さんに突っ込んでくるのかはなんとなく想像がつく。
「でも最終的には、一人の男子として成長して私に告白してくれるんだよね?」
「うん……絶対に桃瀬さんに告白する」
「そっか。別に私は今の和泉君も大好きなんだけど……今すぐに別れて告白してくれてもいいんだよ?」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、ごめん……」
「わかった。この気持ちを制御出来る自信はほとんどないけど、和泉君が告白してくれる日を待つことにする」
「あ、ありがとう」
これは、とりあえずはなんとかヤンデレによって儚い命が散るという展開を避けることが出来たと言ってもいいのだろうか。
「でも早くしてね。それに、もし天童さんが和泉君に何か危害を加えようものなら、私はすぐさま彼女を殺す」
「わ、わかった……」
その危害という言葉に、写真の拡散なども含まれているのだろうか。
だとしたら何事もなく桃瀬さんと付き合うには、振られた天童さんが何もしないという実に難しいステージ攻略を求められている気がする。
「……けれど、よく全てを話してくれたよね。私が全てをぶちまけて和泉君を独占するかもとか考えなかったの?」
「それは、桃瀬さんのことを信頼してたから……」
これはまさに賭けだった。桃瀬さんの言う通り彼女が全てを周囲に打ち明けて、周りがドン引きする中、孤立した僕を桃瀬さんが独占するパターンも十分あり得る。
「……桃瀬さん?」
反応が返ってこなかった桃瀬さんの方へと視線を移す。
「和泉君、やっぱりここでしよ?」
「そ、それはまだっ!」
「どうして? 好きな人同士でするえっちは、多分最高に気持ちいいと思うけど……」
これまでそういったことと縁のなかった僕でも、それはなんとなく想像がつく。
「た、確かにそうだと思うけど……そういうのはちゃんと桃瀬さんと付き合ってからがいい……その方がもっと……き、気持ちよくなれると思うから……」
僕は頬に熱が籠るのを感じながらもなんとか言いたかったことを伝えた。
「そっか。じゃあえっちはお預けってことで。私は和泉君の意見が最優先だから」
「あ、ありがとう……」
暫しの間、なんとなく気まずい雰囲気が流れる。多分そう感じてるのは僕だけだろうけど。
「ちなみにだけど……」
「何?」
そんな沈黙を打ち破るように桃瀬さんは続ける。
「仮に和泉君が天童さんのことを本当に好きになったら、どうなるか分かるよね?」
「それはないから! 絶対大丈夫!」
「なら安心!」
「よかった……じゃあそろそろ僕、帰るよ」
カーテンを閉めていない窓越しから外が大分暗くなっているのが分かった。
そろそろ帰ろうと思いベッドから立ち上がる。
「別に泊まっていってもいいんだよ?」
「それは……ちゃんと付き合ったら何回も来るよ!」
「そっかぁ。楽しみだなぁ」
「じゃあまた学校でね」
そうして今度こそ僕は桃瀬さんの部屋と家を後にし、自分の家へと帰った。
どうにか今日の事、誰にも見られてませんように。
追記
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