二つ頭のお医者さん

「今日は仕事休みなよ」

 カムパネルラが私の折れた右腕をつつきながら言った。痛い。「やめて」と言っても「ふんっ」と拗ねるばかりで止める気はないらしい。

「えいっえいっ」と尚もつつくカムパネルラを見て私は首を横に振る。

「何されても休みません」

「なんでよ!」

 子供みたいにぐずるカムパネルラに「オラクルさんたちに迷惑をかけてしまうから」と断った。誰かが減れば皺寄せが行く。自分が苦しむだけなら構わないけれど自分のせいで誰かが不利益を被る事が怖い。自己犠牲の上に成り立つものなんて何もないと知っているのに。

「いや、今日は休め」

 いつからそこにいたのか鉄格子の向こう側にオラクルさんが立っていた。その顔は険しくて、失望させてしまったのかと思うと心拍が上昇していく。

「でもっ」

「でもじゃない。第一そんな腕で何ができる?仕事を増やすのがオチだ。お前は休め」

 いつもと同じはずのぶっきらぼうな言い方は心の柔らかいところを抉るみたいで苦しい。何も言えずにいると「わかったな?」と釘を刺され、私はようやく首を縦に振った。

「……わかりました」

 そうでは無いと理解していても、何だか自分はいらない人間だと烙印を押されたような気持ちになった。これは前世からの悪い癖なのだと理解しているけれど切り替えが上手くいかない。隣で喜ぶカムパネルラを見て仕方がないとため息を吐く。

「ただ、その腕の状態は良くないから医者に見せる必要がある。もう一つの島が医務室になっているからそこに行くといい」

 そう言うと、オラクルさんの表情が僅かに柔らかくなった。その単純な優しさが胸に沁みる。

「……オラクルさんは案内してくれないんですか?」

 少し甘えてみた。オラクルさんにだって仕事があるし、ダメ元だけど一度でいいからこんな風に甘えたかった。

「俺は彼と話があるから一人で行ってくれ」

「……わかりました」

 いつのまにか全体重をかけているカムパネルラを振り切って階段を上がる。下の方でカムパネルラの引き止める声が聞こえたけれどそんなの無視だ。

「えっ、ちょっとリーサ⁈待ってよ!」

「お待ち下さい‼︎」

 それにしても、オラクルさんの話って何なんだろう?扉の前で一度振り返ってみたがカムパネルラの悲鳴さえ聞こえなかった。


 ◆◆◆


「どうぞ」

「入って入って」

「失礼します」

 ドアを叩くとすぐそこに居るのか返事は早かった。恐る恐る開くとそこには頭が二つの亀型の魔物がいて、私を見ると片方がにっこり微笑んだ。

「やあこんにちは、そちらの椅子にお掛けくださいね」

「はい」

 にっこりと微笑んだ亀に言われた通り木製の椅子に腰を下ろした。それは就労ルームにあるのと同じ椅子で、冷たくて硬いけれどシンプルな作りの椅子はさまざまな容姿の魔物がいるここでは最も無難なのだろうと思う。けれど実家で作っていたクッション付きスツールの方が医務室と言う場所の特性上いい気もする。

「おい聞いてんのかよ」

「え、何でしょうか」

 いけない、自分の世界に入り込みすぎていたらしい。彼らの言葉を完全に聞き流してしまった。声をかけてきたのは私が入った時からしかめっ面をしていた方で、怪訝な表情を浮かべて私をみている。思わず愛想笑いを浮かべてしまうほど見られて私はすっかり参ってしまった。

「こらオリバー、彼女は患者さんだよ。その態度はよくないよ」

 穏やかな頭の言葉にオリバーと呼ばれた頭は「ちっ」と舌打ちしてそっぽ向いてしまった。

「あの、すみませんぼーっとしてしまって……その、もう一度お願いします」

 頭を下げると、穏やかな声が「いえ大丈夫ですから顔を上げてください」と声をかけてくれる。

「本日はどうされましたか?と、ええ、形式的な質問ですが」

 そう言って穏やかな亀さんはペロリと唇の周りを舐めた。

「えっと、右腕が痛くて……折れてるかもしれないんです」

 そう言って、服の裾を捲った。周りから気づかれないように、ここへきてから初めて長袖のドレスを着た。このドレスは特に袖周りがふんわりとしているから腫れているのも誤魔化せると思ったのだが、その通りだったらしい。腫れ上がり変色した私の腕を見た二人は驚いていた。

「うぅ……変色、山、ああ……」

「ガーランド、いい、俺がやるからお前は休んでいろ」

「すまないオリバー」

「兄ちゃんに任しとけ……」

 優しいガーランドさんは顔を青くして目を背けた。どうやら何かトラウマを刺激してしまったらしい。オリバーさんは乱暴な口調は相変わらずだが、その声には優しさが滲んでいた。

 やがてぐったりとガーランドさんの首が動かなくなった。目を閉じているからもしかしたら眠っているのかもしれない。

「ガーランドの事は気にするな。今はお前の腕だ」

「はい」

「見たところ自然治癒で何とかなるだろうが、神経の方がわからねえ。それでも基本的には安静にしとけば治るから、とりあえず今日のところは固定だけするぞ」

 オリバーさんは口が悪いだけで、その後の処置も丁寧で労りが感じられた。綺麗に布を結び終えた後、オリバーさんは私に背を向けてまだ何やら手を動かしていた。

「ふぅ……」

 作業を終え振り返ったオリバーさんは深く沈み込むように椅子に座り直し、口からは煙を吐き出している。手に握られた物から察するに、どうやらそれは水タバコのようだった。

 一体どこからホースが伸びているのか目で追うと、デスクの向こうに独特な形の容器が見えた。

「悪いな、ガーランドを起こさにゃならん」

 そういって、三度目の煙を深く吐き出すと、それに合わせてガーランドさんの瞼が僅かに動き、次第に目を覚ました。そしてペロリと唇を舐める。その姿が可愛くてつい頬が緩む。

「ああ、ああ、オリバー、君ってやつはまた……はあ、あーあ!処置が済んだんだね!うん、うん、大丈夫そうだね」

 目を覚ましてすぐ、水タバコに気付いたのかガーランドさんの顔は険しい。けれども私の右腕を見てパッと笑顔に変わる。うんうんと頷きながら処置の出来具合を見て満足そうにしている後ろで、オリバーさんは満更でもなさそうに「ふん」と鼻を鳴らした。

「それじゃあまた何かあればおいで」

「来ないのが一番だけどな」

「ありがとうございました」

 手を振るガーランドさんと手に顎を乗せるオリバーさんに見送られて私は部屋へ向かって歩き出した。

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