#12 好きというものは一つの選択肢である
好きというものは一つの選択肢である。林又夏はその言葉に共感する。
どうしてこの時空に移動した後、違うタイミングで陳晞に出会えたのかはわからないが、林又夏はやはりその交差点で彼女に話しかけることを選んだ。
陳晞が中学時代の制服を着ている姿は写真以外で見たのは、多分これが初めてだ。そして初めて陳晞から先に声をかけていない時空でもある。
陳晞の家に泊めたのが紛ぐれだとしたら、今彼女と同じベッドで寝るのは明確な故意であろう。
林又夏は慎重に寝返りをした。カーテンの隙間から入った日差しのおかげで、陳晞の寝顔がよく見える。
正直に言うと、彼女は自分がここまでこんな人を好きになるとは思いもしなかった。別に陳晞にどこが悪い訳ではなく、ただ林又夏は子供の頃から、付き合うなら絶対に優雅で背丈の高いイケメンと付き合うと思っていたから。ただ、陳晞に出会ってから、その理想はそこまで重要じゃなくなった。
人を動かす原則があるとはいえ、誰かを好きになった時、そんな原則なんかはもはや紙屑同然になる。その紙屑はリサイクルを経て、『彼女なら何をしても良い』へと変換する。
ただの普通の高校生でも、能力を持つ機械使いでも、とにかく彼女は陳晞が何をしても良いと思う。その中には不器用でぎこちない気遣いも含めている。
窓の外から一羽の鳩が飛んできた。パタパタの羽ばたく音の後、クルックーの鳴き声が聞こえた。林又夏はこういう声を嫌わない。普段鳩を見かけたらいつも『可愛い』を連呼してる。ただ熟睡していた陳晞にも聞こえたようで、今にも目覚めそうなのがちょっぴり名残惜しい。
まるで自分より鳩のほうが早く陳晞を起こしたことに対して不満を感じたように、林又夏は人差し指を伸ばして、そのまだ少し幼い丸顔を突いた。
半醒半睡のうちに陳晞は無意識に自分の睡眠を邪魔したその指を掴んで「ん?」と言った。
「おはよう」
林又夏は笑顔で陳晞の手をそのまま繫いだ。陳晞はもう片手で自分の目をこすっていた。その両目が完全に開き、林又夏と視線が合った時、数秒間呆然としていた。
「え?」
「起きる時間だよ!」
今更自分と相手の距離を認識したように、陳晞は急に後退して、危うく壁にぶつかるところだった。
彼女には寝過ごすことがめったにない。多くの朝はベッドの隅っこで寝ている林又夏を跨いでベッドから降りる必要があった。林又夏が起きるのを待たないと朝ご飯が食べられないけど。
陳晞が林又夏の面倒を見ることに気遣って、店長さんは陳晞に暇な時だけに店を手伝っていいよって言った。ただ彼女は良心の呵責に駆られ、毎日林又夏が用事全部済ませたと確認したら、かき氷屋に様子を見に行っていた。本当に時間がなくても、閉店の片付けぐらいを手伝っていた。
ただ、陳晞は自分が林又夏の面倒を見ているのではなく、逆だったと感じた。
彼女は家事が苦手なのだ。掃除はまだ何とかできているが、林又夏が居なかったら、食事は未だカップ麺や適当な外食で済ませているだろう。なにせ両親が家から離れてからはずっとそうしてきたから。
面倒を見るというより、どっちかというと付き添いのほうが近いのだ。一緒に病院に行ったり、色んな証明書類の再発行を申請したりするとか、自分がやったことと言えばただ彼女のそばにいるだけというのは、陳晞自身が一番よくわかっている。ただ彼女は林又夏に一人でそれらのことをやってほしくなかった。誰かが付き合ったほうが一人よりはマシだろう。
「そんなに近づかないでよ」
彼女の顔が熱くなったから、心の中で林又夏が自分の様子がおかしいと気付かないことを祈っていたが、現実はそうならなかったようだ。
「顔が赤いね!熱でもあった?」陳晞の手を放し、笑顔が心配そうな表情に変わった。林又夏は手を彼女の額に当てて、そして自分の額に当てた。
『その測り方は精確じゃないよ』って突っ込みたいけど、説明の要求を避けるため、陳晞はただ林又夏の手を下げて、そんなことしなくていいと示した。
「大丈夫だよ。とりあえず歯磨きしてくる」
陳晞の家は大きいから、キッチンもそれなりに広い。当然冷蔵庫も小さくはない。林又夏は自分が最初に二ドア冷蔵庫を開けた時、中身はほとんど何も入ってないことを覚えている。あったのは何本の緑茶と期限切れのカレールーだけ。その日は陳晞をスーパーまで引っ張って、二人で協力して大量の食材を運んでから、ようやくまともな晩ご飯が作れるようになった。
これに対して彼女は全然意外じゃなかった。恋人として付き合っていた陳晞と同棲した時も、身に染みるぐらいわかっていたからだ。たとえ頭がよくても、日常生活で自分の面倒を見れるとも限らない。この子が一人で生活することが何時も気掛かりで、林又夏は毎回一つの時空を離れる度に躊躇って、散々手間をかけてやっと決意を固められた。
二つの卵があらかじめ温めたフライパンの中で泡立ち、隣にあるコーヒーメーカーからはドリップ完了を示す『ピピピ』という通知音を発した。着替えを済んだ陳晞はあくびをしながらキッチンに入って、トーストの匂いに釣られた。
目玉焼きに塩を振っている人が気付かないうちに、焼き立てのトーストをオーブンからこっそり取り出そうとしたが、偶然振り向いた林又夏にバレてしまい、大人しく戻した。
「もうすぐ出来るから、大人しく座って待ってよ!」
