第5話 ついにそれは現れた
やばい……どうしよう……。
校内にはキーンコーンカーンコーンと授業終了を知らせる鐘の音が鳴り響いている。
ただいま終了したのは四時間目だ。
つまり……昼休みに突入したということである。
間もなく彼女は僕の教室へとやってくるだろう。
いつも通り教室はクラスメイトたちの談笑でわいわい盛り上がっていた。
そんな中、僕だけはいつも以上に心臓が高鳴っている。
「なあ和泉。飯買いに行こうぜ」
後方から誰かが……おそらく天沢君が話しかけてきているが、そんなのに構っていられる余裕はない。
そして次の瞬間。
それは現れた。
「ねえ! 一緒にお昼食べよ?」
開いていた窓から流れ込む冷たい風が、声の主の金色の髪を靡かせる。
クラスメイトたち……いや、廊下からも多くの生徒が僕たちのことを見ていた。
「はっ!? あの女王様についに彼氏が!?」
「噓でしょ!? 天道さん、ついに彼氏できたの!?」
「ていうか、どっちから告白したんだ!?」
喧噪の中から、男女問わずしっかりと僕たちの関係に困惑している声が聞こえてくる。
「う、うん……」
僕は今出来る精一杯のぎこちない笑顔で昨日できた彼女……天童さんを迎える。
天童さんはそれに応えるかのようにニコッと笑うと、空いていた隣の席の椅子を僕の机横へと移動させた。
「そ、それ……許可取らなくても大丈夫?」
隣に座っていたのは男子であるため、おそらく天童さんに頼まれたら速攻許可するとは考えられるが、一応確認はしておいた方が良いと思う。
「あ、確かに……クラス違うしね……」
そう言うと天童さんは移動させた椅子を元の場所へと戻し、数秒悩んでいるような素振りを見せると、何か閃いたといった様子で口を開く。
「……なら、こうしよっか!」
「……えっ!」
あろうことか天童さんは僕が全面積占めて座っていた椅子に、強引に座り込んできた。
先よりも周囲が一気に騒がしくなる。
僕が体重を乗せているのは大体三分の一くらいといったところだろうか。
幸いにもここは窓側の席であるため、壁に体重を預けて身体を支えることが出来た。
「これで問題ないよね?」
「は、はいぃ」
いや、絶対に問題ある。
まず、いくら好意を寄せていないとはいえど、こんなに可愛い子が身体を密着させて隣に座っているなんて、僕の理性が保つかどうか。
それに、いきなりこんな現場を見せつけられたギャラリーたちが黙っているだろうか。
「お、お前たちって……付き合ってたのか!?」
先から斜め後ろにいた天沢君が、流石に僕たちの様子を疑問に思ったのか聞いてきた。
「うん! 昨日から私たち、恋人になったの!」
「くっ!」
天童さんは自慢げにそう言いながら、上半身全体で僕の右腕を包み込んだ。
長年夢見ていたやわらかい感触が伝わってくる。
「そ、そうなんだ……よかったな和泉。それに天童さんも……あ、よかったらだけど飯買いに行かね?」
天沢君は動揺しながらもいつも通りに僕を昼食調達に誘ってくれる。
それを聞いた天童さんは首を回して僕の顔を見る。
「和泉君。いつも昼食購買で買ってるの?」
「え!? あ、まあ……」
母さんの手間を少しでも減らそうと、高校に入って給食という概念がなくなってからは、いつも天沢君と購買に何か買いに行ってた。
「それなら心配いらないよ! 今日おかず作りすぎちゃってさぁ。お腹の調子も絶好調ってわけじゃないから私のこれ、全部食べちゃってもいいよ?」
天童さんは持ってきていたお弁当が入っていると思われる袋を僕の目の前へと移動させる。
「いいの?」
「もちろん!」
「そ、そっか……なら和泉は購買行かなくていっか」
「う、うん……ごめんね。天沢君……」
せっかく誘ってくれた天沢君には申し訳ないが、ここは天童さんのお弁当を頂くことにしよう。
おそらくどんな展開になっても、天童さんの成すがままに行動するのが堅実だと考えられる。
「気にすんな。念願の彼女との昼食、楽しめよ」
そう言って天沢君は教室から出て行った。
「よし。じゃあ早速食べよっか!」
そうして天童さんはお弁当を開封する。
桃色のお弁当箱の中身はいたってシンプルなものだった。
「た、食べていいんだよね?」
「うん! もちろんだよ……あ、でもせっかくなら……」
天童さんは同梱されていた箸を手に取ると、僕に渡す前におかずの卵焼きを掴んだ。
ま、まさか……。
そしてそれを、僕の口元へと運んでくる。
「はい。あーん」
「い、いただきます……」
しっかりと挨拶をしてから、卵焼きを食べる。
「……どう? 美味しい?」
天童さんは心配そうな表情でこちらを見つめてきていた。
「うん! 凄く美味しいよ!」
「ほんと!? よかったぁ……不味いなんて言われちゃったどうしようかと思ったよ」
天童さんはほっと胸をなでおろすように言った。
実際、かすかな甘みと絶妙な塩加減の卵焼きはとても美味しかった。
仮にこれが不味いと思ったとしても、あの天童さん相手にそんなこと言える男子は世の中にいるのだろうか。
「まあ流石に、全部あーんするのもあれだしね。ほら食べて食べて」
天童さんは持っていた箸を渡してくる。
そうして僕は、終始真横から見つめてくる天童さんと、教室内及び廊下からこちらを窺っている男女の視線に耐えながら、人生史上最高の緊張感の中でお弁当を食べきったのだった。
「美味しかったー。ごちそうさま」
「お粗末様でした」
なんとか食べきった僕は、お弁当に蓋をして天童さんに渡す。
「これ、天童さんが作ったの?」
「そうだよ。彼氏に美味しいと思ってもらえるように頑張っちゃった!」
くっ……可愛い。
今は僕たちに注意を向けている人間はいないように思える。
ここでそんな演技をする必要はないとも考えられるが……。
廊下にいたギャラリーも、人が溢れすぎたのか教師たちによって解散させられていた。
それにしても、料理まで出来るなんて……本当に抜け目のない人だよな。
「明日から、ちゃんと和泉君の分も作ってくるね」
「あ、ありがとう……」
完全に天童さんの手のひらの上で転がせているように思える。
果たして僕は彼女に好意を抱かせることなんて出来るのだろうか。
それにこんな昼休みが今後も続くということに、先が思いやられるがどうしようもない。
「そうだ! 今日の放課後さ――」
天童さんが何か言おうとした時だった。
「――ねえ。和泉君」
ドンッと机が両手で叩かれると同時に聞き覚えのない暗い声が聞こえた方へと視線を移すと、そこには桃瀬さんの姿があった。
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