#13 敵か味方か

 登録申請書とすべての必須書類を持って、陳晞は未来に通う学校の正門に立っている。棕櫚の葉っぱは夏風に打たれて、さわさわと音を立てる。


「だからさ、どうしてあなたもここに?」彼女は呆れた顔で隣の人に聞いた。その人はまるでご主人様に散歩に連れ出されたペットのようで、その体の後ろで振ってる尻尾が見えそうだ。


「一緒に授業を受けるのが嬉しい!」彼女の表情を見て、林又夏は首を傾げた。「それとも私とクラスメイトになるのがいや?」


「そうじゃないけど」


「ならあなたも嬉しいよね?」


「そうじゃなくて」陳晞は意思疎通を諦めた。「早く入ろう」


 彼女達が受かった高校は総合高等学校である。ここでは様々な課程を違う能力を持つ生徒たちに提供している。機械使いだけでなく、魔法使いにも入学する資格がある。多分これがこの高校と他の中学のクラスメイトが選んだ学校との最大の違いなのだ。


 確かに陳晞は試験でやらかしたが、幸い成績が思ったより受け入れられないほどに悪くないようだ。


 この学校は元々彼女が思った第一志望で、父親の母校でもある。ここの話が出るたび、母親は毎回不満そうにしているの覚えている。どうやら父親の元カノはここを卒業した魔法使いらしい。


 試験中にやらかしたけど、偏差値はそこそこ高い。陳晞は前に並んでいる者の背中を見て、自分の林又夏に対して理解のなさについて考えていた。彼女の過去も知らないし、成績はどんな感じなのかもわからない。


 いつも能天気に見えるから、陳晞はこいつがただのバカだと思っていた。けど林又夏と一緒に郵便局で書留郵便を受け取った時、自分宛ての登録申請書が入った封筒と同じ外見の封筒を見て、自分の認識が間違っていたことに気付いた。


「成績は良いの?」


 しまった。ストレートに聞きすぎたようだ。陳晞は心の中でまずいって叫んでいる。だが林又夏はすでに振り向いてきたから、とぼけて聞き間違いにしようとしては間に合わない。


「ん?私の成績に興味あるの?それとも私に興味ある?」


 火事の後、林又夏は結構大人しくなった。人を驚かせる言葉を出す回数はかなり減ったから、一緒に過ごすのもそんなにストレスじゃなかった。陳晞はあの感じがかなり好きだったが、今この人はまた本性を出してきたようだ。


 先ほどちょっと恥ずかしがっていた陳晞は今の相手の反応を見ると、突然自分は別に言ってはならないことを言っていない気がした。


 彼女は書き終わったばかりの登録申請書を面の前に振って、相手の視線を遮ろうとした。「なんのことであれ、そんなことはないから」


「やめてよ~」林又夏は口を歪めて「陳晞なら、成績がかなり良いでしょ?」と聞いた。


「そこまで良くないよ」


「嘘つけ。家中表彰状が一杯だよ?あとトロフィーも多い」


「それには両親のもあるよ」


「いやいや、その多くには『陳晞』の二文字が書かれているよ?」


 確かにそうだ。子供の頃の陳晞は負けず嫌いで、試合があったら出たがるし、しかも勝たないといけなかった。


 ああいう性格になったのも、多分両親が家に置いている山積みのトロフィーの影響を受けたのだろう。当時は何時も『何時かは二人を超える!』という考えでいっぱいだ。


 ただちょっと大人になってからは、国家研究員の両親の偉業がそう簡単に超えられるものではないと気付いた。自分にはまだ遠い。


 今の彼女のできることと言えば、精々林又夏のために孤児院に使う必需品の家電を作るぐらいだ。


「それを見なかったことにして」


「照れてるの?」


「照れてない」


 なんでそんなことで照れる必要があるんだ?心の中でそう思ったら、陳晞は空いた手で、クスクス笑っている林又夏の華奢な肩を掴んで、並んでいる隊列の方向に戻した。


 体育館には多くの新入生が詰まっていた。陳晞と林又夏を除けば、大抵は親が付き合っている。店長さんも一緒に来ようかって聞いたけど、二人に同時に断られた。


 林又夏は言うまでもないが、陳晞は初めて一人でこういう手続きをする。知らない人と話すのに慣れていないとはいえ、林又夏さえいればそこまで緊張もしない。


 勝手に安心感をもらえたことに後ろめたい気分を感じるが、それは本音である。絶対に口には出さない本音だ。


 資料を確認し終えたら、二人は一緒に別の長蛇の列ができていたエリアに移動した。陳晞はこういう大勢の人がいる場所が苦手で、嫌そうに眉をひそめた。彼女の傍にいるあの人にそれを気付いたようで、彼女を見るからに人の少ない列に引っ張った。


