04、妻はハタチ、ただ今花盛り

 先ほど方既明が飲んだあの奇妙な液体は、羅秀雅の魂がしばらく消えないようにするだけのものらしい。

 しかし、彼女をもっと「人」に似せたいなら、他にまだやることがある。

 街角にある「紙紮しさつ」のお店から、ちょっと挙動不審な男が店内から急いで出てきた。

 彼は夫になった……わかりやすく言えば「幽霊の夫」になった方既明だった。この時、その手には紙でできた女性の人形を抱えていた。

 これは伝統的な仏教や道教の葬式時に霊前に供えるものであり、多くの人は「玉女ぎょくじょ」と呼んでいる。また、男性版は「金童きんどう」であり、二体で一組だ。

 方既明が店に入ったとき、店の主人は親切な態度で彼の要望を聞いてきた――しかし、方既明はどうしても説明できなかった。自分がこの玉女しか買わなかった理由を。

 さっきのパニックを思い出すと、またコミュ障を発症しそうだった。

 方既明はしばらくあの店に二度と入る勇気がなかった。

 何はともあれ、必要なものは手に入った……。

「これでいいでしょう――君の依り代として」誰もいない場所で、方既明は独り言みたいに言った。

「うん、ありがとう!」そばには、彼しか見ることができない赤いワンピースの女の子が感謝の言葉を告げた。

 そう、これがこの紙人形を買った理由、彼はどうしてもそれを言えなかった――

 これが『妻』に必要な体と。


 方既明は元々、紙人形に憑依した後の羅秀雅は、玉女の姿のままで動き出すことになるということかと思っていた。

 その様子を想像して、思わずゾッとした。

 その後、すぐに自分の想像力が足りないと感じた。

「うん……体によく馴染みますね。これなら大丈夫です」赤いワンピースの美人は、わずかに手足を動かした。

 紙人形に憑依した後の羅秀雅は、その美貌は健在だった。

 ただ、ある点において以前とは大きく違った……

「見て」羅秀雅は指を方既明の顔に差して、「今、触れるよ」と言った。

 心理的な錯覚かはわからないが、方既明は自分に触れた指から

 少し温もりが感じられたようだ。

 自分には妻がいる。

 この瞬間から、彼の妻は目に見えるようになっただけでなく、触れることもできるようになった。

 ――あまりに素晴らしくてまだ信じられなかった。


「方ちゃん、最近機嫌がいいよね! 何か良いことがあったのか?」

 方既明は自分が表情豊かな人間ではないことを知っているので、この日、同僚にそう言われたことに少し驚いた。

「……いつもと顔、ほとんど同じじゃん」 なぜかわからないが、そう言われると、方既明は少しびくびくした。

「明らかに違うよ」それでも同僚は、「口角がいつもより上がっているぞ」と言い張った。

 方既明は無意識に手を伸ばし、口角に触れようとした。

 同僚は、損傷のある遺体の顔を修復することに関しては業界屈指の名人だから、その言葉はもしかしたら本当なんじゃないか。

 ……でも、最近本当に機嫌がいいのかな?

