第14話 友との別れ
体は既に回復して戻る気満々なレイヴンだったが、各種検査や鉄獣との戦いの報告など理由を付けられて、退院許可が下りたのは入院してから三週間が経った後だった。
「やっほー、レイヴン。元気にしてる?」
入院しているレイヴンの部屋には授業を終えたヒメタンとロコニャン、ニコミァンといったメンバーが集まってきていた。退院に合わせて荷物持ちをしようという事ではないし、そもそも荷物なんてほとんどない。
一人寂しくしていたレイヴンを励まそうという気持ちも嘘ではないが、そこは好奇心旺盛な子供たちである。長期滞在する部屋はどんな様子なのか気になっていたのだ。そして特に代わり映えのしない個室を観察すると、ワイワイと騒ぎ出した。
「レイヴンがいないからトトも寂しがってるのよ~」
「そうそう、代わりにアッシュが指名されて毎日ボロボロにされちゃってるわ」
それは少し可哀想だ。そう思っていたがレイヴンに疑問が浮かんできた。
「トトの相手はエッジじゃないの?」
当然の疑問だろう。なにせトトの相手はこれまでレイヴンとエッジで代わる代わるやっていたのだから。レイヴンがいないならエッジが相手をするはずだし、実力的にも他に相手はいない。それになぜここにエッジが来ていないのかも不思議だった。
「あのね、レイヴン……実はエッジは最近ずっと学校休んでいるの」
「うん、寮にもいなくてどこかで静養しているみたいなんだ」
「な、なんで?!ほとんど怪我なんてなかったじゃん!」
エッジは自分と違って大きな怪我をしていない。
だがレイヴンはサバイバル訓練での戦いの時にエッジが咳き込んでいたことを知らない。それ以来入院していたし、他の生徒たちがお見舞いに来るのも今回が初めて。だから元気でやっているものと思っていた。
「じゃ、じゃあさ、これから学校行ってみようよ。今ならまだ先生たちもいるかもしれないから」
レイヴンが戻る寮は学校の近くにある。だったらちょっと寄って聞いてみよう。そんな軽い気持ちだった。
…………
その頃、学校の電話口ではイオスが大きな声を張り上げていた。
「あいつが退学だなんてどういうことですか!」
電話の相手はガロッソ・バウニーマン。クンド・サハルが改造手術の現場責任者なら、彼は制服組の責任者といったところ。ガロッソは興奮するイオスとは反対に淡々と決定事項を伝えていた。
「どうもこうもない。将来性の無い者には時間も金もかけられないだけだ」
「そんなことはありません!彼の成長を見て下さい。入学当時から伸び続けていますし、TOP3から漏れたこともありません! 本人もナイトレイダーになって国を守ることを望んでいます」
ガロッソは深く息を吐いて話を遮った。
「君はつくづく教師に向いているようだな。推薦して正解だった」
「話を誤魔化さないでいただきたい!」
「彼が喘息を患ったのはこちらでも把握している。君が自宅に招いて治療のために温泉にいったり、民間の病院を訪ねたりしていたことも……」
「なっ!?」
何故知っているのか。自分は観察されていたというのか。いや、そんなことはどうでもいい。今はエッジのことだ。イオスはなんとか再考してくれと頼みこむ。
「ですが、病状は良くなってきています。もう少し様子を見てください」
「原因はグローリアの環境かストレスかは分からんが、これは決定事項である。グレイク総司令も認められた事だ」
レイダー訓練学校は周囲の反対を押し切って行われたグレイクの肝入りの政策であり、その本人が認めた以上覆ることはない。
「それにこれは彼自身のためでもある。全力での高速戦闘などもっての外だ。戦闘中に症状が悪化すれば死は免れないだろう」
それをいわれたら返す言葉もない。イオスにしてもエッジの死を望んでいるわけではない。ただ彼の意志を尊重したかったのだ。
「彼には地元に戻って静養してもらう。元の環境に戻れば良くなる可能性もある。そうなればそこで常駐のハーフレイダーとして働いてもらえば良い」
ハーフレイダーとして、つまりは二度目の手術は行わないということだ。レイダーコアは貴重な物であり、死亡者から再利用するにしても時間がかかる。そのため、ハーフレイダーになって実力の伸びが悪かった者や、素行に問題がある者は二度目の手術は見送られていた。
そういった経緯により、一部のナイトレイダーからは能力の低さを見下され、扱いが悪く酷使されていた。
電話を終えたイオスは苦悶の表情を浮かべていた。だがいつまでもそうしているわけにはいかない。
「ルウ……すまないが、俺の家に行ってエッジを呼んで来てくれないか?」
「……はい」
イオスは先生を抜かして呼んだことに気づかずに、ルウに頭を下げた。
数時間後、エッジは職員室で頭を下げていた。
「先生、今までありがとうございました」
