第4話 好きな人の様子がおかしい
「……とは言ったもののなぁ……」
翌日。
授業と授業の合間の休み時間。
昨日、彼女が出来た僕こと和泉春は窓の外を眺めながらこれからのことを思い気が重くなっていた。
ちなみに、今日はまだ一回も天童さんと会話をしていない。
彼女曰く、昼休みに僕の席で一緒に昼食を食べているところを周囲に見せつけ、出来立てほやほやのお似合いカップルを見せつけるのだとか。
校内一の美少女と謳われている天童さんと、冴えない男子高校生こと僕、和泉春が付き合ってるなんて噂など、おそらく光の如く早さで広まるに違いない。
いや、こんなところで弱気になっちゃ駄目だ。
昨日決めたばかりではないか。僕は彼女との関係を通して男子として成長するのだと。
そして今度こそ……。
「……ねえ和泉君」
「はいっ!?」
胸中で己に喝を入れようとした途端に、一人の女子が話しかけてきた。
その物静かな柔らかい声の方へと視線を移す。
「……も、桃瀬さん?」
横に立っていたのは、僕が本当に好意を寄せている桃瀬さんだった。
「和泉君、今朝は挨拶してくれなかったね……それに、あんまり顔色良くないように見えるけど、大丈夫?」
「え……?」
僕と桃瀬さんは中学生の頃から関りがある。
それ以来、クラスも学校も常に同じだった。そして基本的に毎朝の挨拶とか、時に何か話すときには僕から声をかけることが全てだった。
でも確かに、言われてみれば今日の朝、僕は桃瀬さんに『おはよう』の一言すらなかった。
「あ、うん! 大丈夫だよ! ごめんね。心配かけちゃったみたいで……」
僕は不器用に笑みを浮かべながらも一応謝っておく。
「そっか。ならよかった……」
そう言った桃瀬さんにここから立ち去る気配が一切感じられない。
僕の目を、その透き通った青いサファイアの目でじっと数秒ほど見つめると彼女は口を開く。
「……和泉君」
「はい?」
そして桃瀬さんは身体を前のめりにして、顔を僕の耳元へと持ってきて続ける。
「無理はしちゃだめだよ。それに……もし和泉君に何かあったとしても大丈夫、私はずっと君の傍にいるから……どんな脅威からでも君を守ってあげる」
「……へ?」
桃瀬さんは満足したのか僕から顔を離して目が合うと、ニコッと普段はあまり見られない笑顔を見せると、自分の席へと戻っていった。
一体なんなんだ。
しかしこれがどういった状況なのかを理解するのに、さほど時間は要さなかった。
今の僕の脳内には、ある一つの可能性が浮かび上がっていた。
「……ま、まさか。桃瀬さんは僕の事……仮にそうだとしたら、納得がいく」
他者には聞こえない声で僕は呟く。
「……桃瀬さんが僕に好意を抱いている!?」
少々の間を置いて、僕はあまりの衝撃に席を立つ。
「ま、まさかぁ!」
思わず取り乱してしまい、頭を抱えながら教室中に響く大声を出してしまう。
今まで談笑だのスマホをいじっていたクラスメイトの視線が一気にこちらへと向いて来るのが分かった。
皆が怪訝そうな表情でこちらを見ている中、ただ一人桃瀬さんだけは満面の笑みを浮かべていた。
「あ。す、すいません……」
いきなり大声をあげてしまったことを詫びて、僕は再び椅子に座る。
ま、まさか。僕のあの好意は……成就する可能性が高かったということなのだろうか。
込み上げる羞恥から逃げようと思い机に顔をうずめようとした時だった。
ブレザーのポケットに入っているスマホが振動する。
なんだろうと思い、取り出して通知の内容を確認した。
「……なっ!」
通知の内容は一人の女子からのメッセージだった。
『可愛いね』
送り主は言わずもがな桃瀬さんだ。
横目で彼女の方を見る。
すると桃瀬さんは先と同様の笑顔でこちらを見ていた。
間違いない……桃瀬碧は僕のことが好きなんだ!
この時、僕の心臓がこれまでの人生で感じたことがないほど高鳴っているのを感じた。
一つ気になるのは、桃瀬さんのあの言葉の重みを異常に大きく感じたことだった。
☆☆
どうしたんだろう。
私、桃瀬碧は今、目の前の状況の理解に苦しんでいた。
私には好きな人……いや、大好きな人……いや、愛している? 違う、私にとって全てな人がいる。
彼がいない世界なんて滅んでしまっても構わない。
和泉君……どうして今朝、私に挨拶してくれなかったの?
毎朝すれ違ったり会ったりした時は決まって声をかけてくれたよね?
なのに、どうして……それに何故、そんな思い悩んだような顔をしているの?
私たちは一生を共に添い遂げる関係……そう思っていたのは私だけ?
君が初めて声をかけてくれたあの日から、私の気持ち……いや、全ては君のものなんだよ。
駄目だ……これ以上は自制心が効かなくなりそう。
とりあえずは彼の声が聞きたい。
気づいたときには席を立ち歩き出していた。
そして彼の元へと向かう。
横に来た。でも、どうやら和泉君は私に気づいていないようだ。
私はどんな時でも君から向けられている視線を感じて逃したことはないのに。
一呼吸おいてから、私は声を発する。
「……ねえ和泉君」
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