「今夜は何食べるの?」


「冷蔵庫に何が残ってるかを確認してから決める」


「食べたいものなら何でも作ってあげるよ」


 幸い正しい列を選べたのか、そこまで待たないうちに、彼女たちの制服のサイズを測る番になった。メジャーが林又夏の腰を巻きつくのを見て、そして測定をしていたおばさんの口から出た数値を聞いて、陳晞は自分のスタイルに不安を感じていて、心の中で朝のジョギングを再開しようと決意した。


 神様だろうとアラーだろうと、或いはオーディンだろうと、皆不公平だ。


 サイズを全て確認した林又夏は礼儀正しくおばさんに礼を言って、振り向いたらすぐに陳晞と目が合った。その複雑な目つきにはちょっと戸惑ったが、やはり笑顔を見せることにした。でも代わりに得たのは相手が視線を逸らした仕草だった。


 彼女は前へ歩き、陳晞の手から自分のバッグを取り戻した。怒りを感じなくて、むしろ楽しそうに笑っている。どうせ陳晞はいつもこうだった。これも彼女の『不器用さ』の一環に過ぎないのだ。そして林又夏はそれが好きだ。


 林又夏は体育館の壁際に歩いて、サイズを測ってもらっている陳晞を待っていた。彼女と陳晞が一緒にこういう手続きをするのはこれが初めてだ。他の時空でもこの場所で会うが、こんな風に一緒に出入りする形ではない。彼女は密かにこれに喜んで、危うく自分の表情をコントロールできないぐらいに。


 両手を上げておばさんに測りやすくした陳晞は、林又夏の目には十分可愛く見えた。彼女は携帯でこの光景を撮るのを、かなり苦労してやっと我慢できた。


「あの、すみません」


 幼い声が林又夏の注意を引いた。その時に自分が陳晞に見とれていたことに気付いて、隣にいつの間に一人の子供が立っているのも気付かないぐらいに。


 お兄さんやお姉さんと一緒に来たのか?気になるけど、林又夏はその質問をしなかった。なにせ大人に聞かれるのが嫌な子供もいるからさ。それにそうしたら、子供を誘拐しようとする変質者として見られる可能性もある。


「どうしたの?」


「見えない」


 自分の聞き間違いかと思い、林又夏は「ん?」という疑問を示す声を上げた。


 この子は一重まぶただけど、その両目は鋭く、視力の悪い子には見えない。林又夏を見つめたその眼つきには少し見覚えがあるけど、どうしてもどこで見たのかを思い出せない。


 相手は健康そうに見えても、林又夏は少し心配で、さらに問い詰めようとしたときに女の子は首を振った。


「大丈夫」


「本当に?」


「あなたも魔法使いよね?」


「ん?うん、そうだよ」女の子が質問を無視した態度に、林又夏の心は少し傷付いた。孤児院の妹たちの面倒を見ることに慣れている彼女にとって、こういう風に自分に塩対応をする子は初めてだ。


 まだ幼く見えても、その恰好は妙に大人っぽくて、肩まで伸ばしたロングヘアもちゃんと手入れしていたようだ。注意深いお母さんがいるのか、それとも優しいお姉さんでもいたんだろうと、林又夏はそう予想した。


 自分の子供の頃も院長が丁寧に手入れしてもらって、毎日のように人に『又夏はきれいだ』『この子可愛い』と褒められていた。


「ではよろしくお願いします」


 えっ?

