#4 夏の日 III
検索エンジンに『時間遡行 魔法』や『魔法 タイムリープ』、『時間系 魔法使い』などのキーワードを入力し、検索しても何も結論が得られなかった。出てきた検索結果はタイムマシンの可能性に触れているコンテンツファームが多少出てきただけで、陳晞の疑問にとって少しも役に立たなかった。
髪が濡れた陳晞は眼鏡を外し、力が抜けたように椅子にもたれかかった。彼女は広々としたタンクトップを着ていて、下半身は中学時代のジャージを履いていた。
卒業してからまだ一か月しか経っていないのに、中学の頃を既に『時代』という言葉で表現していることに、陳晞は少し感慨に耽った。 あっという間に時は過ぎ、両親は既に半年も海外に出張しており、自分もずいぶん一人暮らしをしている。
寂しいかと聞かれたら、少しは寂しかったかもしれない。それは中学時代にクラスメイトの男子生徒とはいい関係だったとしても、本当に親友と呼べる人は少なかったからだ。
張哲瀚と少しは仲良かったかもしれないが、ほんの少しだ。得意分野が同じで、真面目な話もできるけれど、時折、彼をうっとうしいと思うこともあった。卒業前に志望校を確認したとき、同じ高校に行かないことを確認したとき、彼との友情は終わりを告げたように思えた。
卒業式で大泣きした男子生徒に比べて、卒業証書を手にし、先生に丁寧に頭を下げて感謝の言葉を述べた陳晞は少し冷たく、人の心がないようにさえ見えた。しかし、それは彼女が高校での授業が将来役に立つと思っていたから、早く高校へ進学したかっただけ。
スマートフォンの画面に表示された連絡先を見て、陳晞は一瞬ためらった。こういうことを相談できるのは張哲瀚しかいないように思えたが、普段のだらしない姿を思い出すと、発明関連のことでなければいい選択でないことは明らかだ。そして、そう、他の欠点もあるのだ。
陳晞はため息をつき、引き出しからドライヤーを取り出すと、部屋がドライヤーの轟音に包まれた。
彼女の意思で赤信号の残り秒数を増減させる力も、試験当日の朝の瞬間移動も、林又夏が普通の無能力魔法使いでないことを証明した。
自ら能力の話を持ち出し、その場で披露はしたものの、林又夏は最後まで陳晞に明確な答えを教えることはなく、自分の能力に危険性がないことを何度も強調して、他の人に言わないように頼んだ。
「あの子たちの面倒を見なければならないから」林又夏はそう言った。
そう言われたら、陳晞は了承するしかなかっただろう。彼女は自分が変人ではないと思っている。真剣に言うなら、自分のような他人にこの話をした林又夏のほうが変だと思った。
ドライヤーで髪を乾かした後、陳晞は頭を左右に振り、眼鏡を掛け直した。彼女はパソコン画面上の検索窓に『夏の日孤児院』というキーワードを入力した――林又夏が鍵をかけるのを待っている間に、建物の玄関横の看板に書かれている名称を見たのだ。
検索結果はあまり多くなかったが、陳晞にとっては十分な量だった。彼女は数年前のニュースの中から、当時の院長のインタビューと特集記事のようなものをクリックした。
この孤児院は十八年前に、生まれたときに『無能力者』と診断された子供たちを収容するために建てられた。収容する理由は、多くの親が無能力児を産んだという事実を受け入れなかったからだ。
まだ可能性はあるものの、その子供たちが将来自分の得意分野を見つけられず、社会で差別される確率が高いということだ。
つまり、無能力者は生産性のない存在になってしまうのだ。家族に恥をかかせないために、多くの親は子供をこの孤児院に送った。事務手続きを面倒くさがって子供を道端に捨てる者さえいた。
「残酷な社会だな……」陳晞がつぶやいた。
彼女はブラウザを閉じ、自分が楽しくなることをしようと決心した。
音響のスイッチを入れて、スマートフォンに接続すると、狭い空間に音楽が響き渡った。それは陳晞の大好きなバンドの曲だ。数年前にメインボーカルが首つり自殺してしまったが、それでも彼女はそのバンドの曲が大好きで、バンド結成から十六年間の活動で発表した全曲を何度もヘビロテすることが多々あった。
陳晞は床にあぐらをかき、いくつかの言葉を呟くと、彼女の手に赤い光が集まり、そばにある箱の中の部品も真紅の光に包まれた。
空中にいくつもの、まるで透明度が低くされた赤い線が現れ、骨組みしかない物体が一つ形成されていく。部品は順番にその骨組みの中に飛んでいき、やがて赤い線で形成された骨組みと一致するものができあがった。
一見組み立てが完了したように見えるが、赤い線が消えた後、彼女はドライバーを手に取り、いくつかの部分を締めていった。それは毎回うまくいかない部分だった。
完成品はシンプルに見えるが、目覚まし時計を壊してしまい、買いに行くのも億劫な陳晞にとっては、十分に機能するものだ。ましてや、やかましい音楽で絶対に起こすように設計しているのだ。
「陳晞、過去に戻れるなら、どの頃に戻りたい?」林又夏の言葉が、陳晞の頭の中で響いた。
過去に後悔することは何もない、と陳晞は思った。もしその日、大事な試験のために自分を起こすことができないなら、好きなバンドのメインボーカルが死んだ日を選ぼうかな。彼が自分の首に縄をかけることを止められるかどうか試してみたい。
でも、過去に戻ることなんてあり得ない……よね?
