決戦の時
「話を続けても?」
「は、はい!」
申し訳なさそうに咳払いするオラクルさんに、頬が熱くなる。そうだ、私人前で泣くなんて。カムパネルラは私の頭を撫でると席に戻って話を再開した。
「私達は、魔王を……宰相アルカナを討伐しようと思う」
「え、でも……」
オラクルさんにとっては親なのに。心配になってオラクルさんに視線を向ければ、彼は思っていたよりも穏やかな顔をしていた。
「心配してくださりありがとうございます。ですが、あの日魔物化した時点で私の父は死にました。あれは討伐対象です。それが、父のために私がすべきことなのです」
覚悟はとうにできていた。そうオラクルさんの目が訴えかける。その強い眼差しに、私はこれ以上の同情は野暮だとオラクルさんの気持ちを尊重することにした。
「それでは皆を呼んできます」
オラクルさんは立ち上がって、隣の部屋にいた皆んなを呼びに行った。突然二人きりになって気まずくなる。先ほど泣いてしまったから余計に落ち着かない。
「リーサ」
「は、はい!」
「ふふっ、良い返事だね。……実はもう一つ君に話したい事があるんだ。それはこの戦いが終わった後聞いて欲しい」
「……ダメ!」
思うより先に出た言葉に、私もカムパネルラも戸惑う。それでも、本能的に良くない事が起きる気がして言ってしまった。
「ごめんなさい、違うの。聞きたいけど、なんだか怖くて……その言葉を聞くと、なんだか、二度とカムパネルラと会えないみたいで怖いの」
記憶の奥底に、まだ取り戻す事を恐れている何かがある——そう思えてならない。
カムパネルラ、銀河鉄道の夜、親友、二人で出かけた、優しい彼は、目が覚めると目の前から消えていた。
ああ、私はジョバンニ?いいえ違うわ。私は。彼は。
「リーサ!」
……また、トリップしてしまったらしい。次々とまるで古いフィルム映画を見ているみたいに変わる場面の向こうに私は何かを置いてきてしまったようだ。
「ごめんなさい、大丈夫。大丈夫。……絶対に教えてね」
「……うん」
自分に言い聞かせるように大丈夫と言った私を見て、カムパネルラも言い聞かせるように頷いた。
「隊長達を連れてきました」
ちょうどその時ドアが開いて魔物化した人々が入ってきた。私はそっと壁際に立って、会議の成り行きを見守る。
「それでは、これより魔王アルカナ・ハイランドの討伐に対する作戦会議を始める。指揮はこの私、セルヒオ・ヴァガロッティ・システィーナが執る」
「「「は‼︎」」」
姿を隠している身だから、それほど大きな声ではないけれど、十人もいると、その迫力に圧倒される。
それにしても、カムパネルラの名前を初めて知った。セルヒオ——素敵な名前だ、なんて。この状況で呑気にもそんな事を考えてしまう自分の頬を叩いて会議に集中する。
「その前に、彼女のことを紹介しておこう。パトリシア、こちらへ」
呼ばれて戸惑いつつもカムパネルラの隣に立つ。みんなの視線が一気に向けられて体が強張るのを感じた。カムパネルラはそんな私の肩を抱き「大丈夫」と囁く。すると、嘘みたいに身体から余計な力が抜けた。この人は、いつも私を助けてくれる。
「今回私が立ち上がったのは、ここにいるパトリシアの力によって、魔王の力が弱まっていると気づいたからだ。その証拠に、我々は人の姿を取り戻しつつある」
カムパネルラが言葉を発するたびに、皆んなはその場で小さく頷く。
「今こそこの城を取り返し、愛する者達を奪ったアルカナを討つ時が来た。そのためには、パトリシアの力を借りたいと思う」
「ですが、彼女はか弱き女性です。それを戦場に出すなど……」
爬虫類の面影が残るレッグスさんが私を心配するように見る。確かに、私なんて何の役にも立たないし、それどころか足手纏いになってしまうと思う。カムパネルラはそれを受けて「それはわかっているが……」と言いにくそうに口を開いた。
「私達は人に戻っているとはいえ、未だ親である魔王の洗脳は解けていない。魔王に命令されれば、その通りに動いてしまう可能性もある。それを防ぐためにパトリシアにそばにいてもらわねばならない」
