06、同じ人間でも千万の個性がある

 羅秀雅は頭の中でさまざまな悪辣な方法を瞬時に思いついた。

 もし自分が目の前でこのか弱い首を力いっぱい絞めたら……あの男がそれを見て、どんな表情するんだろう?

 しかし、体の震えが止まらなかった。動きが鈍くてなにもできなかった。

「お姉さん、どこか痛いの?」目の前の子供は、自分に降りかかる危険など露知らず、彼女に向かって言った。「お姉さん、つらそう……」

 羅秀雅は唖然とした。

 ……今の自分の表情、きっとひどいだろ?

 何か手かせをはめられたように、彼女の両手が力を入れて握っても、伸ばすことができなかった。

 彼女は、自分が失敗するかもしれないことをわかっていた……

ホンちゃん、走っちゃだめだろ!」

 ちょうどその時、一人の男が慌てて遠くから走ってきた。

 彼は息子の目の前にいる赤い服の女性と話しかけるつもりだったが、羅秀雅の顔を見たとき、足の動きが止まった。

「羅……そんな、バカな……」眼前の信じがたい光景を見て、男の顔から瞬く前に血の気が引いた。

 羅秀雅は、一言も発さず、冷徹なまなざしで男を睨んだ。

「お、俺のせいじゃない……俺もこんなことになると思わなかったんだ……」男の膝は激しく震えて、もうほとんど立つことができなかった。

「パパ?」羅秀雅の目の前の子供が、父親の様子がおかしいことに気づいたようだ。

 それを見た羅秀雅はむしろ嘲笑した。「どうしたの、あんたも怖いのか?自分のせいじゃないと思ったのに?」

 羅秀雅は静かに色白の手を子供の頭上に置いた。

 男は前に近づこうとしたが、結局そうはしなかった。

 羅秀雅は突如くだらないと思った。

「良い息子がいるんだね。あんたみたいなクズにならないことを祈ってるよ」彼女はただ言葉を残し、踵を返して去っていった。

「パパ、どうしたの?」

 後ろの男は彼女が去った後、膝の力が抜けて地面についた。

 だが、彼女にはもうどうでもよかったのだ。

 彼女はこの世に自分が帰る場所があるのかわからないまま……ただまっすぐ、まっすぐ歩いた。

 突然、冷たい雨が何滴か地面に落ちた。雨音と共に、雨脚は徐々に大きくなっていった。

 羅秀雅は膝を抱えてしゃがんだ。彼女は突如、歩く気力を失った。

 今、自分がどこに行こうとしているのかもう分からなかったから……

「ここでしゃがんで、何してるんですか?」

 頭を濡らした雨が、やんだ。

 羅秀雅は顔を見上げると、困惑した表情を見せる方既明がいた。濡れないように傘を被せてくれていたから、彼の体はほとんどずぶ濡れだった。

「……方既明、そんなことをする必要がないんです。私は生きた人間じゃなくて、雨に濡れても病気にならないし、寒さも感じません」どんな気持ちかわからなかったが、彼女はただ淡々とそう言った。

「確かに」方既明も驚いたようだ。それでも、手に持った傘をそのままにした。「だけど、こんなに濡れたら、気持ち悪いでしょ!紙だから濡れるとふやけますし、壊れやすくなりますし……」

 方既明の言葉は、何一つふざけていなかった。

 ――彼はいつも冗談が通じない、真剣だった。

 羅秀雅は知っていた。彼は自分とは違う。

 ――自分は卑怯な嘘つきなんだ。

「方既明、私、嘘をつきました」彼女は方既明に打ち明けた。「私がここに来た理由は、『友達』に会うためじゃなかったのです……あなたへの好意も嘘なんです」

 好意も嘘、結婚も嘘……彼を利用したことだけが本当だった。

 羅秀雅は自分の過去を方既明に話した――心の中に秘めていたどす黒いことと、今日の無様な自分について。

 彼女はなぜ彼にこの話をするのかわからなかった。

 もしかしたら……この人に嘘をつきたくなかったのかもしれない。

 羅秀雅が話し終えると、方既明はしばらく何も言わなかった。

 彼の表情は冷静だった。雨は髪の末から落ちて、微動だにしない顔を滑り落ちた。

「そうだったんですか」しばらくして、それだけ口にした。その口調には何かを悟ったようなものが感じられた。

 羅秀雅もこのような反応は予想外だった。「……怒っていませんか?」

「怒りなんて……そんな予感は多少してましたよ」天から妻が舞い降りたなんて、そんな奇妙な幸運がどこに存在する?

