03、妻は天から舞い降りた

 翌日、方既明は元気に自分の仕事の持ち場に着いた。

 閔秋菊は彼に気がつき、先のお見合いのことについて話し始めた……

「ごめんな!方ちゃん。前もってOKもらっていたと思ったんだけど……盧ちゃんちがどうやら他の考えがあったみたいでさ」閔秋菊はいささか申し訳なさげに彼の三十二回目のお見合いがおじゃんになったことを謝罪した。

「大丈夫ですよ、秋菊さん。こういうことは本来縁が大切ですから」方既明は本当に何とも思っていなかった。

 三十一回目と三十二回目、彼にとっては大差がなかった。

 しかし、閔秋菊はまだ申し訳なく感じていた。「うーん、なんでそうなっちゃうんだろうね?本当にいい子なのにねえ……」

「ありがとう秋菊さん。それじゃ、僕は仕事に行きます」自分のために神経を使うことがないように、方既明は早々に席を立ち、足早と自分が一番慣れ親しんでいる場所に戻った。


 今日対応する客の中に、若い女性がいた。

「白さん、こんにちは。失礼します。さらに綺麗になるよう頑張ります」方既明は思った、若い女性はいつ見ても美しいと。

 方既明は遺族が送ってきた写真を参考に、一番ぴったりな化粧法を考えていた。

「これはいい、これも悪くない……素材がいいので、どう化粧しても美しくなれるよ」この美人の化粧についての感想を言っていたら、昨日会ったあの「盧さん」のことを思い出さずにはいられなかった。

 女性の化粧姿がとても美しく、自分の好みのタイプだった……

『……ちょっと待った』突然、方既明は写真のスライドを止めた。

 どうやら何か確認しようとするらしい。彼は急いで部屋を出て、事務所の自分の席に置いてある大量の資料を調べた。

 彼が以前に対応した案件の参考写真は、ここにあった……

 この時、方既明は心臓がドキドキしていることを感じ、その写真を見た瞬間、自分のドキドキが止まりそうになっていることを感じた。

 半年前、彼はルォシューヤーという自殺した若い女性に対応したことがあった。

 羅秀雅はあまり人気がなかったインフルエンサーで、平日はほぼ一人で、賃貸住宅でライブ配信を行っていた。

 発見された時、彼女は赤いワンピースを着ていた。ワンピースの赤は、死後の青ざめた肌と鮮明なコントラストを形成していた。

 方既明は覚えていた。仕事中、自分が羅秀雅と「おしゃべり」をしていたことを――もちろん、一方的に話しかけただけだったのだが。

 おしゃべりの内容はもうあまり覚えていない。ただ、何時間もずっと喋っていたことは覚えていた……。

 化粧が最も印象的だったのは、自分が化粧したからだ。

 そして今、手に持っている羅秀雅の写真を見て、方既明は茫然とした。

 ……誰か教えてくれないか?

 なぜ、写真の中のこの人は、昨日あのレストランで会った赤いワンピース姿の女性と瓜二つなんだ?


 この仕事を始めて以来、方既明も人に聞かれたことがある。心霊現象にあったことはあるかなと。

 これまで、このようなことはあまり考えないようにしていた。ここで努力して、自分の技術を磨いたほうが有意義ではないか?

 だが今、方既明はあれこれ想像せずにはいられなかった。

『あれは過労に由来する幻覚なのか?ダメだ、お客様の姿見てそんな妄想するなんて……失礼極まりない!』

 一日中思考がぐちゃぐちゃのまま、方既明は帰宅した。

 しかし、閉まったドアの隙間から見える明かりに気が付いたとき、彼は呆然とした。

 ……家を出るとき、間違いなく電気は消したはずだ!

 カギを開けて、ドアをゆっくりひらいた……。

 玄関入ってすぐリビングの電気はついていて、その明かりの下には赤いワンピースの女性の姿があった。

「あれ……他の人の家に入っちゃいました?すみません!間違いました!」方既明はゆっくりドアを閉めた。

 方既明は振り返って表札を確認した……ここで合ってる!

 深呼吸して、再びドアをひらいた――

 今度は、女性から目の前に近づいてきた。

「おかえりなさい……」その女性――あるいは「羅秀雅」が笑いながら言った「ダーリン」

 ダーリン!?自分は彼女すらいない人間なのに、どうして「ダーリン」なんかになるんだ?

 しかし、方既明の反応を待つ間もなく、羅秀雅が言った。「私と結婚する約束したんじゃないですか――後悔なんてしませんよね?」

 方既明は羅秀雅が少し恐ろしい表情をしたと感じた。これならそのまま反論すべきじゃない。「じっ……じゃあ、座ってお話しましょうか!立ちっぱなしでいるのもなんですから」

 羅秀雅の立つ間隔が近すぎた。

 幽霊だから、方既明は彼女の息遣いを感じることができなかった。

「はい、お話しましょう。でも、逃げようなんて思わないでくださいね」羅秀雅は笑顔に戻った。「まあ、私から逃げることなんてできませんけど」

「……」

 方既明は鬼のようなプレッシャーを感じた。


 息苦しさを感じながら、方既明はリビングで羅秀雅と向き合って座った。

 羅秀雅は今度何もしゃべらなかったから、彼が思い切って話すしかなかった。

「あの……さきほど僕との結婚のことをお話されていましたが、僕は、婚姻とはまずお互いのことを十分理解することから始まると思います。でも、僕たちは昨日初めてお会いしたばかりでして……」

「初めてじゃないですよ!」羅秀雅は彼の言葉を遮り、「半年前、私たちはもう会ってたくさんお話したじゃないですか」

「……」

 その時、方既明は延々と喋っていた!