エッジはそういって職員室から出て行った。この状況を予想していたのだろうか、感傷的になっているイオスと比べてさばさばとした表情で歩んでいく。学校を出ると見覚えのある四つ影が寄ってきた。
「エッジ!」
「レイヴン……そうか、もう退院か。良かったな……」
とても良かったと言う表情ではない。
そんなことは今のエッジを見れば誰でも分かるだろう。
これまでの快活なエッジとはまるで違う落ち着き払った態度だった。
ヒメタンが心配そうに声をかける。
「エッジこそ大丈夫なの?」
「ああ……うん。大丈夫……俺は大丈夫さ」
自分に言い聞かせるように大丈夫と繰り返す。
誰が見ても大丈夫ではなかった。
共に過ごしてきた学友だからこそ見せたくなかった本心。
先生の前では堪えていた感情が溢れだす。
「俺……もうここにはいられない。さよならだ」
その表情が真実を語っているように説得力を持つ。
冗談を言っているようには思えない。
「どういう事だよ、エッジ。意味が分からないよ」
「自分の体がどうにもならないんだ。激しい運動をすると息苦しくなって。先生はなんとかしようとしてくれてたんだけど、それでも駄目で。それで退学だって言われて……自分でもそうなるのかなって覚悟してたけど悔しくて……」
「エッジ……」
エッジは鼻を啜ってレイヴンに向き直った。
「みんな、ごめん……レイヴン、ちょっといいかな?」
二人だけで少し歩く。
新一年生たちが元気よく走り回る校庭を遠目に見ていた。
レイヴンにとってエッジは生まれて初めての同年代の友達だった。
一人きりで都会に放り込まれ、不安だらけな中で話しかけてくれた。
閉じ込められた部屋が隣だった偶然、東部出身なのも同じ寮生なのも偶然。
そんな二人が親友になるのは必然だった。
エッジにとってもレイヴンの存在は大きかった。
初めてレイヴンの訛った声を聞いた時、歓喜した。
自分と同じところからやってきたという安心感。
近くにレイヴンがいたから勇気が持てた。
だがその時は長くは続かなかった。
「レイヴン……俺達友達でライバルだったよな?」
「うん。友達でライバルだった」
毎日一緒にご飯を食べた。
朝から晩までずっと一緒にいた。
一年中二人で競い合った。
「だからレイヴン……俺の分まで強く……」
「…………」
エッジは突然立ち上がって顔を左右に振った。
涙を拭って自分の言葉を否定する。
「やっぱ、今の無し! 俺は絶対あきらめない! 絶対病気に勝って強くなる!」
「うん!」
それでこそエッジだ。レイヴンにはエッジの目に光が灯ったように見えた。
「なあレイヴン、さっき先生に聞いたんだ。歴史上一番魔導士を倒したレイダーって誰だと思う?」
「グレイク総司令?それともザイドロフ副司令?」
そう思うよな?とエッジは予想通りの反応に満足して顔がほころぶ。
「なんとかハフマン・ゴーストって人。その人、ハーフレイダーなんだって」
レイヴンはその名を聞いた事もなかった。
「俺だってそんな名前聞いたことない。先生は俺を励ますために嘘を教えたのかもしれない。でも俺は今、信じるって決めた! 俺もその人みたいに強くなる! だからレイヴン! お前はトトよりも、誰よりも強くなって待っててくれ!!」
「うんっ!!」
レイヴンは立ち上がると手を顔の高さまで上げて、エッジと強く強く握手した。
レイヴンはこれまで目標もなく漫然と過ごしてきた。
エッジのように大切な人を殺されたこともなく、積極的に戦う理由もなかった。
確かにエッジやトトに影響されて毎日の訓練を欠かさなかった。
それはただ一緒にいるのが楽しかったという理由に過ぎなかった。
握手はレイヴンにとっての誓いだった。
エッジとの、そして自分に対しての。
…………
翌日、朝の教室ではエッジの退学の事で話は持ちきりだった。
既にエッジの机と椅子は片付けられている。
昨日事情を聞かされた四人は病気の事を話さない。
となれば噂は好き勝手に広まっていく。
一人寂しそうに机に座るレイヴンを
もうエッジのようにレイヴンを守ってくれる存在はいない……はずだった。
「お前ら、よせ」
そう言ったのは二人の友人であるアッシュだった。
意外な人物の登場に驚くレイヴンを、アッシュは心配そうに見つめていた。
「レイヴン大丈夫か、お前?」
その言葉は自分の体調の事を聞いているわけではない。
エッジがいなくて大丈夫かと聞いているのだ。
レイヴンはなんとなくそう思った。
「うん、俺は大丈夫だから」
「……そうか」
続けて宣言した。皆に聞こえるような大きな声で。
「俺はアッシュにもトトにも負けないよ。誰にも負けないくらい強くなる!」
振りあげられた拳は、レイヴンの意志の強さを表すように固く握られていた。
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