第16話 見習いレイダー返上
トトとゲイツの戦いを見ていたラングは驚きを隠せなかった。
確かにトトは改造手術前から才能があった。
それでも自分たちだって必死にやってきたはずだ。
それなのにゲイツは圧倒されてしまった。
しかも自分の相手はトトよりも成績の良かった男だという。
二歳年下のためにほとんどの観客は自分の勝利を疑わない。
その事実がラングを追い詰めて行く。
ラングの頬を冷たい汗が流れ落ちた。
「こうなったら手段は選べねえ……」
ラングはこそこそと仲間に伝言と金を渡すと、観衆の中を消えて行った。
……
「え~、会場の皆様にお知らせがあります」
どよめきが止まない中、試合会場ではイベントの運営責任者が淡々と連絡事項を伝え始めた。
「ラング選手は体調不良により棄権となりました」
その知らせに怒号が飛び交った。
「おい、ふざけんな!」
「いいから試合を見せろ!」
だがそれも想定内のこと。ニヤッと笑って続きを話しだす。
「ですがご安心下さい! 代わりに特別ゲストを用意させていただきました。それでは両選手の入場です!」
合図とともに両サイドから入場していく。
レイヴンは突然の選手交代に驚いたものの、特に異を唱える事は無い。
文句を言うのは試合を終えたばかりのトトだ。
「チッ、あの野郎。わざと観客を煽りやがって。あれじゃあ文句の一つも言えないぜ」
「まあでも、面白くなったんじゃない?」
他人事のように気にするそぶりを見せないレイヴンを見て、トトは神経質になった自分が馬鹿馬鹿しく思えて笑いだした。
試合会場に上がったレイヴンは対戦相手を凝視する。
身長は190cmはあろうかという巨漢の男・キオン。
元々の相手であるラングは170cmであったことから、観客はさらにレイヴンの対戦相手に賭けていった。
キオンは得意満面な笑みを浮かべてレイヴンを見下ろした。
「悪いな坊主、これも仕事でな」
悪いなどとは全く感じていない笑顔を向けてくる。
「別にどっちが相手でもいい……同じことだし」
共にいた期間が長いせいでレイヴンはトトの挑発を真似れるようになっていた。
そして予想以上の反応を見せるキオン。
目を充血させ、血管が浮き上がってくる。
「クソ餓鬼がっ!」
「単細胞」
試合開始のゴングと同時にキオンは自慢の肉体を金属化させる。
自分の肉体の素晴らしさを観客に、これでもかと見せつけるようにポージング。
だがキオンに視線を向ける者は皆無だった。
通常のレイダーのような鉄色ではなく、黒く変色していくレイヴンの肉体。
それは見る者を魅了し畏怖させた。
ムキムキになったキオンとは反対に、スラッした体形のレイヴン。
肉体を変形させて突起物で攻撃しようなどとは微塵も想定していない。
速さを追及した洗練されたフォーム。
そして漆黒の輝きが機能美を際立たせ、人々の目を集めた。
道化になっていると感じたキオンは突撃を開始。
「おらぁ!!」
それを難なく躱して後ろを取るレイヴン。
キオンはレイヴンの動きに全くついていけない。
二人の教師はそれを驚くことなく見つめていた。
「遅いな。あれではレイヴンに付いてこれん」
イオスの呟きにルウも頷く。
「ですね。あのスピードがまた厄介で……」
散々苦労させられた経験が頭をよぎって、ルウは苦々しい顔になっていた。
レイヴンの攻撃は着実にキオンを捉える。
「(流石にこの巨体を一撃……というわけにはいかないか)」
レイヴンはキオンを翻弄していた。
キオンは速さに付いていけず、攻撃を貰うたびに顔を歪めている。
ダメージは着実に蓄積していた。
キオンは決して弱いレイダーではない。
魔導士の討伐記録もあるし、経験もレイヴンに比べれば遥かに上。
スピードよりもパワーを重視したフォームは、古くからのナイトレイダーにしては珍しい対人戦に強いタイプだ。それでも自分よりも小さなレイヴンに手玉に取られていた。
このままではジリ貧だ。
レイヴンの強さを認めたキオンは奇策にでる。
どこから来るか分からないなら、攻撃を限定してやればいい。
キオンは思いっきり息を吸い込んだ。
「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」
その気迫に押されてレイヴンは一瞬攻撃を躊躇した。
そのまま攻撃を続けるのは良くないと感じて、仕切り直そうと一旦後退する。
「かかって来いや、おらぁ!!」
キオンは半身になって自らの腹を指さす。
そして両手を頭上で結んで待ち構えた。
レイヴンが倒しきれなければキオンの重い一撃を食らうという訳だ。
会場はこれまでにない盛り上がりを見せる。
正に試合はクライマックス。
最後の攻防を迎えようとしていた。
「腹打て、腹!」
「キオン踏ん張れよ!!」
「逃げるんじゃねえぞ、ちっこいの!!」
観客、主にキオンの勝利を予想した人々から怒声が飛んでくる。
それに乗っかる形で会場中から声援が飛び交う。
これではレイヴンも誘いに乗るしかないと覚悟を決める。
だがレイヴンには敵の策を打ち破る自信で溢れていた。
「(こんな戦い方もあるのか……。なるほどね)」
ぴょんぴょんと軽くジャンプしたレイヴンは着地と同時に突進を開始。
キオンはニヤリと笑った。
そこにはもう対戦前に侮っていた面影は一切ない。
レイヴンをライバルと認め、全力で迎え撃つのみ。
