二章 ナイトレイダーの任務

第15話 もう一人のライバル

 

 レイヴンは強くなった。

 エッジとの、そして自ら立てた誓いを守るために。


 二年になってからは、より一層訓練に励んだ。

 毎日のように繰り返すトトとの格闘訓練。

 積極的にイオスやルウにも指導を頼み込んだ。


 三年目に突入し、二度目のレイダー改造手術を終えてからは圧巻だった。

 

 全身に纏う黒の鎧は身を守るだけでなく、限界突破したレイヴンの力を遺憾なく発揮させた。トトがまたしても改造手術の後遺症に苦しんだことで、レイヴンはクラスの誰よりも強い存在となった。


 それは四年になって、トトが復学してからも続く。

 

 訓練、食事、睡眠を規則的に熟す事でレイヴンの体は飛躍的に成長。

 それまではクラスでも真ん中辺りだった身長は155cmを超えた。

 元々の特徴であった速さに重さが加わったレイヴンを止める事は誰にもできない。イオスやルウもレイヴンとの訓練では冷や汗をかくほどだ。


 そして六年間の訓練学校を卒業した生徒たちはそれぞれの任務地に旅立って行った。そこで見習いとして二年間勤め上げる事で正式なナイトレイダーとなる。ロコニャンとニコミァンは故郷の森に戻り、他の生徒たちも各地に割り当てられている。


 学校を首席で卒業したレイヴンの勤務地は首都グローリア。


 重要施設の多いこの都市で任務につくということはレイダーにとっての出世街道だ。卒業生の中でもグローリアで勤務できるのはレイヴンと次席のトトの二人だけだった。見習い期間を終えれば戻ってくる者もいるだろうが、それは狭き門といえる。


 …………


 そして現在巡廻警備を終えたレイヴンとトトはトラブルに見舞われていた。


「おい、無視してんじゃねえぞ、トト!」


 レイヴンたちの前を塞ぐ二人、ゲイツとラングはトトと同時期に改造手術を受けた十四歳のナイトレイダーだ。本来であれば、トトは彼らと同様の道を歩む予定であった。


「だいたい何で俺達と給料が大して変わらないんだよ!おかしいだろ!」


 現場で命を懸けながら学んできた彼らにしてみれば、訓練学校でのうのうと過ごしてきた(ように見える)トトの事が気に入らなかった。なのでいちゃもんをつけて、最初にガツンとへこまそうと考えた訳だ。ナイトレイダー待機所にいる他の先輩レイダーも黙認しているようだ。


「気に入らないんなら、上に言えばいいじゃないですか、せ・ん・ぱ・い」


 わざとらしく丁寧な言葉で挑発するトトに対して、二人は怒りを露わにする。

 一方レイヴンは、またかといった様子。


「(相変わらずトトは挑発が上手いな~)」

「てめえ、何がおかしいんだよ!」


 思わず笑みがこぼれたことで矛先がレイヴンにも向かってきた。

 ラングは胸を掴もうと手を伸ばす。

 レイヴンは余裕を持って拳を掴むと、そのまま捻って制圧した。


「いてぇ! 離せ、この野郎!」

「……たいしたことないな」


 レイヴンとしては聞かせるつもりはなかったのだが、ぼそっとした呟きはラングの目を尖らせた。

 今度はトトが笑い出す。


「やるじゃん、レイヴン。先輩よぉ。俺たちが気に入らないんなら仕掛けて来いよ。レイダーバトルをよ」

「……やってやろうじゃねえか! 生意気な口を利いた事、後悔させてやるかんな!!」


 大規模な戦いが無くなって早七年。

 その間グローリアは平和を享受していた。

 一般の兵士は前線から解放されて、家族の元へ帰っていくことが増えた。

 人々の顔には笑顔が増え、生活も安定してきた。


 そんな国民たちとは反対にナイトレイダーたちはストレスを抱えていた。

 平和と自由を求めて戦う彼らであるが、平時となればただの大飯ぐらいだ。


 開戦当初は救国の戦士と讃えられたナイトレイダーも、しっかりと警備任務をこなしているのにも関わらず、モラルの低下が叫ばれていた。一般の国民と比べて待遇が恵まれているレイダーを見る目は厳しい。喉元過ぎて熱さを忘れてしまったようだ。


 肩身の狭い彼らは活躍の場を求めようとも、GAの政策で積極的に攻め入ることのない現状では鬱憤を溜め込むしかなかった。


 そんな報告を受けた上層部は解決策を模索。

 その結果、やむなくレイダー同士の私闘を認めることになった。

 この政策は思いのほかレイダーたちの心を捉えた。


 それがレイダーバトルである。


 お互いに金属化メタライズしての戦い。

 一般の観客にも動きが見えるようにリングくらいの広さの場所で戦う。

 関節技無しの打撃のみ。

 攻撃可能なのは上半身だけといった単純なルール。


 ナイトレイダーの力を誇示できるし、また観戦娯楽としても人気を博した。


「それじゃあ、俺が立会人になってやるよ」


 そう言ったのは様子を窺っていた先輩ナイトレイダーだ。

 彼は嬉しそうに日時と場所を決定していく。

 それもそのはず。彼は胴元になって一儲けしようと企んでいるのだ。


 ともあれ日時は決まった。

 明日の就業後、午後六時。

 多くの人が集まる広場でレイヴンたちは戦うことになった。



 翌日


 

