#9 状況が変わった
二人は一緒に出かけて、そして交差点で分かれた。ついて行きたいが、陳晞の理性は自分にそれはできないと教えた。なにせ林又夏にとって、彼女はただの部外者で、孤児院とは全く関りがない。
陳晞がかき氷屋に着いた時、ちょうど店長がシャッターを上げるところだ。うるさい音にさらに蝉の鳴き声が混ざって、今朝は別段と暑苦しく感じる。目と目が合った最初の言葉はおはようではない。彼女たちはおはようと言うのには慣れてないようだ。
「又夏はもう行ったの?」
「はい」陳晞は頷いて、「店長さんは機嫌悪いですか?」と聞いた。
どうしてそんなこと聞くのか、自分にもよく分かっていないから、陳晞はつい呆然とした。
頭の中でこれは言ってもいいのかと思索する前に、口に出してしまったのだ。それはまるで小学の頃、先生が正真正銘の男なのに、先生のことを間違ってお母さんっと呼んだように。
彼女はあの時、担任の訝しむ顔を、それと一カ月近く続いたクラスメイトの嘲笑も一生忘れないだろう。ただ店長の顔にはそのような表情はなかった。今他に聞いている人もいない。それに、この問いはそこまで恥ずかしい話でもないようだ。
店長は驚いたと表現するよりも、むしろ老いた母親のように、手を伸ばして陳晞の頭を撫でた。後者のこれに対してちょっと不満な表情を見せた。
「あんたも大きくなったね」
「元々子供じゃないです」
「大人の前でそんなことを言ってる時点で、まだまだ子供だよ」
「だから?」
「いや〜」店長さんは笑いながら鍵を陳晞の手に押し付けた。
呆然とした顔で俯いて掌の鍵束を見て、気付いたら自分の不満をぶつけるのを思い出して、バイクに乗って去ろうとする店長の後ろ姿に向けて叫んだ。
「ちょっと!」
店長がこうも安心して店番の任務を陳晞に任せられるのは、今日のかき氷屋の来客が少ないのと、それに比べて、林又夏に同行して警察署に行ったほうが大事だからだ。なにせどうやら放火犯についての捜査に進展があって、それで林又夏に行ってもらうことになった。
人と人との距離感は、一体どうやって保たせればいいのだろう?きっと人それぞれの答えに違いがあって、そして陳晞が自分だけの答えを見つけるには、まだしばらく時間が必要だろう。
今の彼女にとって、自分のダブルベッドで一人増えるのを我慢できたのが、すでにかなりの進歩である。幸い、林又夏の寝相はまだ大人しいほうで、例え自分がもう一枚の布団を持ってくる提案を拒んだとはいえ、お互いの睡眠にあまり影響はない。
一人増えるとどうしても落ち着かなくなるが、林又夏は十分穏やかに隅っこで寝ている。もしかしたら彼女が言っていたように、孤児院の妹たちに、何人がよくベッドを占拠して寝ていたせいだろう。
この数日間、預金に関する手続き及び新しい携帯電話と日常用品の買い足しのほかに、陳晞は林又夏に付き合って何度か病院を往復した。
元気になった子供たちはすでに退院して、社会局が保護に協力してくれている。あの時救急救命室にいた女の子はまだしばらく観察する必要がある。喉が酷い火傷を受けたので、まだ喋ることができないが、意識はすでに回復していた。体の火傷も徐々に回復している。
重傷を負っていた子は林又夏の三歳年下で、孤児院の中では二番目の年長者だ。だから林又夏がアルバイトに出かけた時は、全部彼女が責任を持って世話をしていた。ここまでの大怪我になっていたのは、恐らくは当時ちょうど火元の近くにいて、引火に気付いて他の子供を守ろうとして、自分のことが疎かにしたのだろう。
病室の外にいる時は、林又夏の自責の念を見破るのはそう難しくない。だが彼女自身が言ったように、能力を駆使しても、すべてを助けることはできなかった。これ以上に大きい被害がなかったのは不幸中の幸いだろう。
