第二話 各国史
「さて、小休憩も終わったので、これから各国史をお伝えしていくのですが……実際に見てみませんか?」
ということで今、家の外にいる。
この家ってこんな西洋な見た目してたんだと感じたり、外の世界に恐怖を感じてはいるんだけど、セイの温もりに包まれるとどうでも良くなってしまう。
「飛ぶ前に、1つ欠かせない能力をお教えしますね。『念話』というのですが、人から教わることで身につく『習得技術』です。念話を習得すれば声を発せない状況でも、相手に自身の言葉を伝えることができます。しかし、念話を習得するためには条件があります。それが、『精霊』を視認できるほど、霊力の扱いが身についていることです」
ふむふむ。
魔力ではなく、霊力なるものが扱えていないといけないんだね。
「今、水の精霊を召喚しました。彼の姿、見えますか?」
むむむっと集中して見ると、何か小人のような姿が見えた気がした。
コクリと頷くと、セイは安心したように笑った。
「良かったです。魂が世界に馴染んだようで。……龍族は上位種族なので、精霊が見えるようになるまでは能力を扱ってはいけない決まりになっているんですよ」
水の精霊は私の前まで飛び、両手を広げた。
「精霊と契約を結びましょう。契約方法は精霊に名をつけること。そうすることで、精霊の存在意義が固定され、スイのために生きる精霊となります」
水の精霊は期待に満ちた目でこちらを見ている。
両手を広げているのは、名を頂いたときに取られないようにしているんだそう。契約しても良い合図でもあるんだとか。
しかし名前かぁ。
私は見た目で決める派なので、この子をじっくりと観察する。
色は水色で、髪は結構長い。『彼』とセイは言っていたから男の子だとは思うんだけど。
服は長い布一枚を上手く着ているみたい。あとは頭の上に乗っている、丸い帽子がトレードマークかな?
顔は結構おどおどしている表情で、か弱そうな印象を与えてくる。
『ミズ』『ソラ』…………色だったらソラかなぁ。
『カワ』『ウミ』『リュウスイ』…………リュイ? ウスイ?
あっ、良いの浮かんだかも。
「名が決まりましたら、心のなかで精霊に対して、名を唱えてください」
セイが召喚してくれた精霊。
君の名は『シズ』。雫から生まれた名だよ。
そう目の前の精霊に唱えた瞬間、その精霊から光が放たれた。
眩しさに目を瞑り、光が収まった頃現れた精霊からは、何かの繋がりを感じられずにはいられなかった。
「契約成立、おめでとうございます。これでもう念話を使えるはずですよ」
頭の中で会話したい人を思い浮かべて、その人の目を見ると念話が発動するらしい。
2回目からは思い浮かべるだけで繋がるんだとか。
(これで、出来てるのかな?)
(――えぇ。聞こえてますよ。スイ)
シズとも会話しようと思ったら首を振られてしまった。
どうやら精霊は会話ができないらしい。
「精霊にとって我々龍族は、位の高い種族らしくて。意思疎通はできても、会話をすることは叶わないんですよね」
少し寂しそうに呟くセイ。
「さて、会話ができるようになったので問題です。女神が登場した神話ですが、五大王種族の起源にもなっています。では、五大王種族の種族名は何でしょう」
(龍、シャチ、ハイエルフ、吸血鬼、聖霊)
「正解です。ちゃんと学習しましたね」
昔から暗記は死ぬほどやってきたからね。
「しかし注意点がいくつかあります。まずは種族名には必ず『族』を付けることです。理由はいくつかありますが、一番は、女神に祝福された生命である、という証だからです。ヒトに付いていない理由は祝福を失ったからですし」
真剣な目で言われたため、素直に頷く。
「あとは聖霊族のことについては『聖霊様』と呼ぶようにしてほしいですね。龍族と対等な生霊ではありますが、我々は聖霊様無しでは生きていけませんから」
どうやら魔術を扱うときに必須なのが、聖霊様という存在らしい。
精霊の上にいる存在のようだ。
族と様の使い分けは、種族か個人を指しているかで変わるそう。
(……あれ? でもそういえば、神話のときは族とか様とか付けてたっけ?)
