05、瓜二つ
休日。方既明は、紙人形の妻を車に乗せて、行きたいと言った場所まで連れて行った。
その場所は自宅からさほど遠くなかった。羅秀雅の道案内でようやくある団地の外に車が止まった。
羅秀雅によると、彼女の「友人」はここに住んでいるという。
「……僕も一緒に行こうか?」ぼーっとしたまま座席に座っている羅秀雅のシートベルトを外してそう尋ねた。
実際のところ、最近の羅秀雅は様子がおかしい。「風蕭蕭として易水寒し、壮士一たび去りて復また還かえらず」……なぜかわからないが、方既明はふとこの詩を思い浮かべた。
今の羅秀雅の様子は、あの壮士に似ている気がした。
元通りになった羅秀雅は口角を上げて笑顔で言った。「私一人で大丈夫です。ありがとう、方既明。あなたは本当に優しい人ですね」
「僕は……」方既明は何か言おうとしたが、言うのをやめた。
「どうしたのですか?」
「……何でもないです」方既明は自分で何を言いたいのかよくわからなかった。
羅秀雅がここ数日で自分のことを「ダーリン」や「おじさん」とも呼ばなくなったので、急に違和感を覚えた。あるいは、「あなたは本当に優しい人ですね」とか、素敵な褒め言葉に聞こえないような気がする……。
「ここで待ってます」結局、それしか言えなかった。
それを聞いた羅秀雅がうなずいて、一人で車を降りた。
方既明はハンドルにもたれかかり、窓の外の陰鬱な空を眺めた。
今日は天気が悪く、すぐに雨が降ってきそうな気がした。
方既明の視界から離れると、羅秀雅は徐々に歩調を速めていった。
抑え込んでいた感情が溢れ出しそうだった。
彼女はずっと覚えている。自分が死んだ日、心に感じた絶望感を。
……
あの日も今日と同じように陰鬱な一日だった。彼女は狭い賃貸マンションに一人、電気もつけず、外部との接触も拒否していた。
羅秀雅は祖母に一人で育てられた。若くて無責任な母親は、自分を置いて逃げ、自分の父親の名前さえ知らなかった。
祖母の死後、天涯孤独の身となり、学校も中退した彼女は、将来への希望もあまりなかった。
自分が美人であることは知っていた。何人からもそう言われた。だから、彼女も「スター」になる夢を抱いていた。
しかし、現実は思っていたより厳しかった。一人で大都市にやってきて、貯金をはたいて、小さなマンションを借りて生活していると、三食を食べることさえ大変になった。
スターになりたい人はたくさんいるが、人気者になってお金を稼ぐことのできる仕事を得るのはそう簡単ではない。その後、彼女は広告関連の撮影の仕事を断続的に受けるようになったが、普段はオンラインのプラットフォームで、ライブ配信を行うことで生計を立てていた。
苦しい生活を送っていたが、なんとかやっていけた……。だが、たまにカメラの電源を切って、一人で部屋にいたとき、ちょっと寂しい気持ちに襲われた。
そんな時、「あの男」が現れた。
最初は普通のネッ友からファンとして彼女を応援し、励ますようになった。
それから、彼は羅秀雅の人生に温もりを与えるようになった。
男の態度は優しかった。他のファンとは違い、彼女のことを純粋に思い入れているように感じられた。
羅秀雅は徐々にその男に依存するようになった……このような温かい姿勢に気持ちが抑えらず、一緒にいたいと思った。
そこで、彼女とその男は実際に会うようになった。デートや食事、恋人同士ですることをたくさんした。
男は起業に悩んでいると言い、彼女は普段貯めていた貯金を彼に貸した。
「秀雅、君がいてくれてよかった」という言葉がただ聞きたかったのだ。
しかし、いつの間にか男の態度が冷たくなってきた。
……自分がダメなのかな?男の態度は彼女を不安な気持ちにさせた。
ある日、羅秀雅は道端で偶然に彼に会った……
その時、男は妻と幼い息子と一緒にいて、家族和気あいあいで幸せそうだった。
その後、羅秀雅は彼を呼んで説明してもらうことにした。
『うわ、お前はしつこいな……俺たちの関係はもう終わっただろう?』
『借りた金?以前、ライブ配信の時、たくさん投げ銭したことあったよな?全部忘れちまったか?』
