07【市場】

 三日目が過ぎた後、色んな事は変わった。正確に言えば、セレステは何が変わったかはわからない。家族への罪悪感と想いは変わらない。死にたいという意志も変わらない。だが、何かが変わった。

「にゃーん」

 足回りから子供のような甘えた声が聞こえた。セレステが下を見ると、大きな手がさっと子猫を掴んで、自分の肩に乗せ、仕方ないなという表情でため息をついた。

「おいおい、本気か?死にたいのに猫飼うのか?」

「でも、私はまだ生きていますよ」セレステは笑顔で返事した。「イヴァンさん、皿を持ってきてくれます?」

 イヴァンは前にもセレステからあのようなことがあって驚き、どうすべきかわからなかったから、素直に皿を持ってきた……。

 死神である自分がまさか一人の人間に遠慮して、ましてや素直に言うことを聞くとは思いもよらなかった。

 セレステが作る料理は自分の口に合ったから、言うことを聞いているに違いない。

 イヴァンは大きな口で骨を抜いたローストチキンを口の中に入れながら、ボルシチを飲み込んだ。

 昼食後、セレステがキッチンから出てくると、イヴァンが巨大な鎌で白い子猫と戯れている姿が見えた。イヴァンは一瞬動きを止めて、セレステを見ながら尋ねた。「どうした?」

「うん、市場に行かなきゃ。冷蔵庫に食材がなくなっちゃいました」とセレステが答えた。

「それじゃ、出発するぞ」イヴァンは鎌をしまって、体を起こして足で子猫を入口まで押しのけた。

 セレステは聞き間違いかと思った。「え?イヴァンさんも行きますか?」

「それは当然だろ?なんたってお前さんのボディガードなんだからさ」、イヴァンは顔の向きを変えて「魚のにおいで契約者が死んだら、商売上がったりなんだよ」と言った。

 そんなイヴァンの話を聞いて、セレステはプッと笑った。この男の話はいつもセレステを笑顔にした。

 セレステは何が変わったか分かった。自分が笑うようになったことだ。

 それは愛想笑いではなかった。心の底から込み上げる可笑しさによる明るい笑顔だった。事務的な口調で「イヴァンさん」と呼ぶ回数も増えたが、このような変化はセレステに充実した毎日をもたらした。

 セレステは自分で車いすを押すつもりだったが、イヴァンが押してくれた。

「ちょっと、勝手に行かないでくれる?俺が押してやるよ」

「ありがとうございます、イヴァンさん」

 セレステの笑顔は道を照らす日差しのように眩しかった。笑ってあのアクアマリンのような瞳が閉じたから、空には太陽しか残らなかった。

 市場へ向かう小道には少し凹凸があったから、イヴァンはゆっくり前へ車いすを押した。着いた頃には、街道の人通りが少なく、二人にとっては好都合だった。

 花屋の前を通ると、咲きほこったユリの花が黒いバケツの中に入れられていた。セレステは無意識のうちに手を花へ伸ばして、香りを嗅いだ。

「いい香りですね!」少女は喜びを隠せないままイヴァンの方向を見て「イヴァンさん、いい香りでしょ!」

 イヴァンは返事することなく、ポケットから取り出したコインでその花を買って、セレステの手にのせた。

「香りは嗅げるうちにいっぱい嗅いでおきな」とイヴァンが言った。

 セレステは首を傾げた。いつもそのような話をするときは複雑な感情が混ざっていると思った。だが、セレステはそれ以上何も考えなかった。イヴァンの言う通り、手に取った花の「賞味期限」のうちに、その香りを嗅ぐことにした。

 二人は店の前の列に並んで野菜かごの前に着いた。セレステはにんじんと玉ねぎを手に取って、ブロッコリーに手を伸ばしたとき、突然車いすが強い力で後ろに下がったせいでブロッコリーを取り損ねて、危うく車いすから落っことしてしまった。

「ストップ!お嬢さん、なんで化学兵器なんざ、手に取るんだよ?」

 セレステはポカーンとした表情だった。「あれ、ブロッコリーだけなんですよ、イヴァンさん」

「いや、だからそれを取るなよ」

 セレステは我に帰って尋ねた。「イヴァンさん、ブロッコリー嫌いなんですか?」

「嫌いって訳じゃない、ただ、俺は人間の食べ物しか食わないんだ。だが、あれは明らかにそんなもんじゃなかったんだよ」イヴァンはきっぱりと言った。

 セレステは後ろにいるイヴァンのことで大笑いした。最終的にセレステは意志を貫いてブロッコリーを買った後にこう言った。「好き嫌いしちゃダメよ。私が作った料理を食べたらイヴァンさんの考え方も変わるわ」

 イヴァンは悔しそうに唸った。時々、この少女に敵わないと思うことがあった。

 買い物を終えた後、二人は雑草が生い茂った小道を通って帰る途中、セレステが心地よい民謡を口ずさみ、イヴァンも黙って聴いていたが、突然口を開いた。

「懐かしいな──前に娘に聴かせてやったっけな」

 セレステは驚いて歌を止めて、恐る恐る聞いてみた。「え?イヴァンさん、娘さんいましたの?」

「いたよ」イヴァンはあっさり認めた。「だが、もう二百、いや、三百年前の話さ」

 セレステはイヴァンに娘がいたこと、それが数百年前の話ということ、そのどちらがショックだったかはわからなかった。そのことについてもっと聞こうと思っていたとき、艶やかな声が後ろから聞こえてきた。


「イヴァン・マンガーノ?驚いたわ、こんなところにいたのね?」

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