幕間:大学生
俺の人生は冴えなかった。
友達は少なく、いたとしても学校外で遊ぶような関係ではなかったし親だって俺の事を一般的な範囲で大事に育ててくれたが可愛くて出来の良い妹と比べれば差はあった。妹も妹でいつまでも冴えない俺をきもいだのなんだのと言って——もちろんそういう時は親も窘めてくれたがいまだに俺と顔を合わせると不愉快だと言わんばかりに視線を逸らす。
なんとなく大学に入って、なんとなく卒業して、なんとなく社会人になって、なんとなく死んでいく。それが俺の一生なのだと思った。
家族は、できないと思っている。生まれてから今日まで人にモテたためしは無いし、当然ノリでも恋人ができたことは無い。それを悲観する人間がいるが俺はそちら側の人間でもない。生まれたこと自体がイレギュラーなのだと思って淡々とそれを受け入れていた。
そんな俺は大学デビューをした。
知り合いのいない県に進学して、親元を離れコンビニでアルバイトを始めた。
大学ではやはり話はしても外では合わないと言う交友関係が続いたが慣れてしまった。可愛い女の子はいても興味がわかなかった。……男にももちろん興味は無い。
今日も退屈な一日の始まりだと夜勤に入った時、俺の人生はようやく動き出した。
「あの、これ……」
そう言ってレジに現れたのは見るからに未成年とわかる少女だった。いかにも気が弱そうな少女は血の通わないような無機質な表情で、日本酒の瓶を持ってきた。
「あー、キミ未成年だよね?親いる?」
少女は無反応だった。いつもならこんなガキすぐに追い出すけれど、彼女は右頬が腫れ上がっていても分かるほどに美しかった。だから俺は彼女に話しかけ続けた。
「あのね、親がいるなら親に買うように言ってくれないとね、店としては売れないんだよ」
聞いているのかいないのか、少女はただじっと黙って立っていた。俺の方も、他に客がいないとはいえ、いい加減どうしようもなくなって、つい強い口調になってしまった。
「あのね、これを君に売ったら俺が捕まっちゃうの。わかる?わかったら――あ、ちょっと君!」
少女は俺の言葉に、突然駆けだした。俺もすぐ追いかけようと思ったけれどダメで、仕方なく瓶を棚に戻した。
「あの子、可愛かったな……」
十五、六歳だろうか。妹とあまり変わらないと思う。
「それに、泣いてた……」
最後に覗き込んだ顔はいっぱいいっぱいで困り果てていた。滲む涙があまりにも少女らしくて、そのギャップに胸の奥底からある感情が湧いてくる。
「あの子、どこに住んでいるんだろ?」
それから俺はあの子の家を突き止めて、あの子の母親に近づき、まんまと家に上がれる立場を手に入れた。あの子は思った通り高校一年生だったらしい。俺が家に上がる頃には高校二年生になっていたけれど、その美しさは相変わらずで、俺は彼女に少しでも振り向いてもらうために必死だった。そしてある日、あの女が帰って来ず二人きりの夜、俺は彼女に手を伸ばした。
早計だった。彼女は俺の元から逃げ出して俺は警察から取り調べを受けた。もちろんあの女は俺の味方だから俺は訴えられることもなくすぐに釈放。実家の親からは怒られたが、それならと俺は縁を切った。それほどまでに俺は彼女が欲しかったのだ。
そうしてようやく俺があの家に戻った時、俺はこの世の不条理に絶望した。
「いるんでしょ?入るよー、いやあ困ったよ急に雨が……は?どういうこと?」
「マサル!あのね、あのね私あの子を……違うの本気で殺すつもりじゃあ……」
「は?」
殺すつもり?じゃあ何、あれは死んでいるの?なんで?この女がやった?そんなのって、そんなのって――――。
「どうせなら、僕がやりたかった」
「え?」
僕は女を突き飛ばし、瓶で何度も殴ってやった。許せなかった。美しい彼女を、この女は葬り去ったのだ。せっかくの美しい顔が重たい瓶で殴られたせいでぐちゃぐちゃで、僕は彼女を抱きしめ子供のように泣きじゃくった。ごめんね、ごめんね、僕が助けてあげたかったのに。僕が君のヒーローになるってそう思っていたのに。ごめんね、ごめんね、————待っててね。
この事件は通報された事を恨んだ僕が母子を殺害したとして処理された。僕はまるで反省など見せずに、悪質とされ死刑となった。それでよかった。待っててねりさちゃん、すぐに行くからね。今度こそ、俺のものに――。
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