『嘘つきだと?俺がいつそういう話をした……お前の勘違いだったんじゃないのか?』かつて彼女の心を温めてくれた言葉と同じ口から出た言葉は、いつも以上に彼女を傷つけた。
そして、羅秀雅の表情がますます怒っているのを見て、男はこう言った。
『羅秀雅、よく考えるんだよ!俺の浮気が明るみに出ても、お前には何の得にもならないし、お前の写真もまだたくさん持っている。お前だってイメージダウンしまうと、困るんだろ?』そして、羅秀雅の反応も気にせず、男はそのまま帰ってしまった。
その頃、羅秀雅の精神状態は最悪だった。男の言葉が、彼女が黄泉の国へ旅立つ最後の一歩となった。
しかし、その男が言ったように、彼女は雁字搦めになって、何もできなかったのだ。
……自分が死ねば、もう問題なかったでしょ?その考えは、羅秀雅の心の中で、雑草のように伸びていった。
赤い服を着て死ぬと怨霊になるというのは、どこで聞いたことがあった。
だからその日、狭く暗い部屋に一人、真っ赤なワンピースを着ていた。
『さよなら、世界』そうして彼女はインターネットへの最後のメッセージを投稿した。
しかし、できることなら、あの男に復讐するために戻ってきたいと考えていた。
「死んでから初めて、この世に幽霊が存在していることを知ったけど、イメージとは全然違ったね」
怨霊となって復讐するどころか、あの男の前に姿を見せることすらできなかった。
生者の世界に長く留まっているほど、自分の魂は弱くなっていく……。
これじゃダメ。彼女は他の方法を考えなければならなかった。
そこで、あとで思いついたのが方既明との「結婚」だった。
「結婚」というか、単に彼女を生者の世界に引き留めるための手段に過ぎなかった。しかし、騙されていた方既明はまったく知らなかった。
素朴で単純な方既明は、いつも自分の魅惑的な言葉によくからかわれる。
ごめんなさい!方既明……あなたのところに来たのは、「あなたでなければならないから」なの――あなたは特殊なケースで、私の魂が見えるのだから
つまり、最初からすべて欺瞞だったのだ。
――方既明が自分のことを「盧さん」と呼んで、そして自分が返事をした時から。
『ちょっとやつれてますな。お化粧直しますね!』
『……どこに行きたいですか?まだ時間があれば、他の場所にも行きましょうか!』
羅秀雅は、今日外出する前に方既明が自分に言ったことを思い出した。
彼は自分が生きている人間ではないことを知っていたが、それでもシートベルトを着用することを主張したことを思い出した。
『こうすれば衝突しませんよ! 』方既明の口調はごく自然だった。『警察に見られたら、職務質問されるかもしれないし……警察にあなたが紙人形だと言っても信じてもらえないでしょう?』今は復讐の時なのに、羅秀雅は方既明のことをいろいろと思い出していた。
彼の騒がしさ、言葉の不器用さを思い出していた……。
この後、自分が帰ってこないと、彼は心配になるのかな?
そんなことを考えていると、羅秀雅は無意識のうちに歩みを緩めた。
「ああ……私は何をしているの?」
その時、少し先から幼い子供が慌てて走ってきて、滑って地面に転んでしまった。
手のひらと膝にできた擦り傷ができて、正座して泣きじゃくった。
その時、羅秀雅は特に何も考えず、ただ近寄って彼を引き上げた。
「ありがとう……」立ち上がったその子は泣きじゃくりながらお礼の言葉を言った。
その顔を見た瞬間、羅秀雅の心は雷に打たれたような衝撃を受けた。
この顔を、見たことがある……忘れられないほど強烈に印象に残っているからだ。
数か月前に比べれば、その男の息子はずいぶん成長していたが、この顔は本当に父親に似ていたな……。
–
風蕭蕭として易水寒し、壮士一たび去りて復また還かえらず
風はものさびしく吹き、易水の流れは冷たい。壮士は旅だってしまうと、生きて帰ってくることはないのだ
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