死闘

「パトリシア様!」

 途中でレッグス率いる第三部隊と合流した。彼らはこの先の広間で繰り広げられる激戦から距離を取って私を探していたらしい。

「待って!待ってよパトリシア!」

「聖女⁈」

「彼女はいいからカムパネルラのところに案内して!」

「承知いたしました!」

 箱入りの彼女は、私に簡単に追いつけるほどの体力は無いらしい。おかげで、私は足を止める事なくカムパネルラの所に行ける。

 それに、彼女が私を見殺しにするはずはないから、このまま彼女を連れていけば、彼女の力を利用できるかもしれない。我ながら聖女様の力を利用して酷いと思うけれど、今はなりふり構っていられないのだ。

「パトリシア様、この先です!」

「……!カムパネルラ‼︎」

 私が広間に着いた時、広間は言われなければわからないほど荒れていた。天井は落ち、辺りには瓦礫や破片が散らばっていて足場が悪い。

 カムパネルラ達は魔物化が悪化しているわけではないようだが、思うように動けていないように見える。魔素の影響だろうか。

「リーサ……っ!リーサ危ない‼︎」

「へ?きゃあ⁈」

 突然魔物が私の前に立ち塞がり、瓦礫を構えて振り下ろす。レッグスさんたち第三部隊のみんなが何とか守ってくれるけれど、完全な魔物と化した彼の力が強く、誰も太刀打ちできないでいた。

「……もしかして、ガリオンさんですか?」

 私の声に、魔物はぴくりと耳を動かした。間違いない。この怪力と大きな腕はガリオンさんだ。食堂であった頃より魔物化が進んでいるのか、その姿はまるで人の腕が生えたムカデのようで、一瞬誰かわからなかった。

『キサマが聖女ラケールの求める娘か‼︎』

 広間に響き渡る声につい視線を奪われる。

 そこにいたのは人の姿どころかこの世の生き物ですらない怪物だった。肌は常に融解と再生を繰り返し、巨大な脳が剥き出しになっている。顔がどこにあるのかよくわからないが、口は瞳孔の中心にあり、あまりの恐ろしさに目を背けたくなるほどの姿だった。

『やれ、ガリオン‼︎その小娘さえ居なくなれば私の計画は後少しで終わる‼︎』

「やめてガリオンさん‼︎」

「やめろガリオン‼︎」

 私をその目に捉えるガリオンさんは、瓦礫の中で棒状の鋭い岩を持つと、振り上げる。

「う、うぐ、キアアアアアアアアアアアア‼︎」

 それは雄叫びか悲鳴か、辺りに響き渡った声に皆んなが顔を顰め塞げるものは耳を塞いだ。そして、彼は振り上げた手を振り下ろし、手に持った瓦礫の先を自分の胸に刺した。私の上に彼の血が降り注ぐ。茫然とする私をレッグスさんが抱き上げて倒れて来るガリオンさんの下敷きにならないようにとその場を離れた。

「や、……ぃや……うぅ、いやああああああああああああ‼︎」

 何これ、何でこんなに胸が痛いの?何で私……。

 両手にベッタリとついた自分のものではない血液に心臓がバクバクと音を立てて視界を塞ごうとする。けれども気絶するほど私の心は弱くなかった。苦しさに喘ぎながらも今起きたことを処理しようといつも以上に脳が働いている。

「パトリシア‼︎」

 聖女様が駆け寄ってきた。私を抱きしめてくれるけど、その感触が伝わらない。ただ、悲しくて苦しくて、こんなはずじゃなかったと、私はただ泣くことしかできなかった。



 私が涙を流し、使い物にならなくなっている頃、魔王のそばにオラクルさんが立つ。そして、その刃を魔王に向けて突き出した。

『そんな攻撃が通ると思ったか!』

「くっ」

 当然魔王は軽々と避け、その先でカムパネルラが剣を握り待ち構えていたが、その攻撃さえも避けて見せた。

『ふははははは!俺は魔王だ‼︎お前達の親である俺に、お前達の考えなんぞ筒抜けなのだよ‼︎』

「くそおおおおおおおお‼︎」

 オラクルさんは斬撃を繰り出すも、そのどれもが虚しくもあと一歩届かない。

 カムパネルラは一歩引いたところから両者の動きを観察し、隙をついて間合いに飛び込むも、その全てがお見通しとでも言うよにアルカナはギリギリで避ける。

「ぐぅあ‼︎」

 オラクルさんの悲鳴が響きわたる。その姿は再び魔物へと変化していた。

 私はその声に隣についていてくれるラケール様を見る。彼女は私のために力を集中させているのか、魔素の浄化の範囲を一時的に縮小しているらしい。アルカナから放出される魔素の濃さを物語るように、徐々に広間で戦う皆んなの魔物化が進んでいくが、その中でただ一人、悪化しない人がいた。

『ぐっ、貴様……なぜ魔物化しない‼︎地面を這い回るしかない卑しい魔物の姿へと成り果てるがいい‼︎』

「ああっぐ……ゔー、ゔー……」

「う、ぐ……ぱと、ぱとりしあ、さま……俺は……もう」

「レッグス‼︎」

 魔素の濃度が上がっているのか、聖女様の浄化の中にいたはずのレッグス達にも影響が出始める。けれど、その中でもカムパネルラの姿は変わらなかった。それどころか、今では腕も二本になり、完全な人間の姿に戻っていた。

「私はリーサから学んだよ。人を悪く言っても結局己が変わらないければこの世を変えることなどできないと。魔物化とは恐ろしいな、アルカナよ。どうしても自分を憐れみ他者を傷つけ無いと自我を保てなくなっていく」

 カムパネルラの声はここまでは届かない。けれど、きっと彼の言葉はアルカナに響いている。その証拠に、アルカナは融解していた身体がボロボロと固体のまま崩れ落ち、再生するたびにその姿は崩れにくくなって行く。

「けれど、それが正しいのか?だとしたら、それを続けた私やお前はなぜ醜い姿へと変貌していき、内省を繰り返し他者を思いやり続けたパトリシアは美しいままそこにある?……それが答えだアルカナ」

 カムパネルラのまっすぐな視線を受けてアルカナは何かを思い出すように一瞬動きを止める。

『うるさいうるさいうるさい‼︎お前が、お前がいなければ俺は、俺のポラリスは……』

「ゔっ」

『ここまでだ、弱き王よ。お前など人の上に立つべきではなかったんだ……』

 アルカナの放った紫色の靄は細かいつぶてのようで放射状に飛散し、カムパネルラを含め周囲の魔物達に被弾して行く。私はレッグスの硬い皮膚が弾いてくれたお陰で大事には至らなかったが、まともに受けたカムパネルラは膝をついて、赤黒い血を吐き出した。

「カムパネルラ‼︎」

 ドロリと落ちた塊に私は目の前が真っ暗になった。

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