第17話 新しい生活

 

「おう、レイヴン。戻ったか」


 巡廻警備を終えたレイヴンは、トトと一緒に詰め所に戻り、警備隊長にある人物を紹介されることになった。


「こいつはカーラ・マーラ。若手の注目株だ。言葉遣いには気を付けろよ」


 隊長は奥に引っ込み、青髭の残るが一歩前に踏み出した。


「あなたがレイヴンね。よ・ろ・し・く」


 カーラは板についた様子でウィンクする。

 レイヴンはゾクッとする感覚を味わった。

 初めての経験に思わず硬直してしまう。

 なんとか、宜しくお願いします、と答えようとする直前にトトの声が響いた。


「カーラ!! なんでお前がここにいる?!」

「あら、トトじゃない。元気だった?」


 怯えながら吠えるトトとは対照的に、カーラはフレンドリーに寄っていく。

 思わず後ずさるトト。にも関わらず次の瞬間カーラはトトを抱きしめていた。


「(速いっ!)」


 カーラの動きは早く、そして静かだった。

 レイヴンはカーラの実力の一端を垣間見て驚いていた。

 一方、抱き着かれたトトはカーラを振りほどいて距離を取る。


「何故ここにいる! 何が狙いだ!」

「あなたに会えたのは幸運だったけど、用があるのはこっちの子なの。なんだか可愛い子がいるって聞いてね」


 レイヴンは肉食獣のように舌舐めずりするカーラから思わず目を逸らした。


「だったら俺は帰らせてもらう。おいレイヴン! そいつの舌には注意しろよ!」


 そう警告を言い残してトトは出て行った。


「(舌? 何の事だろう?)」

「トトったら、まだ気にしていたのね。申し訳ないことしたわ……」


 トトとカーラは歳こそ離れているが同時期に改造手術を受けたレイダーであった。


 その当時、様々な年齢の少年少女が集められて準備が整うまでの間に合同生活を送っていた。当時六歳で最年少だったトトは不安で一杯。そんな中話しかけてきたのがカーラだった。トトは訓練を通してカーラに懐いていく。そして事故が起きた。


 六歳のトトと十一歳のカーラ。体格差は歴然だったが、それでもカーラは上手く手加減してトトが怪我しないようにやっていた。ある時、ふとバランスを崩したカーラはトトに覆いかぶさるように倒れてしまう。その拍子に唇同士が接触。あまつさえカーラの舌はトトの口に入り込み、蛇のように暴れまわった。


 それがトトのファーストキスだった。


 カーラが意図した事ではないが、それまでにもボディタッチが多かったことで誤解が加速した。今までの優しさも全て計算ずくだったのか。トトの中でそれは疑問から確信に変わっていく。トト少年の心はこの頃から疑い深くなっていった。


 それ以来、トトはカーラへの屈辱を晴らすために己を追い込んで鍛えていた。屈辱自体はレイヴンへの敗北感で上書きされたために小さくなっていったが、苦手意識はまだ残っていた。


「――と、いう訳なのよ」

「はぁ……(なんか初めてトトに同情した……。ってかこんな話聞いてどうしろと?間を取り持つとかないよな……?)」


 それから二人は詰め所を出て歩きながら今後の話をした。カーラはグレイクからの指示を伝えつつも周囲の警戒を怠らない。その姿は正にナイトレイダーの鏡といっていい。


「だから普段はツヅミの町で巡廻任務をしながら、召集を受けたら中断してそっち優先になるってことね」

「了解しました」


 レイヴンは敬礼して了解する。


「敬礼はいらないわ。形式ばかりの礼なんて必要ないの」

「そういうものですか」


 レイヴンはきっちりした話し方は得意ではない。

 自由奔放なジルに育てられたし、影響を受けたトトも口が悪い。

 そんなわけで一安心してると、いつの間にかカーラの顔がクワッと目の前までやってきた。


「ただしっ! マクドネル様に対しては敬って話しなさい」


 それまでと違いカーラの眼を真剣だった。

 レイヴンは気迫に圧されて、コクコクと頭を振る。


「命令はマクドネル様からだけど、私が伝える事が多くなると思うわ。それと引越の件は私から伝えておくから余計な事は話しちゃダメよ?」

「はい」


 トトに伝えてくれるのだろうか。

 嫌な予感がするレイヴンであったが伝える時間はないので任せるしかない。

 グローリア東駅に着くとカーラは投げキッスしながら去っていった。

 一人立ち尽すレイヴンは周りの視線を避けるように列車に飛び乗った。


 荷物は既に新しい住居に送ってあるという。

 レイヴンは別れを告げる時間もないまま、碌年余りを過ごしたグローリアから離れることになった。


 レイヴンが配備されることになったツヅミは小さな町だ。


 距離的にはGAの首都であるグローリアとそう離れていないが、発展具合は大きく異なる。綺麗に配置された建物が並ぶ首都とは違い、薄汚れた低層住宅がごちゃごちゃと立ち並ぶ。これは魔法王国イグレアスによる支配を受けてきた時代からのもので、こういった建物はまだまだ利用されている。


