特効薬

 ここへ来てから二十回目の朝を迎えた時、とうとう私の中で彼と言う存在が限界に達してしまった。


「ごめんなさい、私本当に虫だけはダメなんです」

 日を追うごとに距離がどんどん近くなるカムパネルラに私は深々と頭を下げた。カムパネルラは「どうしたの急に?」なんてはじめは茶化していたけれど、私があまりにも落ち着いたトーンで言葉を繰り返すものだから、しまいには「キュピィ」と鳴いて部屋の中央に落ち着いた。

 あまりにも聞き分けがないものだから途中から機械的に答えてしまった。それにしても言い方があるだろと落ち込むカムパネルラを見て後悔する。この後悔、ここに来てから二度目だ。繰り返してしまった。

「あの、」

 声を掛けてみる。けれどカムパネルラは反応を示さなかった。いつもならカサカサと音を立てて近づいてくる彼が、今は微動だにしない。これはいよいよやり過ぎたとわかり私は意を決して彼に近づいた。

「来ないでよ、気持ち悪いんでしょ」

「それは、そうだけど……」

 自分が放った言葉のナイフでなぜか今自分が傷ついてしまっている。それは多分伝え方を間違えたせいだ。伝えたい気持ちがあるのに、それを適切に伝えるための言葉が浮かばなくて、私の口は「あの、だから」とばかりで身がない。そうしていると今日も仕事の時間がやって来て私たちの会話は強制的に中断された。


 今日は、初めて荷物運びの仕事に回された。お昼を食べているとトカゲみたいな顔をしたレッグスさんに呼び止められ、今日から暫く荷物運びの仕事を任せたいと言われたのだ。なんでも、怪我をして人手が減ったために仕事が遅れてしまいそうなのだとか。基本的に手先が器用な種族は非力なため、少しでもマシな私に白羽の矢が立ったのだという。

「わかりました、その方にはお大事にとお伝えください」

 元より拒否権などない。与えられた仕事をこなすだけだ。それに、体を動かした方が頭もよく働くかもしれない。カムパネルラとキチンと話さなきゃ。


 ◆◆◆


 荷物運びの仕事をすると、どうやら水浴びの許可が出るらしい。私はここへ来て初めての水浴びについついはしゃいでしまい、いつもより帰るのが遅れてしまった。

「じゃあまた明日から頑張れよ」

「はい、ありがとうございました」

 今日もオラクルさんを見届けてから部屋に入ろうと踵を返すと、いつの間にかそこにはカムパネルラがいた。

「え、え?」

「僕の事が嫌いになったのか?」

 しおらしい声に、罪悪感が刺激される。最近はずっと私にのしかかるようにして話しかけていた彼も、今は決して触れてこない。

「僕に直せるところがあるのなら直してみせる、だから僕から離れていかないでくれ……」

「あ、あの違います」

 何か言わなければと口を開く。本当は言いたいことなんてまとまっていないのに、気持ちだけで言葉はリンゴの皮を剥くようにするすると出てきた。

「カムパネルラが直す必要なんてなくて、貴方の見た目に対する私の意見は一個人の見解でしかないから……だから、つまり、私が言いたいのは、貴方は何も悪く無い……私の問題だ、と言うことです」

 言葉にして見て腑に落ちた。自分の醜さに口を閉ざす。そう、カムパネルラは優しくて純粋で、私のことを好意的に見てくれた。それなのに私はいつまでも彼から目を逸らし続けて、八つ当たりで彼を傷つけた——私は、なんて恥ずかしい人間なんだろう。

 私はこれまで、聖女様にした数々の嫌がらせは全て言う事を聞かない体のせいだと思っていた。けれどこうしてみると私にはそれをするだけの素養が元々備わっていたらしい。

 いつの間にか落ち込む私と向かい合うようにカムパネルラが座っていた。

「じゃあさ、その目を潰そうか?」

 ——え?

 突然の提案は今まで聞いたこともないような熱の無い声でゾッとする。残酷さと狂気を孕んだ声は間違いなく魔物のそれだった。

「ま、待って、待って。何でそうなるの?それはダメだよ」

「だって、見えなければいいんでしょ?リーサが嫌なのは僕の見た目だけなんでしょ?それなら何も見えなければ問題ないじゃないか」

 ——ああ、やっぱり魔物は魔物だった。残酷で純粋で——ああ、これが罰なんだな。

 受け入れて目を閉じると、カムパネルラは足を上げる。そして、私の目ではなく、右腕の骨を折った。

「いっづ……」

 痛い痛い痛い痛い。でも、耐えられる。耐えられた。カムパネルラがどうしてこんなことしたのかわからないけど、私はカムパネルラを責める気にはならなかった。


 ◆◆◆


 ————時を同じくして、魔王城に訪問者が現れた。白い衣装に身を包み、栗色のボブカットの髪を揺らすその人はとても綺麗な少女だった。

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