「……僕、その時どんなお話をしましたか?」彼はそのことをまだ気にしていた。

「いっぱい話しましたよ、『命は大切、なぜ自殺するのか』みたいなことを……なんかお坊さんがお経唱えているみたいで、止まりませんでした」羅秀雅は当然のように言った。

「……」

 確かに方既明はおせっかいな性格なのだ!

「ごめんなさいね、羅さん……僕の話がくどくて、嫌な思いをさせてしまいましたよね」

「とんでもない!楽しかったですよ」羅秀雅は至極当然のように言った。「そうでないとあんたと結婚するわけないじゃないですか?」

 方既明の頭の中で疑問符が乱舞した。

 世の中にこんな独特なセンスな人がいるのか!?それとも、死んだ人は生きている人と基準が違うのだろうか?

「とはいえ、結婚は人生の一大事です。そんな急いで決めることではありません。母にも許可を得ないと……」

「構いません」羅秀雅がこう答えた。「身分はいりません。あなたが他人に隠しても構いません……私は、あなたと一緒にいられたらそれでいいんです」

 方既明は自分の顔が火照っていることに気づいた。

 今時の女……幽霊さんは、ストレートすぎないか?

「これが私の最後の願いなんです!」羅秀雅は言った。「この世にまだいたいです。でも、結婚してこの世の人と繋がらないと私の魂はすぐにこの世から消えてしまうんですから」

 羅秀雅は、普段彼女の姿を見るのが怖かったら、隠れることもできると言った。

 もし、方既明がこの世で自分にとって真実の愛を見つけたいなら、彼女も止めたりしない。

 彼女は言った。自分は期限までにビザを取らないと本国へ強制送還される外国人みたいなものなので、とりあえず本国人の配偶者という身分で、ここにとどまっていたいのだと。

「……でも『偽装結婚』みたいなのは、違法じゃないんですか?」羅秀雅のたとえ話を聞いて、方既明は思わずそう考えた。

「冥府からの使者がここにやって来ることはありません!」羅秀雅は少し動揺して言った。「私を助けるだけで、あなたの生活には何の影響もありませんよ」

 そして、あなたが大好きだから――最後に、そう付け加えた。

 話を聞いた方既明は黙ったまま、一言も発さなかった。

「……もし、僕があなたとの結婚を断ったら、あなたはまた他の結婚相手を探しますか?」少し経ってから、黙って聴いていた方既明がそう尋ねた。

 羅秀雅は少し動きが止まり、「……私が誰でもいい女に見えますか?」このとき、羅秀雅が少し寂しそうな表情をした。「もし、あなたが結婚してくれなかったら……私の魂が静かに消えていくしかありませんよ」

 目の前の女性はとても辛そうだった。

 方既明は自分が彼女を捨てる人みたいだと思った。

「もし……そういうお話なら結婚も悪くないかもしれません……」

「それは、結婚してくれるんですね!?」一瞬のうちに、羅秀雅はまた顔がくっつきそうになるくらい近づいた。

「……はい」方既明は少し後ろに下がって、軽くうなずいた。

 偽装結婚だがどうした!……幽霊との偽装結婚だから、人間界の法律を犯しているわけじゃない。

 ましてやこの先どうなるかわからない。もし自分がここで拒絶したら、相手が激怒して、二人が「家柄がお似合い」になって(彼女に殺されて)しまわないか。

 方既明は今の生活が面白い訳ではないと思っているが、まだ死にたくはない。

「よかった……じゃあ、まずはこちらを飲みましょう」羅秀雅は手を伸ばしてテーブルに置いてあるティーカップにその手を振って、あっと言う間にティーカップに水が注がれた。

 その水はどうやら少し濁っていて、近づいて見ると、中には得体のしれない粒が沈殿しているのが見えた。

 方既明は飲みたくなかったが、考え直した。

 目の前の女幽霊が本気で自分を傷つけようとするなら、他の方法もあるに違いない。

 ここで、あれこれ考えていても仕方ない。方既明は思い切ってその液体を飲み干した。

「……なんですか、これは?」その味は形容しがたい。幸い、明らかに変な味はしなかった。

「杯を交わすことになったんです!ダーリンが飲み終わった後、私たちはもう夫婦なんです!」羅秀雅は少しニヤリとした表情で「……燃やした私の髪の灰を入れました」

「……」

 方既明はトイレに行きたい衝動にかられたが、行けなかった。

「こうして、私の魂は大分安定したんですが、あなたに触れることがまだできないんです」羅秀雅はそう言って方既明の方へ手を伸ばした。彼女の繊細な指が方既明の顔に触れようとしたとき、まるで空気のように通り抜けてしまった。

 ぽかんとした顔をする方既明を見ながら彼女はキュートに笑った。「ですから、もう一つの願いを聞いて――ダーリン」

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