「心苦しいんですが、歴史を話すときは敬称や称号は、外すのが決まりなんです」
なるほど。確かに毎回付けてたらスムーズに進まなくなるもんね。
「余談ですが、五大王種族を羅列するときの順番によって、何を表しているのかがわかるんですよ。龍族が先頭だったら種族の力強さですし、ハイエルフ族が先頭だったら国の興した順ですし、聖霊族が先頭だったら国の層順となります」
はぇ〜。
龍族、シャチ族、ハイエルフ族、吸血鬼族、聖霊族は種族の力強さ順なんだ。聖霊族はその時に棄権したから最後なんだそう。
ハイエルフ族、シャチ族、龍族、聖霊族、吸血鬼族の順番が国を興した順。
聖霊族、龍族、ハイエルフ族、シャチ族、吸血鬼族の順番が国の層順。
(国の層ってなに?)
「見に行きましょうか」
そう言ってセイは翼を広げた。
何もなかった景色に急に翼が現れるものだから、ビックリした。
どうやら邪魔だから魔術で消していたそう。
龍人の状態で空を飛べるので楽です、と言ってセイと私は空の旅に出た。
(先程国の層と言いましたが、正式名称は『世界の層』と言います。歴史の分類上、各国史ではなく世界史に分類されるのですが、まぁ世界史からお教えしましょう)
どうやら各国史はその名の通り、5つの国それぞれの歴史だそうで、その共通の歴史を世界史と分類し呼称するらしい。
世界の層に付くまで、簡単な授業を行ってくれるみたい。
(脳内で何段にも積み重ねたパンケーキを想像してください。厚さはそれぞれ違うものです。……想像できましたか?)
(うん)
(女神が五大王種族を生み出し命を出したあと、女神は世界を作り変えました。1層しかなかった世界を、住む種族ごとに何層にも分けたのです。
先程想像したパンケーキの一番上を、女神が住む『神の世界』としました。2層目は聖霊族が住む『精神の世界』3層目は生命が越えられない壁『時空の歪み』を。
4層目は我々龍族等が住む『空中の世界』5層目はシャチ族等が住む『地上の世界』6層目は吸血鬼族等が住む『地中の世界』7層目は生物が越えられない壁『時空の歪み』を。
8層目は魂が漂う『地下の世界』を女神は作りました。では、その理由はわかりますか?)
(1層しかないと、また命を狙われるから?)
(えぇ。なので計8層に世界を作り変え、何事が起きても寝床を邪魔されないよう時空の歪みを生み出しました。時空の歪みとは、今いるこの世界とは別の時間軸が流れている世界、と捉えていただいて構いません。女神や聖霊族は、我々がいる空中の世界へ来れますが、我々は女神や聖霊族のいる世界へは赴けません。そういう理だと覚えてください。……何か聞きたいことはありますか?)
いっぱいあるよ。
(えっと、まずは、世界史って呼んでたけど、このお話って神話じゃないの?)
神が活躍しているのに世界史になる理由は何なのか。
(気づかれましたか。……この分類は学者の中でも分かれるのですが、五大王種族が生まれたあとの話ですので、世界史に分類しているというわけです。五大王種族は皆、生み出されたときには既に手記を書いていますので、それも影響していると言われていますね)
なるほど?
つまりは記録が残っているから世界史だというわけか。
(ということは、神話は記録が残っていないの?)
(……女神から直接聞いた、としか書かれていませんね)
セイが名言を避けるなんて珍しい。
でも女神と直接話せてる時点で、事実な気がしてくる。
(あと、なんで女神に様をつけないの?)
神なんだから敬称をつけるものじゃない?
(我々五大王種族は女神の子供ですから。……実の子に他人ぽく振る舞われるのは寂しいでしょう?)
そういうものなのかな?
あまりよくわからない。
(さて、着きました。ここが生命の越えられない壁、時空の歪みです)
見た目はただの雲。
積乱雲みたいに分厚い雲。
(触ってみてください)
腕の中から頭まで持ち上げられる。
雲を触る。
…………感触がしない。
冷たいだとか、濡れてるだとか、手からすり抜けていくだとか、そういうものが一切ない。
(なにこれ)
一番近いのは、温度が感じられないガラス板を触っている感じ?
見た目は遮られているっぽいんだけど、その感覚はないみたいな。
なんか、怖くなってきた……。
(この仕組みは生霊じゃないと理解できないそうです)
なるほど。
理解できなくていいかも。
時空の歪みを見るのもこれが最初で最後だろうし。
(さて、ここから下を見ると我々の住んでいる国、龍皇国が見えます)
セイの案内に導かれるように下を見ると、色鮮やかな世界が広がって見えた。
その中でも地面が近く感じられる場所が、龍皇国なんだそう。
(これから各国史をお教えするのですが、まずは定義から教えますね。各国史とは国が公的に認めた歴史のことで、五大王種族の国のみを扱います。なのでハイエルフの森に見られる属国などはこの歴史には含まれず、その国の名が付いた、別の歴史として習うことになります)
なるほど。
つまりは、時代の流れ順に習うなら神話→世界史&各国史→その他の国の歴史、になるのかな?