「いい度胸だ、小僧!!」
ここでレイヴンはこの試合最速で迫る。
「なっ?! まだ早くなるのか!!」
虚を突かれたキオンは初動が遅れた。
レイヴンはキオンの腹を射程内に捉えると左拳を突き刺す。
さらに右、左と連打を繰り返して、エビのように後方へ避難。
力なく両拳を振り下ろしたキオンがそのまま倒れ込み、勝敗は決した。
まさかまさかの圧勝劇。
それも当事者はまだ十二歳の少年である。
その事実に観客たちは新たな英雄の誕生を予感した。
興奮した観客が会場へとなだれ込んでいく。
彼らはレイヴン抱え上げて胴上げを始めた。
「うわっ! 危ない、危ないって!」
そう言いつつもレイヴンは上機嫌だった。
「これはまずいな……」
レイヴンがキオンとのバトルに勝利したという報告書を見て、総司令のグレイクは頭を抱えていた。
自分の予想を超えて成長したことを確認できたのは良い。だがレイヴンの最大の特徴は黒い鎧による隠密性だと考えていたグレイクからしてみれば、レイヴンがこのような形で表舞台に出てしまったのは本意ではなかった。
「誰かがレイダーバトルなんて野蛮なものを認めるからこんな事になるんです」
秘書の冷ややかな視線がグレイクを襲った。実際その通りなのだが、ナイトレイダーたちのガス抜きに有効だったのは確かだ。今更やっぱり駄目といえる状況ではない。
グレイクはため息をつく。
「それは分かっている。いっそのこと本部で抱えるか……」
「彼はまだ十二歳で、しかも見習いになったばかりですよ?」
十二歳での本部付き。つまりはグレイクの直属部隊への配属。
いずれは自分の手元に置く予定だった。
年齢は若すぎるが実力は問題ない。
これ以上目立ってしまえば横やりが入る恐れもある。
「それに不安要素もあります。彼は訓練こそしっかりとやっていますが、私生活に乱れが生じています。まだ成長期の彼にはしっかりとしたフォローが必要かと」
レイヴンは訓練学校時代から、やや食の偏りが報告される様になっていた。慕っていたクララが結婚を機に退職。代わりに入ってきた男性は仕事は丁寧にこなすが心のフォローまでは届いていない。それは食事係の仕事ではないが、レイヴンに影響を与えていたことは事実だった。
「……そういえば、レイヴンの故郷から母親を名乗る女性が見つかったと報告にあがっていたな。彼の保護者のサインもあることを考えれば本物かもしれん」
レイダーに対する手紙は全て検閲済み。手紙を書いたジルもそれは知っている話である。
「彼の保護者枠は余っています」
「では呼び寄せて一緒に住まわせてみよう。……いや、むしろここに住まわせない方がいいかもしれんな」
「畏まりました。それではどちらに用意しますか?」
「そうだな……ここから東に二駅進んだツヅミの町とする。そこでなら静かに暮らせるだろうよ」
そうしてレイヴンの与り知らぬところで、配置転換がされることになった。
表向きの理由は常駐のレイダーがいない町での警備任務だ。
特に重要な施設がない町での任務は、一見すれば左遷のように感じるだろう。
その実、総司令の呼び出しを受ければ直属部隊の隊員として働くこととなる。
「フランクへの連絡はこちらでやっておく」
「畏まりました」
フランクとはレイヴンのことをスカウトし、グローリア行の列車に同乗したフランク・マクドネルのことである。彼はグレイクの懐刀として各地を転戦しており、総司令直属部隊の隊長にまで出世していた。
部隊員は基本的に大所帯で動くことは無いが、顔が広く現場上がりのベテランレイダーであるフランクに対する各隊員たちの信頼は厚い。新人のレイヴンはフランクのさらに下の小隊長クラスにつくことになる。
その決定から七日後、レイヴンの故郷であるヴァイスマインでは列車に乗り込もうとする女性を見送るジル・ソルバーノの姿があった。
レイヴンと別れてから六年余り、だらしなく無精ひげを生やしているジルは、相変わらず気ままに生きている。レイヴンを見送った当初は落ち込む姿が見受けられたが、借金を返せとせっつかれて働くうちに元気を取り戻していた。
そんなジルの前に彼女が現れたのは僅か一月前のことである。
ジルは彼女を見て驚いた。
なにしろ、「この子をお願いします」とレイヴンを託して動かなくなった女性なのだ。砂嵐から逃げていたジルは幼いレイヴンを抱いて旅を続けて故郷のヴァイスマインに戻ってきた。その女性が元気に、しかも十年前の記憶のままに現れる。
恐怖を感じてもおかしくないこの状況にジルは平然としていた。
レイヴンのお気楽な性格はジルから引き継いだものといっていいだろう。
「それじゃあ、ナナ。レイヴンのこと任せたぜ」
「はい、問題ありません」
ナナと呼ばれた女性はジルと結婚したわけではないが、レイヴンと合わせるためにナナ・ソルバーノと名乗った。175cmと女性としては比較的高めの身長であるが、細身の肉体でぱんぱんに詰め込んだバッグを軽々と持ち運ぶ姿はどこかアンバランスに映る。
「あの野郎……元気にしてっかな」
列車を見送ったジルは、成長したレイヴンの姿を思い浮かべて現場に戻っていく。レイヴンとジルが再会するのはまだまだ先の事である。
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