なんといっても、元より火事に遭って無事で済める確率はそう高くない。あの水系の能力を持つ消防士たちでさえ顔が黒くなっていたし、ましてや無能力の子供たちなんてなおさらだ。
かき氷屋の中には人っ子一人いなかった。陳晞は開店準備を済ませたら、身を屈んでカウンターの上にうつぶせて、携帯で通販サイトを閲覧していた。何の助けにもなれなかったが、それでも林又夏のために何かしたいという気持ちがあった。彼女はまだこの状況にちょっと慣れてなくて、今まではそんなことを考えたことすらなかった人間だからだ。
数日前の晩ご飯の時、二人は林又夏が作った料理を食べていて、陳晞は突然「あなたの誕生日はいつなの?」と質問をした。
林又夏はわかりやすく少しポカンとして、そして笑い出した。彼女の向こうに座っている女の子は訳の分からない顔をしていた。自分の言葉に何がおかしいのかって、それを聞いてみたくはあるが、最終的に馬鹿にされたくない気持ちが勝って聞けずにいた。
暫く笑ってから、林又夏は袖で目元の涙を拭いて、「七月一日なのよ」と答えた。その声は笑い過ぎたせいで少し震えていた。
「おう……え?え?!」
陳晞は慌てて携帯を取って時間を確認した。七月一日からは、すでに二週間経っていた。
見逃したのも仕方ない……か?彼女は少し後悔した。そうとわかれば聞かなきゃよかった。
同じ学年だし、自分と林又夏は同い年のはずっと知っていたが、それ以外のことはあまり考えなかった。さらに詳しく聞こうともしなかった。
その日でその話題を出したのも、単に二人が食卓に座って、何も喋らずに食事に集中していたのが、ちょっと気まずく感じて、適当に話題を切り出しただけだ。
陳晞は生まれてから、家族以外に誕生日を祝ったことはない。以前クラスメイトの男子たちの祝い方も全く参考にならない――彼らを真似て林又夏を全身ずぶ濡れにしたくないし、シェービングフォーム丸ごと一本を無駄使いするのも、ショートケーキを顔面にご馳走するのも興味ない。
友達を作るのは、思ったほど簡単ではないな。少女漫画の中だと、主人公の周りに常に親友がいる。よく考えてみると、陳晞は自分が主人公になることなんて一生ないだろうと思った。
何ページを捲って、似合いそうなプレゼントが見つからなかったし、陳晞は逆に頭が痛くなってきた。
誕生日はすでに結構過ぎているとはいえ、せめて同じ月のうちに、何かを送るのは理に叶っているはずだ。友達なら、誕生日プレゼントを贈るぐらいは普通だろう。
そもそも、友達とは何だろう?
陳晞は携帯を置いて、扉を開けて入ったお客さんの対応をした。
『友達とは、人間関係がすでに一定以上の関係に発展した者である。彼らは互いを助け合って、互いを尊重し、互いを支え合っている。性格や趣味も比較的に近く、よく共に行動している。彼らは相手が困っている時に助けになる。例えば悩みを聞いてアドバイスなどもする』ネットで見つけた定義を心の中で黙読しながら、お客さんを対応し、メニューを机に置いた。
性格と言えばどうなんだろう?林又夏の性格と言えば、彼女が思い付くのがあいつは普段、少し天然で、それでいて意外と気遣いもあって、少しわがままな部分もある。少し浅はかかもしれないが、頭に浮かんだ単語はこれぐらいだ。
あいつの趣味はなんだろう?これについて陳晞は思い付かなかった。そして彼女はすぐに自分の答えを否定した。何せぱっと浮かんだのは『私をからかう』という答えだったからだ。いくらなんでも林又夏はそこまで性悪じゃないはずだ、多分。
よく共に行動する。今の状況だと確かにそうと言えなくもないが、それは仕方ないだろう。それに今この時に別に一緒にいるわけでもない。助け合うと言うと出来ていると言えるだろう。
なら相手の悩みを聞くのはどうだろう?
