おん?やるか?

 階段を上がった先で数体の魔物が待ち構えていた。一瞬身構えたけれど、彼らから敵意は感じ取れない。その道のプロではないけれど、女に生まれるとそう言う危機察知能力は自然と身につくのだ。

「あの、さ……」

 口を開いたのは黒くて長い髪をした馬のような魔物。他の魔物よりも私と目を合わせようとしていたり、優しそうな声色をしているところを見るに、きっと人望でもって中心的な存在なのだろう。

「はい、なんでしょうか?」

「悪かったな、昨日は」

 お馬さんの言葉を皮切りに、他の魔物達も深く頭を下げた。私の方は何の事かと首を傾げる。

「お、おいおい、昨日の食堂での事だぞ?」

 私の様子に不安そうに一人が言った。

 食堂での事——正直忘れていた。確かに、昨日は食堂で一悶着ありましたね。

「ええ……えっと、忘れてたくらいなので全く気にしてませんよ」

 けれども納得いかないのか、お馬さんの隣にいた足が四本生えた人が「ちょっと待ってくれ」と声を掛けてきた。

「君、昨日の事なのに覚えてないんか?」

「……そうですね、言われてみればって感じで」

「あんな事があったら普通は忘れたりなんてしない。君は、日常的にああいった扱いを受けているのか?」

「日常的に……?いえ、少なくともパトリシアとしてはありません」

「……」

 私の的を得ない返答に訝しむ面々。こう言う大人たちの顔嫌いだったな、なんて前世の私が顔を出す。自然な笑顔を作って「そろそろ仕事始まりますよ」とその場から逃げるように離れた。


「あんた変わってるな」

「きゃっ……レッグスさん!」

 全く気配を感じなかったところから突然話しかけられてつい悲鳴を上げる。そこにいたのはトカゲの魔物レッグスさんだった。昨日は仕事の後わざわざ私を褒めに来てくれて、その流れで彼の名前を知ることとなった。

「俺、あんたを気に入った。こんななりだが腕には覚えがある。何かあったら俺を頼れ」

 出っ張った目を覆うように瞼が閉じる。にっと横に広がった口は力が抜けるようで可愛い。……流石に抱き着いたら怒られるだろうなと拳を握れば、レッグスさんは私の動向を窺うように目をぱっと開きながらもこてんと首を傾げた。

「だから可愛いかよッ……」

「ん?かわいい?」

 レッグスさんは眉間に皴を寄せて私を見る。すべてが余りにも可愛くて、私はその場に崩れ落ちた。

「おい、大丈夫か?やっぱり腹、壊したか?」

 慌てるレッグスさんに「大丈夫です。供給過多なだけです」と応えて、私は這うように午前の仕事場に向かった。


「これ、運ぶの手伝うよ」

「女にはキツイ作業だろ?」

「代わりにこれを運んでくれ」


 今日一日中こんな調子だった。何か大変そうな仕事があると、今朝謝ってきた面々はどこからか現れてやってくれる。そんなこと、頼んでないのに。

 純粋な善意なら私も気持ちよく受け取れるけど、罪悪感を滲ませた顔を見ると反吐が出る。


「あの、私大丈夫ですよ。このくらい大したことありませんから」

 私から荷物を奪うように受け取った魔物の背中に言ってやれば離れたところから声が飛んできた。

「おお、おお!嫌な女だなぁ!せっかく助けてくれた相手にそうやってよぉ!」

 そこにいたのは昨日私の足を引っ掛けて、私の顔をお皿に叩きつけた魔物。流石にコイツへの怒りはそう簡単には消えない。

「おいやめろよガリオン……」

 すかさずお馬さんがガリオンと呼ばれた魔物の腕を掴んで無理矢理に連れて行った。

「ま、勘弁してやってくれ。あいつは特にひどいんだ」

「根が真面目だからな」

「?」

 後ろから現れた魔物達にそう言われたけれど意味がわからず私は首を傾げる。

 ジリリリリリリリリリリリ

 ちょうどその時けたたましい音を立てて昼を告げるベルが鳴った。人の波に乗るように私も食堂に向かう。後ろで言い争う二体の魔物の声はすぐに掻き消された。


「遅い!」

 仕事を終えて部屋に戻るとカムパネルラはそう言って奇声を上げた。毎度毎度この甲高い音は何とかならないのだろうか。どうにも嫌な記憶を刺激するみたいで今まで感じたことのないような怒りに支配されそうになる。

「あ、今嫌そうな顔しただろ!」

 ピンとたった触角に思わず顔を顰める。

「そりゃあ疲れて帰ってきて怒られたら誰だってムッとしますよ。……今日はもう寝ます」

 付き合っていられないと呉座に寝転がればその後ろでカサカサとカムパネルラが這う音が聞こえる。

「ま、待ってよ!ようやく帰ってきたのに……」

 寂しそうな声で呟かれるとどうにも絆されてしまう自分の単純さに呆れつつも寝返りを打って彼を見る。私と目が合ったのがそんなに嬉しいのかはしゃぐ彼は悍ましい姿だけれどどこか可愛く思えた。


 せめてこんな姿じゃなければなあ……なんて。

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