09【快楽の期限】

 約款の第五条?

 セレステがびっくりして目を見開き、質問しようと口を開こうとしたとき、いつの間にかそばにいたイヴァンが割って入ってきた。

「おいコラ、坊や、俺が目を離した隙にうちの嬢さんを攫ってこうとするんじゃない。早く家帰ってあのクソ女の相手でもしてやれ」

「イヴァン・マンガーノ!誰がクソ女ですって!」オーロラが不機嫌そうにハイヒールを容赦なく固い地面に叩きつけると、小さな亀裂が走った。

 だが、イヴァンは全く相手にしなかった。上半身をかがめて車いすのブレーキレバーを引っ張った後、セレステを押して去っていった。

「待ちなさい!」

 オーロラは彼らの前に立ちふさがって、腕を振り回し、瞬きする間に掌に巨大な鎌を出現させて二人の行く手を遮った。「あなた、この子の自殺したい理由を話してないわね。ところで、私の可愛いスターなんだけど、失恋の痛みに耐えられないから死にたいですって、ロマンチックよね?」

 セレステはオーロラの後ろに立って苦笑しているスパークの方向を見た。オーロラの話を否定してしないようだ。

「誰がこのクソガキの死にたい理由なんて興味あるかよ?バカすぎて死んだとしても、俺たちには関係ない」イヴァンは冷めた口調で言った。「お前がまだ邪魔するなら、俺も容赦はしないぞ」

「自殺はね、世界が自分を傷つけることを止めること。自分に対する救済行為なの」オーロラは目を細めた笑顔で言った。「私は他の自殺理由を認めないわ」

「クレイジーだな……死にたいから死ぬ、他に理由がいるのかよ」

 イヴァンは低い声で吐き捨てると、なんとオーロラがセレステの間の前を遮り、真紅のマニキュアを塗った指で車いすのグリップを持ち、体をかがめて尋ねた。「お嬢さん、教えてくれないかしら。あなたはなぜ自殺したいの?」

 一瞬圧倒されたセレステは少し取り乱し、どもりながら答えた。「私は……その……弟を救うために」

「他人のために死ぬなんて一番愚かだわ」

 その刹那、セレステは全く反応が間に合わなかった。オーロラの手中になる巨大な鎌の刃を既にセレステの首をめがけて振っていたではないか。彼女の車いすは勢いよく横に倒れ、体全体が地面に叩きつけられた。セレステは両手で体を支えて起き上がり、顔を上げるとイヴァンも鎌を手に取ってオーロラの攻撃を防いでいた。

「おい、オーロラ」イヴァンは激怒した。「お前、マジでもう一度死にたいか?」

 二人がお互いにらみ合っている最中、スパークは慌ててセレステのそばに駆け付け、膝をついて擦りむいて血が出たセレステの腕を見て言った。「セレステ、大丈夫か!」

「私が大丈夫です。ただのかすり傷ですから」セレステはスパークを安心させようとして、微笑えんだ。

 イヴァンが片目で後ろの二人の状態を確認すると、冷めた口調で「だったら、俺もお前の契約者を殺すか?むしろそういうの好きだろ?どうした、その坊やはイケメンだから殺すのが惜しいのかよ?」

 オーロラはイライラした様子で下唇をかみ、細長いヒールが地面に深々と刺さった。オーロラは知っていた、イヴァンはやるときはやる男だと。ましてや自分はこの男の相手にならない。元々、不意をついてあの子の命を摘み取りたかった。

 オーロラは不本意そうに鎌を収めて、イヴァンをじっと見つめながら言った。「私のやり方は二人のためだと知ってるくせに」

「天国にはお前のような人材が必要だろうね」

 イヴァンは皮肉っぽく笑った。オーロラは既に脅威ではない。彼も握っていた鎌を消した。

 それからオーロラがセレステの指をさして吠えた。「あなたも!」

「後悔するわよ」おびえて地面に座って固まっているセレステに再度言った。「絶対、後悔する」

 イヴァンはチッと舌打ちしながら、鎌がまだ必要だと思った。だが、イヴァンが手を上げようとしたとき、スパークは二人の間に入ってきて、愛想笑いを浮かべてイヴァンに謝りながら、オーロラの肩を抱き寄せて去っていた。二人の姿はやがて小さくなっていき、まだ地べたに座り込んでいたセレステは考え込んでいた。イヴァンはセレステのもとへ駆けつけ、車いすを立たせて、セレステを車いすに座らせた。

 イヴァンが歩き始まる前、セレステはイヴァンを見つめながら口を開いた。

「イヴァンさん、教えて、約款の第五条って何ですか?」

 セレステの決意は固く、その目に迷いが全くなかった。

 そんなセレステの表情を見たイヴァンは信じられないほど冷徹で厳しい表情をした。その考えを読み取ることはできなかった。イヴァンは話を逸らそうとしなくて、セレステをじっと見た。

「俺を信じてくれるか?」イヴァンが尋ねた。

「信じています」セレステは迷うことなくそう返した。

 イヴァンは笑い、セレステの頭を撫でながらこう言った。「だったら聞くな。時間が経てばわかるさ」

 さっきの戦いのせいで、やっとのことで買った食材が全部地面に転げ落ちていた。イヴァンは一生懸命拾ってきれいにしてから、あのユリも一緒にセレステの膝の上に乗せた。

 セレステは花を掲げて、指で花についた塵を取り除いてから、その香りを嗅いだ。

「知らなかったわ。スパークも死にたいと思うなんて」セレステは呆然としたままユリのおしべを見ながらつぶやいた。「あんなに幸せそうだったのに」

 イヴァンは俯いてセレステに視線を向けて言った。「あいつも、お前さんが幸せそうに見えていたからさ」

「いつもそうさ。地獄から天国にいる人間を眺めている人間は、その天国も別の地獄だということ知らないんだよ」

 セレステはまた笑った。イヴァンの言葉はいつもこんなストレートなのだ。

「じゃあ、イヴァンさんは幸せですか?」

「食ったら寝る、起きたら食う、豚みたいで幸せだよ」イヴァンは口笛を吹きながら、車いすを家の方向に押した。

 セレステは笑顔で言った「ふふっ、イヴァンさんに出会えて、私もとっても幸せです」

「苦痛に期限があるなら、毎日がおのずと幸せになる。お前さんが今幸せと思っているのは、数日後に死ぬからだ」イヴァンは肩をすくめてそう答えた。

 セレステは顔を下に向け、「かもしれないですね」と苦笑した。

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