 少し思案した後、話を続けた。「知っていますよね?君に出会う前、僕はお見合いで三十一連敗していますよ。だから、もう慣れっこなんです」相手から自分への拒絶は慣れていた。

 ――他人から見た自分は人に好かれる男じゃないことには慣れていた。

「それに、あなたは僕の金を騙し取りや貞操侵害なんかしていません。本当、僕はそんなに失っていません……あ、あなたのために買ったこの紙人形で、結構お金を使いましたけどね」

「……」

 羅秀雅の心が突然落ち着いた。

 なぜ、こんなに酷い女の話をこの人は簡単に聞き流せるのだろう?

 もし、世界の終わりみたいな気分になった時、この人がそばにいてくれたら……。

「方既明、私今、とても後悔しています」羅秀雅は体を縮めて、自分の顔を両膝に挟めた。「あのクズのために、自分の命を終わらせるなんて……一体何のためですか?」

 復讐に囚われていた彼女は、自分は強い、死ぬことだって怖くないと思っていた。しかしこのとき、緊張の糸が切れて、突然強烈な自己嫌悪感が湧いてきた。

 ……なんでこんなバカなことをしたのだろう?

 本当に命を粗末にしたな。

「方既明、私、大バカです……バカで嘘つきです。本当に最低です」羅秀雅は自分が泣いているような感じがした。

 今の彼女は涙が流れることなんて絶対ないのに。

「そ、そんなことを言わないで……」方既明は慌てた。「絶対あの男が悪いですよ」

「こんな素敵な女性に好かれるなんて、どんなに幸運なことでしょう」その言葉を聞いて、羅秀雅は彼の方向を見上げた。

 優しい言葉をささやきながら、最悪なことをする奴もいれば……口下手だけど、土砂降りの雨の中で黙って傘を差してくれる人もいる。

 人の差は……なんでこんなにも大きなものなのか?


 彼女は、あの寒い部屋で、二人が初めて会った時のことを思い出していた。

 その時、自分の遺体から彼女の魂がまだ抜けていなかったので、周囲の状況を感じ取ることができた。

 ……彼女は死体と話している方既明のことが不思議に思えた。

「命って大切なんです!まだ青春を謳歌する時期だったじゃないですか。自殺しなければならないほど辛いことがあったんですか?」

「……」

 少しウザかった。

 本当に死んでもせいせいしないな。

 でも、その時、彼女はこの男が顔を優しく撫でてくれたことを感じ、「……でも、その選択をしたということは、きっととても大変なことがあったのでしょう?」

「僕は口下手で、慰める言葉を知りません……ただ、あなたの外見を綺麗にして、あなたの心が少しでも晴れやかになってくれるよう努力することしかできません」

「生まれ変わったら、もう辛い目に遭わないでほしいです」

 その時、羅秀雅は自分の気持ちが何なのか全然わからなかった。

 もし、来世があるのなら……。


 もし、来世があるのなら、この不器用で優しい人にもう一度会いたい――羅秀雅は目の前の方既明を見ていた。

「あのね、方既明」軽やかな口調で、「私、あなたのことが好きかも、です」彼女がそう言った。

 少し間を開けてから、一言足した。「今度は、嘘じゃないです」

 方既明の両目は驚きのあまり、大きく見開かれた。

「……おう」少し間を開けてから、そう答えた。

 この時、何と言えばいいのだろう?方既明はわからなかった……。

 雨の中、方既明の頭はごちゃごちゃになっていたが、二人の間の雰囲気は、とても静かだった。

 なかなか切り出せない。

「あの……秀雅?」

「うん?」

「ちょっと……軒下で雨宿りしませんか?」方既明は雨に濡れない場所を指でさした。「雨がどんどん強くなってますさ、傘をさす手もちょっと痛いんです」

 それを聞いて、羅秀雅は思わず「……こういう時は、黙ってじっと見つめるもんでしょ?」突然そう言って、雰囲気がぶち壊しになった。トレンディドラマにはこんなこと絶対ありえない。

「僕はなんでそんなことをしなければいけませんか?」方既明は本当にロマンチックをわからなかった。「雨を浴び続けるとハゲになるかもしれません……僕は既にモテない男です。ハゲになったら、生涯独身になりますよ」

 方既明は冗談を言っているのではない。

 本当に生え際を気にしていたのだ。

 この男、実に誠実である。お見合い三十一連敗の理由は、ここにもあるんじゃないかと羅秀雅は思った。

「私がいるじゃないですか! ダーリン」彼女は「あなたがハゲになっても、捨てたりなんてしませんよ」と笑顔で言った。

 少し時間が立ってから、彼女は方既明から低い声で「……はげた自分が嫌いなんです」と囁き返すのを聞いた。それは不幸を嘆く声ではなく、駄々をこねている子供のようだった。

 ああ……私は本当にこの人が好きなんだ――彼女は思わずそう実感した。

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