私に、そんな力があるとは思えない。けれど、その可能性をカムパネルラが信じるのなら私は彼のために戦いたい。
「私でお役に立てるのなら、私は戦いたいです」
「わかってるのか⁈お遊びじゃないんだぞ?仮にパトリシアがいれば俺たちが洗脳されないとしても、敵だって馬鹿じゃない。パトリシアを真っ先に潰しに来る可能性だってあるんだ!」
わかっている。きっとその場に立ったらどうしようもなく後悔するだろう事も含めて理解している。けれど、それなら何の罪もない人たちを、虐げられている人たちを放置していい理由になるのだろうか。私はずっと放置されてきた人間だった。その痛みを知ってる私だからこそ、彼らの力になりたいと思うのはまだ命に絶望したくないからだ。
「わかっています。レッグスさん、ありがとうございます。でも私、皆さんのためなら命だって投げ出せます。誰も私の話を聞いてくれなかったのに、みなさんは私が罪人だと知っていてなお認めてくれました。そんなみなさんのためだから、私は戦えるんです。戦わせてください。お願いします」
深く頭を下げる。この国の礼儀ではない。前世で、必死に頼み込む時こうしていた。今まで私がどれだけ頭を下げても何の価値もないというように踏み躙られてきたけど、この人達はきっと受け入れてくれる。
「……わかった。パトリシアは俺たちの隊が守ろう。元より俺たち第二部隊は大公妃殿下を守るための部隊だ」
「わかった。頼むぞレッグス」
その後会議は進み、直接的な攻撃はカムパネルラ率いる第一部隊が行い、別名暗部と呼ばれる第四部隊がそれをサポートする、第二部隊は私を守る事に専念して、第三部隊は第一部隊や第二部隊の状況を見て動くと決まった。
オラクルさんは、第一部隊で動くらしい。これは、オラクルさんたっての希望だった。
「今、アルカナは客人と共に応接間にいるとの情報が入った。応接間はここにある。アルカナの部屋へは一度この広間を通る必要があるためここで奇襲をかける。第三部隊は状況に応じて客人の警護も頼むぞ」
「はい」
第三部隊の隊長は、食堂で私を揶揄った人だった。目が合うとばつが悪そうに視線を逸らされる。責めるつもりなんてないのに。なんだか気まずい。
「それでは、各自部隊に通達を頼む。それが済み次第、計画を実行に移す。行け」
「「「は!」」」
「あの、彼らは?」
残った二人を見てカムパネルラに声をかける。
「ああ、彼らは第五部隊だ。彼らには別で頼みたい事があるから、残ってもらったんだ」
カムパネルラがそう言うと、オラクルさんに促され私も退室する。私に聞かれたくない話なのだろうか。手持ち無沙汰な私は壁に背を預けて、皆んなを見る。
確かに、徐々に人に近づいている。もしそれが私の力なら嬉しい。私にも生きていた意味があったのだ。
「あの」
突然声をかけられて視線を上げれば、そこには第三部隊の隊長さんがいた。
「私は第三部隊隊長のガリオン・ハーパーと申します。魔物化が進んでいたとはいえ、貴殿への非礼をお詫びしたく参りました」
膝をついて、頭を下げる。それは少なくとも私の国では最大級に敬意を示す行動。だから私も敬意を持って返そう。
「……その謝罪を受け入れます。貴方はカムパネルラ……いえ、セルヒオ様が隊長の任を与えるほど信頼された方です。その名に恥じぬ働きをして下さい」
「は!命に換えても果たして見せます!」
「お願いします」
別に、あんなの気にして無かったけれど、きっとそれを言ったところでこの人は納得しないから。だから、どうか胸の支えをとって、今回の作戦に専念して欲しい。
「それでは作戦を決行する。各部隊所定の位置に向かうように!」
カムパネルラの言葉を受け、部隊ごとに出ていく。
「それではパトリシア様、こちらへ」
私も、レッグスの案内の元魔王の元へ向かった。
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