 その疑問は、仕事から帰宅した後も方既明の頭の中に残っていた。

 玄関に着くと、案の定、部屋に明かりがすでに点いていた。

「おかえりなさい!」ドアを開けると、家の中にいる羅秀雅が言った。「食べる物を買ってきましたよ。今、温めたところです」

 方既明は羅秀雅の視線を追ってテーブルに向かうと、そこには近くのスーパーで買ったのであろう食べ物がいくつか置かれていた。

 そう、羅秀雅はスーパーに行けたのだ……それを知った時、既明はとても驚いた。

 紙人形に憑依した羅秀雅は誰からも見えるだけでなく、このように生活の中の多くの物を触って、使うことができる。

 もちろん、基本的にはやはり紙製なので、強く引っ張れば裂けるし、火に近づけたら燃えてしまうが……普段注意すれば、見たところ、特に大きな問題はないようだ。

 羅秀雅は、元々幽霊としてさまようことができたが、自分と「結婚」してからは、魂は安定したものの、自分からあまり離れられなくなったのだ。

 だから普段、羅秀雅は近くを散歩するしかできない。

 しかし、いつからか、彼女は自分の帰りを待ち、食事を用意してくれるようになった……。

 これは、いつも帰宅すると部屋が真っ暗な方既明にとって、非常にレアな体験だった。

 元々、彼はいわゆる夫婦関係に、特別な期待はしていなかった。

 羅秀雅も、生活空間の一部を共有するルームメイトのような存在で、たまにしか視界に現れない。

 しかし、家の玄関から差し込む光を見て、『おかえりなさい』という言葉を聞き、温かい料理の匂いを嗅いで……今まで感じなかったこの「他人の」生活みたいな痕跡を感じた時、方既明の気持ちは不安から平常心へ徐々に変化し、信頼することさえあった。

 彼は思った。母親が以前言っていた言葉はその通りだった、パートナーを見つけるべきだった、と。

「あの……羅さん、一日中この辺り以外どこにも行けないと、ちょっと退屈じゃないですか?

 その言葉を聞いた時、羅秀雅は一瞬、複雑な表情を見せた。ところが彼女は、すぐに普通の表情で方既明に振り向けて、「……どうして羅さんって呼ぶのです?私たち、もう夫婦なんですよ?」

「秀雅って呼んで!それか、「カミさん」でもいいですよ!」羅秀雅は、キツネのように糸目になって笑った。

 方既明は「カミさん」なんてとても呼べなかった。

 羅秀雅が時折、自分のことをダーリンと呼ぶのは、愛情表現というより面白半分なものだと感じていた。

 実は、この『妻』について、彼は本当にわかっていなかった……。

「羅さ……秀雅は今何歳ですか?」

 それを聞いた羅秀雅は、怪訝そうな顔で彼を見ながら「私のこと、そんなに無関心なんですか?今年、ハタチです。永遠のハタチですよ!」

 今度は、方既明が驚く番だった。

 こんなに年の差があったとは。彼が二十歳の時……羅秀雅はまだ小学校すら卒業していなかっただろう。

「……」

 突然、罪悪感が時間差で襲ってきた。

 石のように固まった彼を見て、羅秀雅は楽しそうな顔して言った。「大丈夫ですよ!おじさん。私、年上でも全然オッケーです」と、親しげに彼の肩を叩いた。

「……」

 言うなとは言わないけど、もう「おじさん」って呼ぶようになったのか?

「あのね、ダーリンにお願いしたいことがあります」この言葉を発した羅秀雅は、なぜか少し躊躇しているように見えた。

 しかし、さっきは「おじさん」、今度は「ダーリン」と言われて頭がこんがらがっている方既明は、しばらく考えることやめて「何でしょう?」と聞いた。

「一日中この辺りをウロウロしていても退屈しないですかとさっき聞かれましたけど、連れて行ってほしい場所があります」

 それならあまり難しい話ではないな。「あっ、いいですよ!あまり遠くないところであれば……最近の休みはいつなのか調べておきますね」

「ありがとうね……方既明」と、その声は小さく、だんだん聞き取れなくなった。

 方既明は、彼女の様子が何か事情にあると感じ、「何か困っていることがありますか?」

「あっ、ううん……何でもないです。ただ、友達の一人に会いたいだけです」羅秀雅は顔を下に向け、「とても大切な友達なのです」と話した。

 これを聞いて、方既明はそれ以上質問しなかった。

 羅秀雅の遺体が葬儀場に送られたとき、警察が「家族を見つけることができず、友達がいるかさえわかりません」と言ったことを思い出した。

 結局、羅秀雅の遺体を引き取る者はなく、役所の手で埋葬された。

 孤独な姿は、見ていて胸が苦しくなった。

 今、羅秀雅は友達に会いたいと言っている…

「友人に会いたがっているなら、良いことなんだろう」と方既明は考えた。

 しかし、そう考えていた間、激しい怒りの表情で項垂れている羅秀雅に気がつかなかった。



紙紮

住宅や自動車などの生活用品を紙細工によって再現する。故人があの世で快適に過ごせるように、燃やしてあの世に届ける紙製品。

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