上半身を屈みながら工具箱をいじっている陳晞はあることが思い浮かんだ。林又夏と一緒なら、出来そうな気がする。
※
月曜日ということもあってか、日が照っていてもかき氷屋にはあまりお客さんが来なかった。
昼過ぎ、午後二時か三時ごろになると、エアコンが故障した。残り少ないお客さんが店を出ないように、店長は自分の弱いが意外と効果のある氷系魔法を使わざるを得なかった。
高いはしごの途中に座っていた陳晞は、筐体が外されたエアコンの中に上半身をほとんど入れて、故障の原因を探っていた。
機械使いといえども、それぞれ得意分野がある。陳晞の得意分野は『発明』であり、機械の作動原理を多少理解しても、修理はプロの修理担当者には敵わない。つまり、無から有を生み出すことはできても、物を修理することはそんなに得意じゃない。
「晞ちゃん、ダメなら、私がたい焼き屋の主人に頼んでみようか?」
店長の顔色はあまり良くなく、カウンターの縁に手をかけ、額から汗が流れ出ている。エアコンの中から顔を出した陳晞は、店長の様子を見て心から申し訳なく思った。
「すみません!もうちょっとだけ待っててください!すぐ終わりますから!」
再び腰を下ろして、陳晞は検査に戻った。
このエアコンは、今年の夏の初めに店長が新しく購入したものだ。普通、新品の機械がそう簡単に壊れるわけがない。店長は運悪く不良品を引いてしまったのではないか?
『何か新品よ。お客さまが怒りによって心臓発作を起こしていないだけで、メーカーは運が良いと言えるだろう』陳晞はそう思いながらため息をついた。
「記憶遡行――捜索――」
まず、空中からガラスの破片みたいなものがいくつか現れて、陳晞の手が赤い光に包まれた。エアコンの機体の内部を細かく調べると、各箇所の部品の上を陳晞の両手が通過した後、部品と全く同じ形で透明度の低い赤い線で構成された骨組みが彼女の目の前に現れた。
陳晞は顔をしかめながら、「ここも問題なさそうだけど……」と呟いた。
何度も何度も調べてみたが、陳晞はどの部品が故障の原因なのかがわからずじまいだった。
子供の時からずっとクラス担任から我慢強いと言われたことがあっても、頭の中では「いっそのこと新しいエアコンを作ればいいや」と思っていた。
ある部品を調べる途中、陳晞がそれを既に一回調べたと思っていたとき、ガラス戸のベルが鳴った。店長が空元気を振り絞って接客することに、陳晞は焦った。
幸い、次の言葉は「奥の冷凍庫まで直接行って取っていいよ」だった。
どうやら隣の店の店員が氷を取りに来たようだった。
隣の店は定期的に店長から氷を購入していた。何しろ、彼女はこの辺りで唯一の氷系魔法使いなのだ。高いお金を払って機械使いに自分の店に製氷機を設置してもらうより、必要な時に取りに来る方がずっと楽だし、氷が必要ない時の節約にもなる。
ガサガサという音が陳晞の耳元に届いた。氷を取りに来た店員が持ってきたビニール袋からの音だろう。
「え?陳晞?」
聞き覚えのある声で自分の名前を呼ばれ、エアコンの点検に集中していた陳晞は一瞬固まった。
氷の入った袋を持った林又夏は、はしごの下に立っていて、その視線は声をたどって見下ろした陳晞の視線と合った。
「ハイ?」
「ハ、ハロー」
陳晞は自分の汗ばんだ姿を林又夏に見せたくはなかった。もっとも、前回気絶した時の醜態は既に見られてしまったわけだが。
実際、イメージを守りたいとかいう理由ではない。自分がどんなにおしゃれしても林又夏の外見には敵わない。うろたえた今の自分なら尚更だ。
「エアコンを修理しているの?」林又夏は店内をキョロキョロ見回した。「バイトってエアコンの修理なの?」
もうエンジニアになれそうな顔をしているのか?