(ちなみに龍国史は各国史とは違う歴史の分類でして、各国史で習ったあとに細かいことを知りたくなったら、龍国史を習うという感じです)
五大王種族の国の歴史を大まかに集めたのが、各国史とも言えるのか。
(まずは龍皇国から教えましょう。特徴は何と言っても空中に浮かんでいる島が、国の土地ということです。大きい島と小さな島が2つの計3つの島が見えますでしょうか? あれが龍皇国の全体です。
住んでいる種族は4種族。上位種族の龍族と、中位種族の鳥族、恐竜族、蛇族です。
龍族の主な特徴は、ドラゴンと龍人の2つの姿を持っていて、角や翼を自由に消すことが可能です。女神が定めた寿命は2000年。200歳を成人としており、1000歳までは若輩者と見られ、婚約することも結婚することもできません。そして、龍族のみに効力を発揮する、『龍の掟』があります。何より国を治める皇族がいる種族です)
(皇族って?)
日本にある天皇制度と同じ感じ?
(女神に直接生み出された者を始祖と敬うのですが、その始祖から続く由緒ある家系のことです。代々龍皇国を統治し、その血筋を途絶えさせることなく繁栄させてきた、まさに女神の子の家系です)
(偽ろうと思ったら偽れるんじゃないの?)
私こそが女神の子の末裔である!みたいな感じに。
(いいえ。それはできません)
しっかりと首を横に振られてしまった。
(女神の力を偽ることはできません。……女神の子の家系には必ず力が付いてきます。その力とは魂を見る力。…………人の感情や魂の状態が見えてしまうのです)
言いづらそうに言うセイ。
なぜか、こっちまで緊張してくる。
(魂の見え方は色や明暗、形など様々ですが、魂が見えるということは嘘がわかるということ。故に、嘘に騙された瞬間にその人物は、女神の子の家系ではないとなるわけです)
(……セイ?)
だんだん、セイの纏う雰囲気が変わってきてる気がするんだけど。
(龍皇国の皇族は今現在4名居ます。…………国のトップとして統治する皇王カイ。その妻の皇妃リン。2人の息子の皇太子セイ。皇王の弟の皇弟。の4人です。…………騙していて申し訳ありませんでした)
……………………え?
いや、セイが真摯に謝ってるのは、姿とか目を見ればわかるんだけども、騙されてたっけ?
黙っていられはしたけども。……それに皇族かぁ。
なんか実感わかないや。
あのセイが?
私が泣いてしまったときに、オロオロしてたセイが? って。
(……私は騙されてないよ。確かに言われてなかったけども、黙っていた理由はわかるし、急に言われてもこっちも困っちゃうだろうから。……あれ? 私、皇族にタメ口使っちゃって不敬じゃない?)
(ふっ……)
いやあの、笑い堪えてないで、教えてください。
私、断罪とかされないですよね?
(大丈夫ですよ。……スイは我々皇族と同じ位に居ますから)
(……はい?)
「魔法の鏡を今ここに作りました。覗いてください」
何故か念話から普通の会話に戻ったし。
「スイの左目、綺麗な緑色に輝いていますよね? そして目の下にハート型の模様がある」
(うん)
「この色は女神の色と呼ばれていて、女神の愛し子の特徴でもあります」
(女神の愛し子?)
「はい。女神が気に入った異世界産の魂に、印を付けられた者を『女神の愛し子』と呼びまして。魂が清純な者が選ばれるらしいです」
(ん? 異世界産?)
それに清純って……。
私、そんな清らかじゃないと思うけど。
「はい。女神の愛し子は皆、この世界で生まれた魂ではありません。なので、愛し子が前世の記憶を持っているのも、常識が違うのも、前提知識があるのも、皆知っているので不安に過ごさなくても大丈夫ですよ」
……そっか。
そうだったんだ。
だから初めての夕飯のとき、何も要求しないって言ってくれたんだ。
異世界から来たことを知っていて、心を読めるから。
(どうして女神の愛し子が、皇族と同じ地位なの?)
「正確に言えば、皇王と同じ位ですね。その理由は――」
「――セイ。私が話したい」
「これは……白の聖霊様。ご無沙汰しております」
知らない声に振り向けば、時空の歪みから出てきた生霊?がいた。
その姿は、白く長い髪に、丸まっている角。服装はYシャツ? スカート履いてるから女性、かな?
「はじめまして、スイ。……私の子」
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