「今回のバトルは若いレイダー同士の対決だ。訓練学校出のエリートと現場の叩き上げ、さあどっちだ! はった、はった!」


 今回のバトルは一対一の戦いを二度行う。

 初戦がトトとゲイツで二戦目がレイヴンとラング。

 オッズではそれぞれトト、ラングの勝利が優勢だった。


 トトの余裕のある態度に期待を寄せる客が多い。

 反対にレイヴンは主席と言う立場でありながらも、二歳年下ということでかなり低い。


 仕事を終えて巡廻警備の引き継ぎをしてきたレイヴンは、オッズを気にする気配は一切ない。むしろ会場の異様な熱気に当てられて興奮しているぐらいだ。


 レイダーバトルの会場となった広場では、戦いの前から盛り上がりを見せていた。飲食店は急遽屋台で店を出し、酒の売り歩きをする者もいる。


 会場の遠くから卒業生の二人を見守る人物がいた。

 訓練学校の教師イオスとルウである。

 二人はレイダーバトルの噂を聞き、帰宅を取りやめて急遽会場にやってきた。


「あいつら……、しょっぱなから目立ちやがって」


 だがレイダー訓練学校の存在価値を高める最高の舞台であることは、イオスも理解している。自身の評価が上がるだけでなく、色々と融通が利くようになるはずだ。


「でも皆、驚くんじゃないですか? 同年代のレイダーじゃ、はっきりいって相手になりませんよ」


 ルウは断定する。生徒たちと直接戦うことの多い彼女だからこその意見だ。


 これまでのナイトレイダーは、生き残るために対魔導士を重点的に強化せざるを得なかった。ところが訓練学校では対レイダーを想定しての格闘訓練が多い。その中でもレイヴンとトトは別格。となれば勝利を疑うことはない。ルウの手にはしっかりと二人の勝利を予想した券が握られていた。


「おい、ルウ、今隠したのは……」

「いや、これはその……応援ですよ、応援! ちょっとオッズが低くて可哀想だからです!!」


 イオスは呆れた様子を見せると広場の中心に視線を戻した。

 会場のボルテージは最高潮。

 選手入場を終えて一戦目の開始のゴングが鳴らされた。


 トトとゲイツ、二人の鍛えられた肉体が鋼鉄の鎧に覆われていく。

 トトが先制攻撃をかけようと飛び出した。

 ゲイツはこれを後退して回避。

 そして攻撃を繰り出さずに回避を続けた。


「何故逃げる。どういうつもりだ」

「いや、お前に伝え忘れたことがあってな。……カーラ先輩がお前に会いたがってたぜ」


 その言葉にトトは一瞬硬直した。

 それを見逃さずにゲイツは突きを当てる。


「ははっ、相変わらず馬鹿な奴。先輩に変わって俺が可愛がってやるよ!」


 ゲイツはここぞとばかりにラッシュをかける。

 だがトトは上体を起こすとそれを紙一重で躱し続ける。


「ゲイツ、みっともない奴。実力がないからそうやって搦め手に頼る」

「何だと?!」


 カーラとの出会いはトトにとってトラウマだった。

 だがそれは既に過去の事。

 ゲイツに一撃を貰ったのは、自分との差を見せる為だ。


「あれ以上の屈辱を何度も味わってんだよ!!」


 レイヴンのいる控室をちらりと見る。

 トトにとってレイヴンは自分を高めるための存在だった。

 二人の間に友情は存在したが、自分の為だったはずだ。

 それがエッジが退学したことでより身近になっていく。

 自分を追ってくる可愛い存在。

 それがいつしか自分が追う立場になった。


 改造手術の後遺症に悩まされた事がレイヴンに抜かれた直接の原因だ。

 だがそれが無くても、抜かれていたであろうことは想像に容易い。

 それほどの努力と経験をレイヴンは積んできたことはトトも理解している。

 それでも負けたくなかった。

 友情と嫉妬、二つの感情が渦巻く。

 トトもまたレイヴンの友人であり、ライバルとして成長していた。


「だからお前ごときに負けられねえんだよ!!」


 その一撃はゲイツのガードごと打ち破った。

 トトは右拳を高々と上げて勝利を宣言。

 同時に歓声が沸く。


 レイヴンは用意された内幕の中で体を動かしていた。トトの勝利を確信しており、ひと目も見る事なく自分の試合に向けて気持ちを高めていた。そして会場中に響く歓声を聞いて試合終了を悟る。


「そろそろ出番かな」


 レイヴンは入場のアナウンスを待った。

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