第6話 好きな人の正体
「も、桃瀬さん……?」
これまで見てきたポーカーフェイスの象徴であるかのような表情、でもどこかいつもと違う雰囲気が感じられる。
得体の知れない、恐ろしい何かが。
「ちょっと、いい?」
「う、うん……天童さん、ちょっと席外すね」
「わかった……」
天童さんが立ち上がって僕は動けるようになった。
そのまま立ち上がり、歩き出した桃瀬さんについてゆく。
……はっ!?
僕はここで重大なことに気が付いた。
先刻の休み時間のあれから、もしかしたら桃瀬さんは僕に好意を寄せているかもしれない……そんな中で、唐突に好きな人に恋人が出来ていたいたとしたら、僕なら絶望するに決まっている。
大きく唾を一度飲み込むと、教室を出たすぐ横の壁際で桃瀬さんは立ち止まった。
そして身を翻し、僕と向き合う。
「その、どうしたの? 桃瀬さん」
「……単刀直入に聞くね和泉君。天童さんとはどういう関係?」
この展開はやっぱり……。
「えっと、恋人……だけど……」
そう言った途端に僕らの間を沈黙が包み込む。
そして数秒後、桃瀬さんは口を開いた。これまでに見たことのないほどおぞましい表情と共に。
「どうして? 和泉君は私だけを見ていたんじゃなかったの?」
「……っ!?」
「ずっと前から知ってたよ。隙さえあれば私のこと見てたの」
「なっ!?」
「付き合っているなら今すぐ別れて、私と付き合ってよ。それが無理なら、今すぐ和泉君を殺してから、私も死ぬ」
「な、何言ってるの!?」
出来るなら今すぐ桃瀬さんと付き合いたい……けど、なんなんだこの桃瀬さんの様子は。
前にどこかで聞いたことのある、確かヤンなんとかみたいな。
いやいや今はそんなことどうだっていい。
「ちなみにだけど、どっちから告白したの?」
事実告白してきたのは天童さんの方だ。ただこの際、どっちと言うべきだろうか。
僕からしたとすれば元から天童さんのことが好きだったみたいに捉えられるだろうし、向こうからだと言えば相手の魅力がせいだと捉えられる。
「……天童さん、からだったよ」
でもやはり後者の方がましだと思い、僕は事実を述べる。
「そっか……」
桃瀬さんはそう言うと、顔を僕の目の前へと近づけてきて続ける。
「和泉君、君は騙されてるだけだったんだね」
「え……?」
思いもよらない発言に驚く。
桃瀬さんは再び距離を取ると喋りだす。
「安心した。和泉君からじゃないなら君は彼女に好意はない。そして天童さんには何か裏がある。何かを企んで和泉君に近づいた。そうしか考えられないね……そうだ。なら彼女を消しちゃえば……そうだ。そうしよう! 和泉君、君は何も心配しなくていいからね! 君の全てを私にくれれば、私は生きていける」
「ちょっ! 何を言ってるの桃瀬さん!」
この様子だと、近いうちに我が校の女子生徒一人が殺されたといったニュースが報道されるかもしれない。
一体どうしたら。
「二人とも! 一体何の話してたのぉ?」
まずい空気が流れだしていた僕たちに、何も知らない天童さんがひょいと顔を出しながら聞いてきた。
「あ、えっと……」
僕はなんと言ったらよいか分からず困惑する。
「なんでもないよ! ちょっと確認したことがあって、もう終わったから。ごめんね! 彼氏と長話しちゃって」
桃瀬さんは数秒前とは様子が一変し、とても明るい様子で天童さんにそう言った。
「そっか! なら戻ろ! 和泉君!」
そうして僕は天童さんに引っ張られながら、再び教室へと入っていく。
☆☆
「うん。間違いなくそれはヤンデレっていうやつだな」
少し日が経ち、今日は休日。
今は天沢君と共に近くの繁華街へと足を運んでいる。
時間帯が昼ということもありお腹が空いていたため、二階から外を眺められる場所に位置しているファストフード店へとやってきていた。
「ヤンデレ……やっぱそれだったんだ」
僕はフライドポテトをつまみながら、好きな人の正体に唖然としていた。
ちなみにあの日の放課後、天童さんとデートなるものをしたのだが、それは二人ではなく桃瀬さんも終始横についてくるというものだった。
「まあ、このまま放っておけば間違いなく死人が出るだろうな」
天沢君はハンバーガーを堪能しながら簡単にそう言った。
「ヤ、ヤンデレってそんなにやばいの?」
「度合いにもよるだろうけど、桃瀬の発言的にそのレベルだと思う」
「ど、どうしたらいいんだ僕は……」
「一番手っ取り早いのは天童と別れて桃瀬と付き合うことだろうな」
「それは分かってるけど……」
それは言われる前から分かっていた。出来ることならそうしたいけど、相手はあの天童さんだ。
弱みを握られている上に、彼女の家系が恐ろしすぎる。
それにまだメンタルの強化……いやむしろ弱体化してるといっても過言ではない段階でそれは出来ないに等しい。
「まあ、出来ねえよな。それは天童も可哀そうだし……一体どうしたもんかねぇ」
「まったく分からないよ」
僕はこの先どうしたらいいか皆目見当もつかないことに溜息をつく。
「……あ、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おっけー」
天沢君は席を離れて歩き出した。
本当に、どうしてこんな展開になったんだろう。
刹那、真横で女性のご老人が転んだ。
持っていたトレー上の品があたりに散らばる。
「だ、大丈夫ですか!?」
僕は反射的にその人に声をかけてちらばったハンバーガーだのをかき集めてトレーに戻す。
「ありがとうねぇ」
「いえいえ。怪我とかはないですか?」
「大丈夫じゃよ。本当に、ありがとうねぇ」
二度をお礼を言うと、ご老人は空いている近くの席へと腰を下ろした。
ふぅ。何もなくてよかったな。
僕は座りながら胸中で安堵する。
するとブーと目の前に置いてあったスマホが振動した。手に取って通知の内容を確認する。
「………っ!?」
通知の内容はとある人間からのメッセージだった。
「も、桃瀬さん……」
ロックを解除してどんな内容のメッセージが来たのか確認する。
『外、下を見て』
書かれていた通りに、外へと視線を移す。
そこには桃瀬さんの姿があった。
追記
現在拙者、☆に飢えています
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