06【死神】
セレステはイヴァンを見上げ、首筋にあるキスマークと、まるで風俗に行ってきたばかりのような安っぽい香水の匂いに気づいた。
その分厚い手のひらが彼女のセーターに食い込み、肌を震わせた。下着の鉄輪をすり抜けても、セレステはひるむことなく、黙ってイヴァンを見つめた。
彼女は手を伸ばしてイヴァンの左頬の刀傷に触れ、指先をゆっくりと彼の髭面の顎へ滑らせ、ごつごつした首の筋肉を伝って喉の節に触れた。この一見無駄な器官は、飲み込むたびに動き、それはまるで生き物だった。セレステはふと、自分が子供の頃、そこにリンゴがくっついたと誰かに嘘を吹聴されたことを思い出した。
イヴァンはなぜか少女の青白い首筋を噛むのをやめ、口を離してゆっくりと身構えると、少女の指が彼の肌の上を這うのをただ黙って見ていた。鎖骨、肩、上腕、その引き締まった肉体に視線が注がれた。
「イヴァンさん、死神って……生きてますか?」
「その名称に『死』が入っているのよ。生きていると思う?」
低い声で感情のかけらもなく返答されたが、セレステは自分が何か深い深い海の中に引きずり込まれ、手足をばたつかせる暇もなく溺れていくのを感じていた。このような質問をしてしまったことを申し訳なく感じた。同時に、目の前にいる謎の男のことが気になり、イヴァンはどんな重い過去を背負っているのだろうと知りたくなった。
「イヴァンさんはなぜ死神になったのか?」柔らかい口調で問いかけが続き、男に逃げ場はなかった。
アクアマリンのような瞳は、あらゆる障壁を突き抜け、最も柔らかく弱い心に届くようで、逃れることができなかった。
他の奴だったら、イヴァンはパンチで気絶させて口を割らせなかっただろう。
しかし、セレステの無邪気な顔の前に、イヴァンはただただため息をついた。マットレスの上に寝転がり、手を伸ばしてセレステを抱きかかえ、頭を撫でて落ち着かせた。
「ったくよ、お前さんくらいの嬢ちゃんが俺にとってはガキも同然なんの。とっとと寝ろよ、明日話してやるからさ」
その言葉から話題を変えることもできず、地鳴りのようないびきで会話が終わった。
セレステはその大きな胸に体を預けると、相手の強い鼓動をはっきりと聞くことができた。規則正しい鼓動は、なぜか泣きたくなるほどだった。
生きているんだ、この人は。
自分も。
「おはよう、お嬢さん」
「おはようございます、イヴァンさん」
「イヴァンさんのおかげで、昨晩はよく眠れました」
「いいって、俺も久しぶりにまともに寝た」
昨夜の途中で終わった話題は二度と持ち出されなくて、そのままベッドに寝かせることになった。
セレステはフライパンからベーコンを抜き取り、残った油で卵を半熟になるまで焼いた。 トースターが飛び上がり、皿とクリップを持って振り向くと、イヴァンはすでに熱々のトーストを指でつまんでいた。
「イヴァンさん、熱いからこっちに置いて!」セレステは慌てて皿を渡した。
「大丈夫だって」イヴァンは肩をすくめてトーストを皿に乗せ、赤くなった指についたパン粉を舐めた「まだ焼けてないぞ」。
セレステは、トーストのことを話しているのだと思ったが、そうではなく自分の指のことを言っているのだとわかった。
「つめたい水で冷やしてください、薬を取ってくるから」
少女の語気の強さにイヴァンは面倒くさいなとつぶやきながら、水道の蛇口をひねった。 指の間を流れる水を見ながら、顔をぼーっとさせた。
「イヴァンさん?」
セレステの呼びかけで正気に戻り、振り返ると彼女の膝の上に薬箱が置かれていた。イヴァンは蛇口を閉め、濡れた手を上下に振って手のひら全体をセレステの前に差し出した。
少女の仕草は優しく、包帯の巻き方も丁寧で完璧だった。結局、イヴァンは問題なくフォークで朝食を済ませることできた。
今日はとうとう雪が降らなかった。セレステは窓を押し開け、太陽の光と暖気を家の中に取り入れた。イヴァンは新聞を読みながら、少女の笑顔を目で捉えた。
「皿洗いは俺がやるよ」
イヴァンは油でべたついた皿を手に取り、台所に向かったが、セレステは車いすを必死に押してイヴァンの前で言った。 「傷が水で濡れますからダメ、私がやりますから」。
「知らない奴だったら、俺が指を失ったと思うかもしれないな」
文句を言いつつも、イヴァンはセレステに任せた。 正直なところ、こんな退屈な家事をするのは好きではなかった。あくまでも礼儀としてである。
セレステが食器を洗っている間、天気が良いので、イヴァンは裏庭に出て日光浴をすることにした。そして、セレステが家事を終えて庭に続くスロープを降りてくると、巨大な鎌を手にして草を刈っているイヴァンがいた。
恐怖よりも驚愕、実感、そして少しの興味が先行した。 目の前にいる男は本当に死神であり、イヴァンさんだった。
イヴァンは、遠くにいるセレステを見たが、彼女が怖くて近づけないのだと思った。 そこで、「心配しないで、ただの定期点検さ、殺意を込めなければ、人を傷つけることもないよ」
そう言って、小さな白い猫が蝶を追いかけてイヴァンの足元までやってきた。 男は身をかがめ、猫の首の後ろをつまんで、「やり方を教えてやるよ、見てろ」と言った。
「イヴァンさん」
セレステから放たれた声は最高に柔らかかったが、死神イヴァンは思わず鳥肌が立った。
「夕食が食べたいなら、あの子を下ろしてください」
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