「このかき氷屋でバイトしているんだ」
陳晞は何か言い返したい衝動を抑え、質問にうまく答えながら、視線を手に戻し、作業を続けた。
またガサガサと音がしたが、陳晞はあまり気にしなかった。林又夏が帰るからだろう、別れの挨拶をしてくれればよかったのだ。今一番大事なのは、エアコンの問題を解決することだ。そうでなければ、店長の体力と魔力が持たないだろう。
『どうせあの日、連絡先を交換したんだから、また会う機会はいくらでもあるよね、多分』そう思っていると、突然、はしごが少し揺れた。
「え?」
林又夏がはしごの向こう側から登ってきた。彼女は背が少し低いだけでなく、はしごの一段下に立っていたので、彼女が顔を上げるまで陳晞は薄い茶髪の頭頂部しか見えなかった。
反射的に後ろに下がろうとした陳晞は、危うくはしごから落ちそうになったが、幸いに林又夏がぎりぎりのところで手を掴んでくれだので、大惨事から免れた。
近すぎた。
アルミ製のはしごが激しく揺れる音を聞いて、お客さんや店長が二人に目を向けた。陳晞がしっかり立って林又夏から離れた手を振ることで、自分が大丈夫であることを意思表示した。
「ごめんなさい。機械使いが魔法を使うところを見たかっただけなの……」
罪悪感に満ちた表情と声に、既に頭の中で罵詈雑言を吐いていた陳晞も本気で怒れなかった。
本人は決して認めないだろうが、陳晞は林又夏が着たセーラー服が近隣の学校の制服ではないことを確認した。なぜなら、この学区の中学校と小学校には基本的に機械使いのクラスしかない。それゆえに機械使いの住居が密集しているからだ。魔法使いの林又夏が学区外の学校に通っていることはごくごく普通なことだ。
自分も昔、店長の魔法に興味津々だったから、陳晞はその気持ちを理解できた。機械使いが目の前で能力を使っているなら、魔法使いの林又夏が見たいと思うのも無理はないだろう。
「見せてあげるよ」
「本当に?」
「それともあなたは店長を手伝う?」
「見たい!」
「氷が溶けても大丈夫?」
林又夏はさっき空いた席に置いた氷の袋をちらっと見てから首を振った。そして「大丈夫、見たい!」と言った。
陳晞がようやく脱落した部品を見つけ、元の位置に付けた時には、もう閉店時間が迫っていた。店内にはもうお客さんがいなかった。最後の一人がドアから出て行くとき、店長は魔法を解除した。
林又夏が氷を詰めていた袋には、固形物がもう何も入っていなかった。
陳晞が困惑した様子を無視して、店長は新しい氷を一袋無料で提供し、店員である陳晞が林又夏と一緒に出て行くことを要求した。「後始末は自分がする」と言い張っていた。見るからにもう疲れ切ったのに、普段は面倒くさがりな店長がなぜそのような考えを持っているのか理解できなかったので、たくさん反論したが、結局それらは全て躱されてしまった。
「本当に手伝うことができます」
「いいのいいの、晞ちゃんはお友達と一緒に行きなさい!」
危うく友達でないと否定しそうになったが、そばで笑っている林又夏が悲しくなると思い、陳晞はその言葉を飲んだ。陳晞はリュックを背負って、店長に何かあったら連絡してくださいと伝えた。
店長が陳晞をドアから押し出すと、両手を腰に置きながら二人が見えなくなるまで見送ってから店に戻ってカウンターを整理し始めた。
店長はあくびした。今日は本当に疲れたようだ。
「若いっていいね」
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