食卓に座った陳晞は手で顎を支え、振り向いたらキッチンにいてエプロン姿で動いていた林又夏の姿が見えた。長い薄い色の髪はポニーテールに結んで、ちょっぴり彼女のうなじが見えた。その曲線は中々魅力的であった。
前は手伝おうとしたことはあったが、砂糖と塩を間違ったことがあって、それから林又夏は失礼にあたらない笑顔で彼女が座って待つように要求した。
もし林又夏は泊まらせているからこういう家事をしているのなら、陳晞はそこまでしなくても良いと思う。でも理由はそれではないようだ。それはただ自分が手伝ったら本当に面倒をかけるだけだから。ちょっと気が引けるが、少なくともプレッシャーは感じない。なにせ友達の間ではいわゆる恩返しする必要がない。
友達か?陳晞はこの単語が突然頭に浮かんだことに驚いた。
それほど相手を待たせていなくて、林又夏はコンロの火はちゃんと消したのを確認した後、トレイで二人分の朝食を食卓に運んだ。
「お待たせ~」彼女は楽しげに言った。
「ありがとう」
ミルクと氷だけ入れたコーヒーを陳晞の前に置く時、林又夏は危うくカップを倒しそうになった。その理由が大したことではなく、単に陳晞が突然「なんか私たち夫婦みたいじゃない?」と言ったから。
幸い本当にカップを倒す前、白いTシャツを着ていた陳晞は手を伸ばしてマグカップを受け止め、大事に至らなかった。
「ごめん」林又夏はそう呟いて、陳晞の返事を待たずに、慌ててトレイをキッチンに戻した。
流し台の縁に体を支え、彼女は数回深呼吸をして、呼吸を落ち着かせようと試みた。
あの子なんで顔色一つ変えないでこんな恥ずかしいこと言えるの?なんかムカつく。
顔を手のひらで覆い、林又夏は自分の顔は絶対真っ赤になっていると思った。
でも、死ぬほど好きだ。
※
警察署から『もう孤児院に戻って整理してもいいよ』というお知らせを受けた時、陳晞はまたかき氷屋に数日の休みをもらった。
彼女は丸一日の時間を使って、ネットで各種の家電用品の必要な部品と材料を検索し、それから金物屋のハゲ店主に注文した。翌朝にはすべての部品が届いたことに気付いた。
受け取りを手伝った林又夏は驚いた。開封ツールを持って出て来た陳晞に「多すぎるんじゃない?」と言った。
「あれもあるからね」彼女は玄関の扉に寄りかかった冷蔵庫のドアパネルに向かって顎で指し示した。
店長さんから台車を借りて、何往復もしてやっと買ってきたものを全部孤児院の庭に集めた。
元々陳晞はこのまま林又夏を家に住ませるつまりで、それに両親にも状況を説明したから、大した問題はないはずだ――しかも母親に人に迷惑を掛からないようにって言われた。
しかし、林又夏は子供たちを孤児院に迎えないと言い張った。それが今すぐできなくても、いつかはやはり子供たちと一緒にいたい。
まだ観察入院中の予晴も退院したら、社会局に保護されるかもしれない。どうやら又夏はそれが嫌のようで、だから急いで帰って家を整理したいのだろう。そうすれば前連れていかれた子供たちも戻れるし。
何かを言いたいが、自分はそんなことを言える立場ではないことを陳晞自身がよく知っている。なにせあの子供たちこそが林又夏にとっての本当の家族で、自分はただの赤の他人でしかないからだ。
今なら友達と言えなくもないかもしれない。彼女はタオルで汗を拭いているあの人を見てそう思った。あの人はどうやら陳晞に見られることに気付いて、困惑した顔で振り向いた。
「どうしたの?」
慌てて目を逸らし、ちょっとした不満が湧き出た。
物を運んでここまで情けない姿をさらしたのに、なんでこいつはカバーモデルでもしているように見えるんだ?陳晞は今鏡だけは絶対に見たくない、自分がきっと工事現場の作業員みたいに見えるから。
「なんでもない」
袖の短いTシャツの袖をさらに捲って、陳晞は小さい物から始めようとした。
直接購入するのではなく、家電製品を自分で作ることを選んだ理由は、林又夏の経済状況がわかるからだ。電気屋に行って店の人にぼったくられるより、こうして材料を買って自分で作ったほうがよほど安い。専門家ではないとはいえ、能力を使えば、普通の家電製品ぐらいは作れる。
陳晞の提案を聞いた時、林又夏は迷惑をかけたくないと言ったが、相手がどうしてもというので、それ以上止めはしなかった。ただ金は自分が払う点だけは譲らなかった。
林又夏はリビングを綺麗に掃除して、陳晞が日の当たらない場所で作業できるようにした。彼女は隣にしゃがんで、興味津々で胡坐をかいて能力を発動した陳晞を見ていた。
赤い光は白い頬を照らした。この瞬間を何度見ても飽きない。
陳晞は能力を使う時に喋りたがらない。広い空間には色んな部品を組み立てる音しか聞こえなかった。そして、林又夏が場所を移動して、上半身を彼女の背中に乗せた時、服が発した摩擦音だけだった。
彼女の動きは一瞬止まった。でも全部止まったら最初からやり直す必要がある。魔力を節約するため、陳晞はただ心の中で祈り、背中に乗っているあの人に自分の心音を聞かれないようにと。それはあまりにも恥ずかしいから。
林又夏はそんなに重くはないが、陳晞はこのようなスキンシップにさすがに慣れていない。
『友達の間ならこういうのは普通だ』彼女は心の中でこの言葉を十回も言った。ただし、それが自分を説得していることに陳晞は気付いていなかった。
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