自分勝手な冒険者①

「さてと、じゃあ見せてもらおうかな。『ギルド身分証』」


 白いローブを纏った『魔術師』に従う。


「狩りをこれからやるとはいえ、スキルの能力によっては割り振りが変わっちゃうからねぇ……は?」


 俺ら3人分の名前、種族、年齢、保持しているスキルが書かれた紙を見た魔術師は、にこにこした雰囲気をガラリと変えた。


「こんなスキルしか無いくせに、街から出たわけ?」


 心底俺らを軽蔑し、呆れ果てたように言う魔術師。


「ねぇ、ちょっと来てー。こいつら頭おかしいって」


 魔術師とペアを組み、旅をしているという『剣師』。

 非常に無口でこの森に来るまで挨拶しか交わさなかった男だ。


 ギルド身分証を一瞥した剣師は俺らを睨みつけ、3人組のリーダーと名乗った俺の首に剣を突きつけた。


「死にたいなら言え。殺してやる」


 その言葉で実感した。

 俺らは今、目の前の剣師に殺気を向けられていて、命の危機にあると。


 いくらこの世界がゲームの世界とはいえ、今まで感じたことのない恐怖に身体が震える。


「うーん? どうやら死にたいわけじゃないみたい。身体震えてるし」


「どのみちこのまま行けば死ぬぞ」


「……ていうかさ、このスキルを見た感じ、君たち『異界の魂』でしょ。この世界とは別の世界からやってきた、厄介な存在」


 ゲームの世界にやってきているから、当たっていると言えるのだろうか。


「厄介な、存在、とは……?」


 未だに殺気を込められていて、口から出る言葉に震えが伝染る。


「え、すごーい。こんなにも殺気込められてるのに、よく喋れるね。見込みあるんじゃない?」


「罪を認めればな」


「つみ……とは……?」


「あははっ、殺気強めすぎて気絶しそうだよ。抑えて〜」


 なぜギルドに言われた通りにしただけなのに、こんな事になったのか……。





「おぉ……! これがゲームの世界だって? リアルと遜色ない……」


 手をグッパしながら独り呟く。

 ここは今話題の『神の理想郷』の中だ。

 俺は1ヶ月頑張って働いて、貯めてた貯金と合わせてやっとこのゲーム機を買えた。

 ソフトがゲーム機に付属されていて助かった。でないとあともう1ヶ月我慢する羽目になったからな。


 発売日から1ヶ月が経ち、秘密に包まれていた世界の情報が解禁された。

 なんでもゲーム内に独自のSNSがあり、この世界の情報はそちらでしか話しちゃいけない規約らしい。

 だからこそ、解禁されるまで分からなかったこの世界のこと。すべて頭に入れてきた。


「本当に成人なんだな……」


 最初の案内にあるスキップ機能を使うと、成人から始められるという情報。

 転生したい種族を思い浮かべれば、ランダムでの転生は阻止されるという情報。

 公式から出ているとはいえ、賭けだったがやって正解だったな。


「っと、そろそろ皆も来るかな?」


 ゲーム内SNSを使って、俺らだけが知っている共通のネームを出して、仲間を探し出した。

 集合場所も目印となる建物を書き込んどいたから大丈夫だろう。

 皆、俺と一緒に始めると言って、待っててくれた優しいやつらだ。


「おまたせ」


 知らぬ声に振り返れば、知らぬ顔のエルフ。

 けれどもその挨拶と腕の振り方は、俺が知っている仲間だった。


「星か?」


「うん。やっぱ太陽だった」


 やつは星。

 頭の回転が早い男だ。


「待ってる姿勢が見慣れたものだったから、分かりやすかったよ」


「そうか?」


 幼馴染のこいつが言うんだったら、もう癖みたいなものなんだろう。


「あ、月ちゃんじゃない? あれ」


 彗星の向いている方を見てみれば、目を瞑りながら走るという独特な行動をしているエルフがいた。


「確かにあれは月だ」


 月は昔から運動神経が悪くて、どっちかにしか集中できないという悩みがあった。

 目を瞑って上手に走るか、目を開いて転けそうになりながら走るかの究極の2択。

 今回は上手に走る方を選んだみたいだ。


「ごめーん。遅くなった」


「大丈夫だよ。俺も今着いたところだし」


「……話し方でしか見分けがつかないなぁ」


 耳が尖ったエルフが3人。

 若干濃淡が違う緑色の髪と瞳で、兄弟と言われても何ら不思議ではない姿かたちだった。


「揃ったし行くか!」


「どこに?」


「まずは定番のギルドから」




「こんなものかな」


 『ギルド』と呼ばれる場所で情報収集をし、話し合いのため『会議の間』を借りた。

 ギルドが無料で貸し出している、冒険のための作戦部屋みたいなものだ。


「SNSの情報も集めたけど、やっぱ子供時代から始めてるやつが多かったせいか情報は少なかった」


「じゃあ星、よろしくー」


 俺ら3人の役割分担は決まっていて、星が情報を整理し伝える役。月が嘘と本当を見抜く役。俺は3人のリーダーとして決定権を持っている指揮役。


「じゃあまずはこの国について。国の名は『エルフ王国』。少し北に行くと『エルフ帝国』がある。王国は比較的緩やかな規律で、罰則も緩い。逆に帝国は規則が厳しくて、罰則も重いみたい」