 グローリアのように城壁は無く、地面も自然のまま。近くの川を利用している町には魔導士対策などは一切ない。あえて言えば遠く離れた国境に配備されたレイダーたちが城壁の代わりをしてくれているだけだ。


 電気やガス会社の社員、駅で働く公務員以外に他所から来て働く者はいない。隣人と協力して農業に従事する他、グローリアから仕事を請け負うことで糧を得ていた。


 そのため農業以外の仕事がない都市に比べて安定した生活を送れていた。その反面、豊かさを求めて強盗団に襲われることもあり、軍の予備役を中心に自警団が設立されることになる。


 そんなツヅミの町にナイトレイダーが配属されることが決まった。十二歳という年齢は気になるが、それでもナイトレイダーがいないのとでは大きく違う。


 まず第一に抑止力としての効果だ。これまでの短い歴史でレイダーがいるか、いないかで凶悪犯罪の発生率に大きく差がでるという統計は出ている。なにしろ事件が起きれば高速でやってくるのだ。犯罪発生の知らせをする警報システムがしっかりとしていれば逃げる時間など無いに等しい。


 第二はそれに伴う自警団の負担軽減である。基本的に自警団での報酬はわずかで、住民たちが兼業でやっている。負担が大きく、体調を崩す者も多くいた。例えレイヴンが本部付きのレイダーで遠征に行くことがあっても、不在を知られなければ抑止力に変化はないし、仮に半分しか出勤しなくともその恩恵は絶大だ。


 それをGAグラン・アーレが給料を出して派遣してくれる。話を聞いた当初、住民はうさん臭く感じて信じなかったのも無理はない。


 そんな事情もあり、レイヴンは列車から降りると熱烈な歓迎を受けることになった。町長は自らレイヴンの前にやってきて、デモンストレーションをするように要請。レイヴンはこれに応えて金属化することなく軽くダッシュを繰り返した。


「はっ、早え!!」

「全然見えなかった!」


 目の前にいる子供が正真正銘のレイダーであることを確認した住民たちは、町中に話を広めに行った。これらは全て予定されていた演出である。町長は事前にレイヴンに対して、こんなイベントをやりますよとお願いしていたのだ。レイヴンにしても犯罪の抑止となるならと喜んで対応した。結局は自分の仕事が楽になるのなら断る理由は無い。


 そんなレイヴンであったが、町長に住居を案内されるうちに緊張感が高まっていった。ジルからの手紙でナナという女性が来るのは知っていたが、レイヴンにとっては初対面といっていい。両親のことなど死んでいると聞かされていたが、知らせを受けてから無性に気になっていた。


「(どんな人なんだろう。心臓が二つともドキドキしてきた……)」


 案内を終えた町長は去っていき、レイヴンがやってくるのを心待ちにしていた女性が家のドアを開けて飛び出した。


 ロングスカートを靡かせたナナが駆けてくる。再会を喜ぶような軽やかな足取りとは対照的に表情は全く変わっていない。


 レイヴンがぼーっとしているうちに、いつのまにか手を包まれていた。

 意外と素早い印象を受ける。


「やっぱりあなたがレイヴンだったのですね……」


 そういって今度はレイヴンをそっと抱きしめた。

 レイヴンには女性と抱き合った経験などない。

 相手は母だと聞いていたのに頬を赤らめてしまう。

 綺麗に切りそろえられた髪と肌は十代のように瑞々しく、若さを感じる。


 何かを確認するように何度も手を触れるのは何故なのだろう、という既に疑問はふっとんでいた。


「あのっ、あなたはどちら様でしょうか?」


 自分の母親なのだろう。

 それはなんとなく分かった。

 レイヴンはナナに懐かしさを感じていた。


 それは見た目や記憶からという訳ではなく、一つ一つの細胞がそれを理解しているような不思議な感覚だった。


「私はあなたの母です」

「いや、そうじゃなくて名前とか……」


 ナナは表情を変えずにもう一度答えた。


「私はナナ・ソルバーノ。あなたの母です」

「……それは分かったけど(なんで何度も母ってアピールするの?)」


 なんだかナナへの感覚は間違いだったのでは思えてくる。

 レイヴンは困惑していた。

 別に母であることを否定したいわけじゃない。

 むしろ、本当にそうなのではないかと思っているくらいだ。

 それなのにナナの口調はどこか怪しい。

 レイヴンは一つ試してみることにした。


「あのっ! 父はどういう人だったんですか?教えて下さい!」


 別に父親の事が聞きたいわけではない。

 ジルのことは本当の父のように慕っている。

 だが本当に自分の母親なら答えられるはず。

 

「知りません。私は育ての母ですので」

「違うのかよっ!!」


 だったら、先程の感覚は一体何だったのだろうか。

 疑問は深まるばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る