彼女は屈んで店長が事前に用意した食材をお客さんの注文通りにかき氷に乗せた。すぐに白いかき氷の上に色んな甘い具で一杯になった。
あいつの悩みなら、多分孤児院当たりにあるだろう。アドバイスするなんて、それこそ冗談だろう。店長ならともかく、自分が口に出す余地なんてないことを陳晞はよく分かっている。どうしようもない感覚というのはこういうもんかな?あんまりいい気分じゃないな。
「ごゆっくりどうぞ」
この胡散臭い笑顔は店長の直伝だ。あの時言ったのは確か『ずっと仏頂面でいるよりはよほどマシでしょ』陳晞はその酷い言われ様に反論したかったが、どうせ言い負かされるのが目に見えていたから、大人しく従うことにした。
彼女はお客さんに軽くお辞儀をし、カウンターに戻ってプレゼント探しに戻ろうとした。
周りの明かりが突然暗くなった。自分が携帯の画面に注目しすぎて目が疲れたのかと思って、一旦両目を閉じてまた開いたが、同じだった。彼女は振り向いて窓の外を見てみたが、まだ午前中のはずなのに、外はまるで日が落ちたように暗いだった。
無意識に手に持ってるトレイをきつく掴んで、陳晞は胸に疑惑を抱きながら振り向いてお客さんの位置を確認した。その時にやっと店内にはすでに誰もいなくて、周囲は静かで、彼女一人だけが佇んでいたことに気づいた。
「……え?」
※
「監視カメラに全く映らなかった?あり得ないでしょ?」
店長の甲高い声は警察署の中に響いていた。数名の私服警察は手にお茶を持って、どうしようもない顔をしていた。そして、隣にいる制服を着ている警察は彼女の反応に怯えて、「本当に申し訳ない」と言った時も、声は若干震えていた。
普通の住宅街とはいえ、安全に十分に気を付けた林又夏はカメラの数と撮影角度を念押しに確認していて、なにかおかしいところがあればカメラに撮られているはずだ。
林又夏はため息をついた。手に持ってるお茶を飲む気になれなかった。確か滅茶苦茶不味い記憶があった。何度試しても、その放火犯を見つけることができなかった。でも今回の結果はまだ良いほうだ。少なくとも
それに、今回の陳晞は自分を家に泊めてくれた。それはこの世界線がすでに最善の選択だという証拠だ。
林又夏は頭の中で検索し、そして「何か他の方法はありませんか?通過した車の車載カメラとか?」と言った。前回も全然車が通らなかったが、それでも微かな希望を抱いていた。
「すでにマスコミに捜索協力を依頼したが、今のところは関連報告がない」
「
刑事は続いて「この事件を解決できる可能性は低い、何の手掛かりもないんだ」と言った。
自分のことを子供扱いしていたな。ハゲ刑事を見て、林又夏は不満そうに目をひそめた。
何回繰り返しても、この人が自分に対する態度は何時もこうだ。発言を無視する他に、店長としか話さない。繰り返していた時間をすべて足せば、このハゲのおっさんとそんなに年が離れていないのかもしれないのに。
「十年前の事件もそう言っていたよな」店長の機嫌は林又夏より良い訳ではない。「今回も同じこと言って、じゃみんな好きに放火すればいいのね?あんたらの警察署もついでに燃やしたらどうだ?」
刑事もつい大声になった。「そんな言い方はないでしょ洪さん、こっちだってかなりの人員を投入したんだぞ!」
ああ、またか。今回もそうだ。本当にうざいな。
林又夏は小さいソファに背もたれに寄りかかった。彼女は陳晞の家のソファのほうが好きだ。それは比較的に硬く、背中を支えるのに丁度良くて、長く座っても腰を痛めない。あのソファいくらするんだろうな?陳晞の家庭から察すると、きっと安くはないだろう。
どうせ今回も成果はないだろう。
彼女は窓の外を見て、外の太陽の日差しが強く、名実通りの真夏である。もはや警察に何もできないとなると、今の彼女はただすぐに帰って陳晞の家でゆっくり寝て、それからどうするべきかを考えるだけ。
またこの世界線を捨てるのは、林又夏にとっては難しい決断だ。まだその口から聞いたわけではないが、陳晞はすでに友達のように接してくれている、これは何度も試してやっと手に入れた結果だ、簡単に捨てたくはない。
どんな世界線であって、陳晞は優しい。そんな良い性格に育ててくれたのも、その両親の指導に感謝しなければならない。でも、林又夏にも例外に遭ったことがあった。あの陳晞の暴言は今でも耳元に木霊する。毎朝起きたら、この陳晞はそんなことしないことと、自分にからかわれることを喜んでいる。
大抵の世界線ではその性格に大きな違いはなかったとはいえ、陳晞の心の中に常に壁が出来ていた。その壁に触れるたびに、林又夏さらなる苦労をしなければならない。たった一度だけではあるが、その壁の中に入れたことはある。
陳晞と知り合うのは、彼女のやるべきことには大した影響はないとはいえ、それでも又夏は諦めたくなかった。例え何度も繰り返しても。
「え?」
窓の外の景色が急に暗くなっているのを見て、彼女は思わず困惑の声を出した。
時計は十一時ちょうどに止まっていて、周りも急に静まっていた。店長の怒鳴り声が聞こえず、激昂した刑事の弁解もだ。ティーポットから出た湯煙もそのまま空中で静止していた。
警察署では彼女一人だけがソファに座っていた。
状況が変わった。
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