 ギルドで無料で配られていた地図を見る。

 確かに神奈川県みたいな形の王国の少し上に、埼玉県みたいな形をした帝国がある。


「王国と帝国は国境が繋がっていなくて、その理由がこの間にある森。通称『国境の森』」


「ここが依頼にあった場所か」


「うん。ギルドに登録してない人でも、浅いところだったら行っていいみたい」


「僕らはするでしょ?」


「あぁ。そのために成人を選んだしな」


「それで、ギルドの規定にある通り、初回の冒険はギルドに所属している先輩を連れて行かなきゃいけないんだ」


「ノウハウ教えてもらおうよ」


「そうだな」




「へぇ、僕らにするんだ。見る目あるね」


「はい。俺ら3人で決めました」


「ふぅん? 僕は『魔術師』だよ。よろしく。……こっちは『剣師』」


「……よろしく」


「じゃあ早速出発してもいいですか? こっちの準備は終わってるんで」


「別にいいよ。行こっか」




「へぇ〜、君ら幼馴染なんだ」


「はい。家が近くて」


 『国境の森』まで『魔術師』さんと歩きながら喋る。

 というのも、星も月も王国を出てからだんまりだったからだ。




 そして目的地周辺に着いたと思ったら、冒頭の悲劇が始まったわけだった。


「せっかくだし君たちに教えてあげるよ。この世界の魂について」


 剣師が殺気を弱めてくれたおかげで、少し楽に話を聞くことが出来る。


「この世界の生き物は魂が無いと成長できない。魂が無くても、完全に離乳食に移行できるくらいまでは成長するんだけどね。エルフで言う2歳くらいまでは。……ただ、そこからは魂が肉体に入らない限り成長することはない。寝続けるんだ。……ここまで言ったら分かる? 君たちは成人の肉体に入ったんだから、本来の魂がいるはずだよね?」


 衝撃だった。

 この人が嘘をついている可能性もあったが、月がこの話を聞いて青ざめている。

 ということは本当なのだろう。


「『異界の魂』はね、僕らこの世界の魂より圧倒的な力を持っている。その力に負けて肉体は他所の魂に取られて、追い出されることになる。ねぇ、追い出された魂はどうなると思う?」


 ドサッと音がした方を見れば、星が青白い顔で倒れていた。


「あらら。気絶しちゃったかな? ほら、君も頭が痛くなってきたでしょ? 本来の魂が肉体を返せと攻撃しているんだよ。そこの彼は耐えきれなかったみたいだけど」


 ものすごい痛みに思わず倒れそうになる。

 熱を出したときのような、それ以上の痛みとともに、誰かの記憶が流れ込んでくる。

 たぶん、この肉体と魂の記憶。


「大丈夫。気絶したら強制的に魂を追い出す術をするだけ。本来の、正常な転生ルートに戻るだけだよ」


 俺らがした、スキップ機能を使った成人からの転生は、この世界の住民から見れば邪道だと魔術師は言っている。

 確かに、他人の人生を勝手に乗っ取って、あまつさえ死ぬかもしれない冒険をしようとしていたんだ。

 ある意味殺人者だな。

 ……たとえゲームの世界だろうと。


「もういいだろう。……来い。自ら望めば女神は慈悲をくれる」


 剣師がそう言い、ずっと感じていた殺気は無くなった。

 ただ頭は痛いまま。




「ここで祈れ。そして子供時代からやり直すんだな」


 倒れてしまった星と、動けなくなった月を2人がおんぶして運んでくれた。

 ここは神殿と呼ぶに相応しいほどの荘厳を携えている。

 魔術師が不思議なゲートを開いて辿り着いた場所だ。


「あの、ありがとうございました。……知らなかったとはいえ申し訳なかったと、この肉体の魂に伝えといてください」


「あぁ」


 祈りの仕方なんて分からなかったけれど、とりあえず両手を合わせて握り込んだ。

 すると、ゲームを始める前に見た、懐かしい緑色の文字とウィンドウが浮かび上がった。


〈貴方の祈りを聞き届けました。転生の準備に入ります〉


 すぅっと頭の痛みが無くなり、景色が白くなっていく。

 何の代償もなしに、成人からのスタートなんて都合の良い夢だったんだな。

 そう思っていると……。


「お前は『海の国』のほうが似合っている。『護衛官』でも目指してみるんだな」


 剣師の声が聞こえた気がした。

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