第7話 僕の好きな人

 こちらを見上げていた桃瀬さんとばっちりと目が合う。

 思わず逃げるように僕は身体を隠す。


 握っていたスマホが再び振動する。


『デートしよ?』


 デ、デートッ!?


 したい。出来ることなら今すぐに桃瀬さんとデートがしたい。

 だが二つ問題がある。


 一つ目は現在お花を摘んでいる天沢君がいるため、彼を置いていくか否か決めなければいけないということ。

 二つ目は僕が天童さん以外の女子とプライベートで会って仲良さそうにしているところを誰かに見られてそれが天童さんに伝わってしまうことだ。

 

 僕と天童さんの関係は、あの初日の次の日には学校全体に広まっていた。

 現代の拡散力を考慮すれば、一瞬で情報が伝わるのは火を見るよりも明らかである。


 あ、そうだ。


 僕は一つ思ったことを伝える。

 タップしてメッセージを入力していく。


『天沢君、僕の友達もいるんだけどいいかな?』


 仮に男子二人と女子一人なら、色々な捉え方が出来て最悪バレてもダメージを抑えられる……なんていうのは甘い考えかもしれないが一応聞いてみた。


 送った途端に既読がつき、即座に返信がくる。


『嫌』


 やはりそうなってしまうか。

 どうやらここは行くしかなさそうだ。


 二つの問題は両方とも曖昧なままであるが、ここは致し方ない。


『ごめん! 急用が出来ちゃったから先に帰るね』


 一応ここから立ち去ることを天沢君に伝えておく。

 ごめん天沢君……胸中でも謝罪をしておき、僕は店を出た。


「ごめん! 待たせちゃって……」

「来てくれたから、いい」


 ヤンデレならぬツンデレみたいに、そっぽを向きながら桃瀬さんはそう言った。

 それよりも、初めて目の当たりにする桃瀬さんの私服姿……可愛い。


「ちなみにだけど、僕が来なかったらどうしてたの?」


 一応答えはある程度推測出来るが、一応聞いてみる。


「え? そんなの決まってるよ……」


 桃瀬さんは上着のポケットに手を突っ込む。


「わ、わかった! もう大丈夫……」

「そ?」


 間違いなくそこにあるのは人を傷つける……いや、殺すための何かが入っているのだろう。


「よかった。そ、それで……これからどうするの?」


 話題を変えて、僕はこれからの動きを桃瀬さんに聞く。


「デートだけど……」

「そ、それは分かってるんだけどさ。具体的にほら、何するのかな。みたいな?」

「そんなこと和泉君は気にしなくて大丈夫! ほら、行こっ!」


 そうして桃瀬さんは満面の笑みで僕の右手を取ると、勢いよく歩き出した。


 この後、僕は桃瀬さんにひたすらについてゆくというデートをしたのだった。


 ☆☆


「楽しかったなぁ。和泉君との二人きりの初デート!」

「そうだね」


 時間が経ち、時は夕方。

 オレンジ色の鮮やかな空と、どこからともなく聞こえてくる烏の鳴き声がなんともエモく感じられる。


 今僕たちは住宅街を歩いている。

 あの後は普通に健全なデートを、桃瀬さんと共にした。

 長年夢見ていた好きな人との初デート、言葉でどう表現したらよいか分からないほどよかった。


 ただ一つ気になったことがあるとすれば、デートの最中に桃瀬さんは一度も天童さんのことを聞いてこなかったことだ。

 何か裏があるのかもしれないと多少身構えつつデートをしていたが、何もなく今に至る。


「この後はどうするの?」


 僕の右手を握りながら、迷うことなくどんどん歩いている桃瀬さんに問う。

 ここは僕の家がある住宅街からは少し距離がある。

 だから隠れた名店みたいな所に行くのではない場合、おそらく向かう先はあれしか考えられなかった。


「デートの最後はお家デートって、相場は決まってるんじゃないの?」

「や、やっぱりそうなんだ……そういう相場が決まっているのかは分からないけど……」


