08【偶然の再会】
先に顔の向きを変えたのはイヴァンだった。その表情は明らかに嬉しくなさそうだった。まるで買ったばかりの革靴で新鮮ほやほやの犬のフンを踏んでしまったような気分だった。刺すような目つきで後ろを見ると、カールした真紅の髪をポニーテールに束ねた、モデルのようなスタイルの女がいた。
女が着ている薄いレースのドレスは、この季節では明らかに浮いていた。
「俺の名前を呼ぶなと言ったはずだぜ、クソ女」
だが、女は少しも気にする様子もなく、セレステの前まで近づいて聞いた。「へえ、この綺麗なお嬢さんがあなたの今回の契約者なのね?」
「こ、こんにちは?」
セレステは顎が縮こまりながら、ぎこちない挨拶を交わした。セレステはわからなかった、この妖艶な美女がイヴァンさんにとって…どんな存在なのか。
「おい、あの子から離れろ」
イヴァンは女が近寄る前に、その刺すような目つきからセレステを隔てるように、彼女の目の前を塞いだ。同時に、女の後ろに立っている背の高い金髪の男が急に目を丸くして、車いすのセレステに向かって指を差した。
「君は、セレステじゃないか?」男は状況が読み込めない様子だ。
「あ!あなたは……スパーク?」セレステはようやくこの男の名前を思い出した。
目の前の男は、身長一九〇センチの引き締まった体、まばゆいばかりの金髪と金色の瞳、そして爽やかな笑顔が特徴だ。セレステと同じ大学に通い、大学では皆から好かれる性格だった。
セレステの車輪が泥にはまり、たまたま通りかかったスパークが手を貸してくれたことがなければ、二人はまったく出会うことはなかっただろう。
スパークがセレステのことを知るはずはなかった。
しかし、セレステのような学校行事とは無縁の人間でも、スパークの名前は耳にしたことがある。
噂話の大半は、彼の所属チームがどこの大学に勝ったとか、ガールフレンドと別れたとかいうゴシップだった。
「奇遇ね、まさかスターの知り合いに出会うとは思わなかったわ」女は腰を下げてセレステに手を差し出し、色白で完璧な形のバストを三分の一ほど見せた。「会えて嬉しいわ。私はオーロラ、死神よ」
「え?」
セレステが伸ばした手が止まり、それを受けたオーロラは快く握手に応じ、上下に二回振ってからイヴァンに叩かれる前に引っ込めた。
セレステの視線は、目の前のオーロラよりも、いつも元気でまぶしく、爽やかで太陽のような色の髪をしたスパークに向けられていた。
そのような誰からも愛される人物がこれから死のうとする自分と接点を持つなど想像し難い。
オーロラはセレステの視線を追って後ろのスパークに向き直り、スパークの手を取ってイヴァンとセレステのところに引き寄せた。
「うちのスターがなぜ自殺したいのか、興味ないかしら?」
ミステリアスな表情のオーロラを見て、イヴァンは話を遮るように手を振って「誰がクソガキの内情など知りたがるんだ。よくもまあこんな風に現れやがって、お互いに会わないって約束を破ってご挨拶とはよ」
「お互いの魂集めを邪魔しないよう、公平に勝負することには同意したはずよ?」オーロラは眉をひそめて言い返した。
イヴァンはたばこの煙を吐いて、「ウイスキー、一ダースのためだ。俺は負けない」と言った。
「だから、なんでそんなに酒が大事なのよ!もう死神なのよ!そんなものを飲んでどうするのよ!」
オーロラは腰に手を当てて、イヴァンとひたすら口論した。 イヴァンは口にくわえていたたばこを、オーロラのレース柄のドレスにちらつかせながら、売り言葉に買い言葉で返した。
セレステは、そんな彼らを普通の人のように見て、死神とは何か?なぜ死神になったのか?について首を傾げながら考えていた。
「大丈夫か?」スパークは、ヒートアップした二人を避けてセレステのそばへ行った。
「ええ、大丈夫です」セレステは顔を上げ、目を細めて笑いながら言った。「ちょっと思ったんですけど、死神って一体何でしょうか?イヴァンさんはなんで死神になったのかしら?」
今度はスパークが固まり、少し驚きながら言った。
「約款を読んでないのか? 第五条に書いてあるじゃないか」
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