いざゆかん魔王城!
国外追放を言い渡されたその日、王様は私に魔王が引き取ってくれると言った。
——魔王といえば、先日聖女様の熱心な説得に応じて、罪の無い人間には手を出さないと条約を制定した事で話題になった。つまり、完全に聖女サイドの存在というわけだ。
ただでさえ残忍な魔族が、大切に思う聖女様を傷つけた人間を他の人間と同じように扱うだろうか?まず無いと思う。そもそも人間相手に優しくしないだろうし、ともなれば私など絶対にぎったんぎったんのぎっちょんぎちょんにして、わああああってなるに決まっている。……細かく書いてしまうと色々引っかかるので想像にお任せしたい。
出来ることなら誰も近寄らない雪山とかで野垂れ死にたかった。
そんなことを考えながら指定された場所に向かうと、空から木製の荷馬車が降りて来る。オープンカーといえば聞こえはいいが、要は屋根も何もない幌馬車よりグレードダウンした馬車のこと。あまりの粗末さに、今後の自分の立場が透けて見えて内心苦笑した。
「お前がパトリシアか?」
「はい」
中から人型魔族が降りて来て、私の名前を呼び確認をする。人型とは言っても、肌は紫色だし、牙も爪も鋭くて、決して人と間違えることは無いけれど、比較的人に近い種であるためそう呼ばれている。
「乗れ」
魔物は背後にある馬車を親指で指すと頭を掻いて私が連れてきた人間がいないか確認する。人望も何も消え失せた私についてくる人間などいやしないのにね。
私の方は促されるままに、持って来た数枚の服——仕事用の服が二着と寝巻き——を詰めた鞄と共に乗り込むと、そのまま荷馬車は上昇を始めた。
上空の空気が冷たいとは聞いていたけれど、これでは魔王城に着く前に凍死するのではないかと思えるほど寒く、薄着しか持ってこられなかった私は眠ろうとした。
「おい!寝たら死ぬぞ!」
その優しさ、今はいらない。
凍死して適当に死体と荷物を捨ててもらう予定は思いがけない優しさによって潰えた。鏡みろ、違うだろ。とは、口が裂けても言えない。相手は口が裂けているけど。
やがて荷馬車は徐々に下降を始めて、雪山の中にポツンと立つ城のテラスに降り立った。改めて木製荷馬車の耐久性に感動する。感動を通り越して恨めしい限りだ。
魔王城は謎の真っ黒な物質でできていると思っていたけれど、石造の壁や木組みの床、金とガラスでできたシャンデリアなど、かなり品の良い城だった。以前聖女様がサロンで話していたように、彼らの技術の進歩は素晴らしいのかもしれない。
建材で富を築いた伯爵家の娘としては非常に興味深い話だったけれど、いつもの悪い癖で最後まで話を聞く事ができなかったから国を追われたとしても生きている間にこの目で見る事ができて良かった。
それにしても、先ほどから長い廊下を歩いているのだがすれ違うのはどれも人型の魔物だった。魔物は自然界に存在するありとあらゆる生き物の形をしていると聞いたけれど、知能という点においてやはり人型でないと仕事にならないのだろうか。……だとしたら他の魔物にも私は会えるんだろうな。
そんな私の予想に応えるように、魔物は私を長い螺旋階段の下へ下へと案内する。何階分降りたのかわからないが、幅の狭い螺旋階段は長すぎると目がまわると言う事を身をもって体験した。できれば二度とこの階段を使いたくはない。少なくとも生きている間は。
降りるにつれて室温が下がり息が白くなっていく。城である事から見ても、おそらくこの先に待っているのは牢屋や奴隷を働かせる装置のある場所だろう。魔族であっても暖房費はケチりたいと言うことか。
……それにしても、この薄い装備でやっていけるのか不安になる。これ以上寒くなれば、明日にでも冷凍パトリシアの出来上がりだ。
◆◆◆
私の不安は杞憂に終わった。下に近づくにつれて徐々に暖かくなり、一番最後の木製のドアを潜る頃には体の震えもすっかりおさまっていた。その代わり、湿度も高く、決して綺麗とはいえないその環境は、別の問題を孕んでいる。ぴちょんぴちょんと一定のリズムで滴る水、何かが腐ったような臭い、寒くは無いのに体の表面は冷えていく感覚。梅雨の時期を思い出す。私絶対にお腹壊してたな——なんて。
人型魔物はそこで人狼に私を引き渡すと、またあの長い階段を上がって行った。体力化け物かと感心する。人間基準で言えば当然化け物なのだが。
「俺の名はオラクル。このフロアのフロア長で、就労グループもお前と同じだ」
「お世話になります」
オラクルと名乗った彼の半歩後ろを歩きつつ頭を下げたが、彼が振り返った素振りはなかった。ぶっきらぼうな言い方からも、彼が私と馴れ合う気がないのは明白。私の方もそれ以上彼に何かを追求することはせず、言われるままついていく。
「この両開き戸の向こうは食堂だ。お前は人間だから黄色の皿を取れ。そして向かいの部屋が就労ホール。上から言われた仕事をグループに分かれて行うための部屋だ。誰かがトチればそいつは鞭打ちが待ってるが、グループだからと言って罰せられることは無い。だが、その分ノルマが増えるから面倒だけは起こすな」
「ノルマが追加されるんですか?」
「いや」
オラクルさんはそう言うと就労ホールが見渡せる窓の前で足を止め、中を見るように私に言った。中では長い蛇のような鞭が暴れ回っている。誰かが何かミスをしたのだろう。打たれている魔物は鞭打ちが終わっても自分では動けないようだった。
「単純に頭数が一人減るって事だ。ノルマはグループ単位で課せられるからな。一人減れば二つで済んだ仕事が三つになる」
オラクルさんは顔色ひとつ変えずそう言うと再び歩き出す。私は暫く傷ついた魔物の姿が頭から離れなかった。
長い廊下の先は“8”の字型のホールになっていた。二本の廊下の間に島が二つあり、それぞれ扉が一つずつある。オラクルさんは奥側の島の扉を開けると私に入るよう促す。そこには下り階段が続いていた。
「お前の部屋はこの先だ」
オラクルさんはそう言うと微かに苦しそうな表情を浮かべた。何か、この先にあるものを恐れるような顔。それに私は首を傾げる。
木製の荷馬車に乗っている間、私を眠らせまいとして人型悪魔さんが魔王城でのルールをいくつか教えてくれたのだが、その中で私は一人部屋だと話していた。人間であること、それから一応女である事を踏まえて聖女様たっての希望で決まったとか。だから感謝しろとか余計な言葉も付けてくれたが、この話が本当ならこの先にオラクルさんが恐れるような何かがあるはずがない。……もしかして、オラクルさんは暗闇が苦手、とか?もし下に灯りがないのなら今のうちにろうそくを数本もらいたいところだ。
「キィイイイアアアアアアアアア‼︎」
「きゃっ⁈なに?」
「くっ……」
その時、階下から何かの絶叫のような甲高い音が木霊して、私は反射的に耳を塞いだ。
前言撤回、間違っていたのは人型魔物さんの方だ。
私は未知のルームメイトの存在に不安を募らせた。
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