 彼女がいるのにそれ以外の女子の家に転がり込むのはあまりよくないことだ。

 でも相手は桃瀬さん、どうしても行ってみたいと思ってしまう。


 その後程なくして、一つの一軒家の前で桃瀬さんは立ち止まった。


「ここ私の家。今日親いないから今から二人だけの空間が完成するよ」


 二人だけというワードに身体全体が反応したような気がした。


「ほら、入ろ?」


 桃瀬さんは何も戸惑うことなく僕を中へと誘った。

 そして暗い通路を歩き階段を上って、一つの扉の前に到着する。


 おそらくここが桃瀬さんの部屋だ。

 なんだか緊張してくる。


 桃瀬さんが扉を開き電気を点けると、そこにはいかにも女子高生らしい派手な部屋……などではなく、僕の部屋と瓜二つと言っても過言ではない部屋が待っていた。


 ベッドに机や小さなテーブル、テレビにいくつかの棚……いたってシンプルなものだ。


「そこ、座っていいよ」


 僕は言われた通りに桃瀬さんが愛用しているであろうベッドへと腰を下ろす。

 そのまま着ていた上着を脱ぎ、横に置いた。


 桃瀬さんは僕と同じように上着を脱ぐと一つの棚の元へと行き、引き出しを開けて何かを取り出そうとした。

 そして目的のものが見つかったのか、動いていた腕は静止し、その正体が明らかになる。


「……なっ!?」

「ねえ和泉君。このまま、しちゃお?」


 片手にはゴムがあった。ヘアゴムとか輪ゴムとかでもなく、男女があんなことやこんなことをするときに用いるあのゴムだ。


「ちょっ! 桃瀬さん。それはいくらなんでも無理だよ!」


 何食わぬ顔で近づいて来る桃瀬さん。逃げようと思えばいくらでも逃げられる。

 でも身体が言うことを聞かない。

 

 そして目の前に差し掛かった桃瀬さんは、僕の上半身を押し倒すと同時に上に跨ってくる。


「だ、駄目だよ。桃瀬さん……」


 自分でも分かる。こんな覇気のない駄目という言葉なんて、むしろ相手の要求に吞まれたいと言っていることと変わらないって。


「いいじゃん。私はこんなにも和泉君、君を求めてる。そんな君も私のことが好きだったんでしょ?」

「そ、それは……」


 僕はずっと目の前の君が好きだった……今もそれは変わらない。それは間違いなく事実である。

 でも僕には今、彼女がいる。それは桃瀬さんではない。それもまた事実だ。


「……仮に、断ったとしたら?」

「そんなの言われなくても分かってるよね? 今すぐに和泉君を殺して私も死ぬ」


 やっぱりそうなるのか。


「ほら、和泉君は私に身体を委ねてくれれば大丈夫だから……もう天童さんのことなんか考えられないくらいに、君をぐちゃぐちゃにしてあげる」


 そう言うと桃瀬さんは空いている方の手を、僕の下半身の方へと伸ばし始める。

 もういっそのこと、いけるところまでいくのもありなのかな。


 仮に天童さんと別れたとして、僕のあれがばらまかれたり、社会的立場が悪い方へと進んでいっても、おそらく桃瀬さんはずっと僕の傍にいてくれる。ずっと味方でいてくれる。


 そして二人で一生を添い遂げるというのもありかもしれない。

 

 ……そうだ。それでいいじゃないか。

 

 ずっと追い求めていた桃瀬さんとのこういう展開……わざわざ断る意味なんてないんだ。


 僕は覚悟を決め、天井を仰いでいた目を閉じる。


『よかったら私と、付き合ってくれないかな?』


 風で靡く綺麗な金色の髪。


 気が付くと、僕は上半身を起こして桃瀬さんの肩を掴んでいた。


「……い、和泉君?」


 意味が分からないといった様子の桃瀬さんの瞳には、真顔で彼女を見つめる僕の顔が映っている。


「僕の好きな人は……桃瀬さん。君だよ」


 今日一番落ち着いている口調で、僕はそう言った。






追記


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