第3話 決意

「……へ?」


 状況の把握が出来ず、情けない声が漏れ出る。


「本当にキスなんてすると思った?」


 別人かと疑うほどの、さっきまでの甲高くて明るい口調とは打って変わって冷淡な声が天童さんの口から聞こえてくる。


「え、えっと……これはどういう……」


 まったく現状を理解できない。

 どういうことか聞きたい気持ちと、おそらく待ち受けているであろう恐ろしい展開のために聞きたくないといった正反対の二つの気持ちがジレンマに陥っていた。


「単刀直入に言うわ。和泉君、あなたははめられたのよ」


 まあ、ですよね。

 そう言うと同時に、天童さんは自身のスマホ画面を見せつけてきた。


「……ハッ!?」


 その画面には、下心丸出しとも捉えられる僕のキス顔があった。

 ちょうど目を開く直前に撮られたのか、唇をなんとか前に出そうとしていてタコみたいだ。自分でもきもいと感じるほどである。


「こ、これをどうするおつもりなのでしょうか……」

「別にこれをどうこうしようとは思ってない……条件さえ呑んでくれるなら」

「……というと?」


 完全に相手の手の内だ。

 僕には反撃する術など持ち合わせていない。おそらくどんな条件でも受け入れることになるだろう。


「私はあなたに告白した。それ自体は事実だしどうこうしようとは思わない。だから今後、人前ではお似合いのカップルを演じてもらう。条件はそれだけよ」

「は、はい……?」


 予想していた展開とは随分と異なっていた。

 てっきり今後下僕として生きていくとか、もっと酷いものだと思っていた。


「どうする? 条件を呑む?」

「仮に断ったとしたら?」


 念のために聞いてみた。

 もしかしたら別れるだけで今日のことは一切なかったことになるとかいう訳の分からないことが起きるかもしれない。


「この写真を拡散したうえ、お父さんに頼んであなたを社会的に抹殺してもらうことにな……」

「ぜひ条件を吞ませていただきます!」


 迷う必要などなく、身体が反射的に天道さんに従うことを強制してきた。

 土下座という行為を、躊躇うことなく天童さんにする。


「そっ……じゃあ……」


 顔を上げて天童さんの顔を見る。

 そこにはさっきまでの、いつも通りの天童さんの顔があった。

 そして彼女はニコッと笑う。


「これからよろしくね! 和泉君!」

「よろ……しく……」

「うん! じゃあ、私帰るねっ……」

「う、うん……」


 帰ると言ったが、天童さんに動き出しそうな気配は感じられない。

 僕は立ち上がって彼女と視線を合わせる。


「あ、あれ……帰るんじゃないの?」

「うん。帰るよ。和泉君も一緒に」

「え? 僕の家はここなんだけど……」

「こんな可愛い彼女に、暗い道を一人で歩いて帰れなんて、言わないよね?」


 天童さんはニヤッと口角を上げると、持っていたスマホを俺に見えるようにちらつかせてくる。


「分かりました……」


 あの有名な天童家の豪邸の場所はある程度把握している。学校からここに来る道とは反対のため、歩けばそこそこ時間がかかる。

 まあ、駄々をこねるだけ無駄なことは分かっているため、大人しく彼女についていくのだけど。


「……ていうかさ」 

「なに?」


 街灯が照らす住宅街を歩いている最中、僕は天童さんに問いかける。


「その、なんで僕なの?」

「別に他意はないわ。強いて言うなら……そうね。地味な人だったら私が好きになることもないだろうし……」

「も、もう結構です」

「あっそ」


 これ以上聞いているとメンタルが砕けそうだと身を案じて聞くのを止める。

 思えば、告白された時に『好き』というような前置きは一つもなかった。


「でも、それならさ。別に好きじゃない人と付き合うより、本当に好きな人とかとこうした方がよかったんじゃない? そもそもなんでこんなことするの?」

「私こんな容姿だからさ。やっぱりモテるのよ。でもいい加減告白されるのも面倒くさいし終始感じる男子の視線も気になるし。まあ、他にも理由はあるけど、それは言いたくない。だからこうしたってわけ。実際、好きな人とかは……いないわね」


 最後の間が少々気になったものの、状況は理解できた。決して納得などはしていないが。


「なるほど……」

「まあ、和泉君にとって悪いことでもないでしょ。一生彼女なんて出来そうにないあなたに、こんな可愛い私が彼女になってあげてるんだから」

「確認だけど、僕に好意はないんだよね?」

「そ、そんなの当たり前でしょ!」

 

 若干頬を赤く染める天童さん。まさか本当はこう言ってるけど、実際は……なんてことはあり得ない。

 これも演技の一部だろう。実際、このような状況に陥った原因の大本は僕の淡い恋心なのだから。


「ならやっぱり彼女っていってもなんか違う感覚だよ」

「そっか。まあ、それは捉え方次第ね」

 

 そんなやり取りをしているうちに、目的地に到着した。


 ここは何度か通ったことのある道だが、その度に社会格差のようなものを感じる。


 映画とかドラマに出てきそうな豪邸、庭には噴水だの銅像だのが設けられている。


「それじゃ……例の件、よろしくね」

「うん……」

「じゃあ、また明日」


 そう言って天童さんが鉄の門扉に近づくと、彼女を歓迎するかのように扉が開く。

 僕は彼女が家の中へと入っていくのを遠目で確認する。


「ぷはぁっ!」


 張り詰めていた気持ちから解放されたからか、一気に息を吐く。


「一体どういうことなんだこれは……」


 星がきらきら輝いている夜空を見上げながら、今日一日起きていたことを振り返ると、どうしてこうなったのかまったくわからない。


 確かに僕は天童さんの彼氏……になったわけだけど、向こうからすればただの男避けスプレーみたいなものだ。


「……そうだ」


 僕はここであることを閃く。


 一応は天童さんの彼氏……だから彼女との交流を通して、自らが男子として成長する。

 一人前の男子になって、天童さんが僕に本当の好意を寄せた時、彼女を振る。

 そして今度こそ桃瀬さんに告白するんだ。


 仮にそう出来たとしたら天童さんがブチ切れ、自らの権利を行使して僕のキス顔が世間に公表されるみたいな展開も無きにしも非ずだが、その時の僕はおそらく鋼のメンタルでどんな状況でも耐え抜ける……はずだ。


「よし!」


 決意と共に自らに喝を入れ、僕は再び長い夜道を歩き出した。

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