 林又夏は呆然と目の前の子が差し伸べてきた手を見つめて、頭の中でさっき考えたこと全てを思い返してみる。


 大間違いだった。彼女は心の中で自分を責めていた。どうして高校のクラスメイトの顔を思い出せなかったの?でも確かにどう思い返しても、目の前の人とどこかで会ったのかを思い出せない。


 その繊細な手を取った時に、林又夏は陳晞の声が聞こえた。でもそれは自分に向けた言葉ではなかった。というか今の陳晞が『又夏』の二文字で呼んでくれるなら、多分一カ月以上、いや、一年ぐらい喜ぶだろう。


ハオ?」


 女の子が陳晞に気付くと、すぐに林又夏の手を放して、マルチーズのように、その背の高い人に向かって飛び込んだ――少なくとも林又夏の目にはそう映った。


 この時空では、確かマルチーズを歌詞に使った歌があったはず。彼女は心の中でずっと面白いことを考えることで、やっと自分の不満を顔に出さずに済んだ。


 マルチーズ一匹、マルチーズ二匹、マルチーズ三匹、マルチーズ四匹。


 どうやら本当に久しぶり過ぎたのか、どっかの時空で陳晞にこのような幼馴染一人がいることを忘れたぐらいに久しい。


 林又夏は心の中でため息をした。あの時空の自分は陳晞と恋人になれたけど、この人がいたせいで、その過程に色んな邪魔があった。


 しかし、それはつまり今回もチャンスはあるということか。


 この時のシューハオはまだメイク技術を習得していなくて、スタイルもまだまん丸い。記憶の中の小さくて華奢な姿とまるで違うのだ。通りでわからなかった。


 林又夏は楽しくあの人と話し込んだ陳晞を見て、心の中で反省した。もしさっきあの人の正体に気付くことができれば、もしかしたら今の状況を回避できるのかもしれない。


 お?おお?手まで繋いだか?


 彼女は不満そうに眉をひそめて、その後の展開がさらに不愉快とは思わなかった。


「これが新鮮なマンゴーだよ。季節限定で、味は保証するよ!」


 洪姉さんがテーブルの傍に立ってノリノリでメニューを紹介していたが、その声は林又夏の耳にはまったく入らなかった。どうせ自分に向かって言っているのではなく、陳晞の隣に座っているチビに聞かせているんだから。


 彼女は口を歪め、手元のシャーベットを強く一口吸った。次の瞬間に歯がしみていて泣きそうになった。これにはさらに腹が立った。


「大丈夫?」彼女の歪んだ表情を見て、陳晞は思わず聞いた。「知覚過敏用の歯磨き粉があるから、帰ったらあげようか?」


「大丈夫」自分の頬の撫でる林又夏は首を振った。「それであなたたちは幼稚園のクラスメイト?」


 不満そうにしても、林又夏は自分の言葉が穏やかに聞こえてほしかったが、事実は違ったようだ。


 だがこれも大した影響ではなかった、だって陳晞はまるで気付いていないから。唯一林又夏の気持ちに気付いたのは多分傍でニヤニヤと笑っている洪姉さんだけ。


 あなたは氷でも作ってきて、じゃないとさっき他のお客さんのお碗を洗ってよ。


 陳晞は少し頷き、「そうだ。でも小学校からは違う学校だよ」と言った。


「私は魔法使いだから」許浩瑜は自然と話を続けた。それはまるで二人が息ぴったりの親友みたいだ。


「お、そうだ。さっき言ってた」林又夏は不機嫌そうに言った。煩わしさを我慢して、シャーベットがすでにイチゴ味の水になりかけていたけど、どんどんストローでコップの底を突いていた。「じゃあなたの能力はなんなの?」


「未来が見える能力だ」


 それは意外じゃなかった。あの時空の許浩瑜もその能力を持っていた。また一つの証拠が林又夏が記憶の欠片に対する推論は間違っていないと証明した。


 彼女は自分の予想が当たったことに喜んでいなくて、むしろ知らなかったほうがよかった。なにせ前の世界線ではこうして許浩瑜と会話したことがないし、したくもない。


「それはすごいね、何か制限はあるの?」


「あなたのが見えないのは数に入る?」


「ん?」


「なに?」


 林又夏は陳晞と同時に声を出したが、この時に息があったことに喜ぶ暇がなかった。


 どの能力にも制限があり、林又夏の能力も例外ではない。彼女がどんな状況で問題が起きるのか分からないけど。彼女は心の中で自分を叱った。毎回陳晞に関わることになると、いつも判断が狂って、そのせいで後からそれを補う方法を探さないといけない。


「真っ暗で、何も見えない」許浩瑜はかき氷の上にあったマンゴーの一切れを口に入れて、ちょっと呂律が回らない感じで「まるで闇に覆われているようだ」と言った。

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