第18話 直属部隊の仕事

 

 近くの孤児院では夕飯を食べ終えた子供たちが、暗くなる前の最後の遊びとばかりに騒いでいた。そこはレスカ・ライスという女性が二十人近い子供の面倒を見ている国営の孤児院である。孤児といっても学校へ行く事は義務付けられており、給食も出るので子供たちは毎日喜んで通って学んでいる。


 GAグラン・アーレでは十二歳から見習いとして働くので支援も数年で済む。多くは単純労働に当てられるので、専門知識も必要ない。国を支える大事な労働力である。


 そんな孤児院を横目に見ながら、レイヴンとナナは一旦家に入って仕切り直すことにした。プライベートな会話を他人に聞かせたくなかったという事情もある。


 レイヴンに宛がわれた住居は見た目こそ古いものだが、電気、ガス、水道はしっかりと通っており造り自体は頑丈にできていた。


 少しひんやりする外から家に入ると、食欲をそそる香りが漂ってきた。普段の夕食を食べる時間は過ぎている。レイヴンはナイトレイダー(見習いは卒業扱い)として働いているといってもまだ若いので、就業時間はできるだけ明るい時間帯になるように配慮されていた。そのため早めの就寝に合わせて食事の時間も早い。


 ナナからは害意を感じなかったのでレイヴンは話の前に食事をいただくことにした。


「ナナは食べないの?」

「必要ありません」


 先に食べたのかなと一人納得して食べ始めると、レイヴンはペロリと完食した。「美味しかった」と伝えて本題に入る。


「それじゃあ、話を聞かせてよ」

「分かりました。それでは何について話せばよいでしょうか?」


 そう言われてレイヴンは言葉に詰まった。


「(そういえば聞きたいことってないじゃん)」


 ナナが育ての親ならば他に聞くことはない。

 別に両親のことが知りたいわけではないのだ。

 ジルとは時折手紙のやりとりをしていたので聞く必要はない。

 それならナナ自身のことを聞いてみよう。

 レイヴンは問いかけた。


「ナナのこと教えてよ」

「分かりました。私が生まれたのはとても寒い日だったと記録されています。私は産まれた――」


 そんな昔話を聞きたいわけではない。

 レイヴンは話を遮って聞き直した。


「なんで俺に会いに来たの?」


 幼い頃に別れた育ての親が十年以上前に別れた子供に会いに来るだろうか。レイヴンは漸く聞きたいことにたどり着いた気がした。


「私と共に行ってほしい場所があるのです」


 やっぱり何かある。レイヴンは恐る恐るどこに行くのか尋ねた。


「…………」

「…………?」


 それまでテキパキと答えていたナナの口が開かない。

 答えにくい事なのだろうか。

 レイヴンに不安が広がっていたが、そういうわけではなかった。


「はて? どこに行けばいいのでしょうか? レイヴン覚えていませんか?」

「知らないよ。なんで俺に聞くのさ」


「困りました。データの一部が破損しています。どうすればいいでしょうか?」

「壊れてるなら直せばいいんじゃないの?」


 とぼけているのか、本気なのか。レイヴンには判別できなかった。なにしろナナは表情を全く変えず、話し方にも抑揚がない。


「それは良い考えです……はて? どこで直せばよいでしょうか?」

「……知らないよ」


 なんだか疑ってかかっていたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 緊張していたせいか疲れが押し寄せてきていた。

 もしナナが何か企んでも対応できる自信はある。

 レイヴンはとりあえず問題を先送りにして早めに寝ることにした。


 ところが素早く片づけを終えたナナがベッドに潜り込んできた。


「なんで入ってくるの?」

「この家にはベッドが一つしかありませんので。良いではないですか、私はレイヴンの母なのですから」


 良くはないだろう。十二歳になって親と寝るなんてレイヴンには恥ずかしいことだ。だが床で寝させるのも寝覚めが悪い。レイヴンは仕方なく我慢することにした。


「……今日だけね」


 そしてベッドを手配しようと心に決めていると、ナナが抱き着いてきた。


「(柔らか……くない! 硬すぎる!)」


 バッと飛び起きるとナナから距離をとる。


「表面は柔らかいけど内側は固い……ナナって何者なの?」

「はて、言ってませんでしたか」


 レイヴンはナナの言葉を待った

 ナナが佇まいを正してベッドで正座する。

 どうやら漸く核心に迫ることができたようだ。


「私の正式名称は家庭用汎用アンドロイド試作七号機、通称ナナです」

「アンドロイド?」


 それは全く聞き覚えのない言葉だった。

 現在の技術水準では理解できるはずがない遥か先の技術である。

 言葉で説明されても理解できないだろう。

 ナナは自らの体を開いて見せた。

 体の内側からものすごい熱気が漂ってくる。


「機械の体……?」


 ナナの構造は自分たちとも、金属生命体であるメタリア人とも違っていた。

 レイヴンは驚きつつも、上層部に報告しようという気には全くならなかった。


 もしレイヴンが成熟した大人だったら、間違いなくそうしただろう。

 ナナは拘束され、実験材料になる。

 それによって技術革新が起こることは間違いない。


 だがレイヴンはまだ十二歳の子供だった。

 そしてジル譲りの楽観的な側面を持っていた。

 何より、レイヴン自身がナナといるのを望んでいたのだ。


 それまで寮暮らしだったレイヴンにとって一人暮らしは不安なものだ。

 例えナナがいなくなったとしても代わりに他の人物がやってくるだけ。

 そう考えれば、ナナとの生活も悪くはない。

 ナナの作るご飯は美味しいし、家も綺麗に片づけられている。

 口煩いこともなさそうだ。

 そして、なぜか感じる安心感。

 レイヴンはその感覚を全く疑っていなかった。


「他の人には、ばらさない方が良いよ」


 そういって恥ずかしそうに背中を向けて毛布をかぶった。



 

 ナナとの生活が始まって一週間。

 レイヴンは新しい生活に順応していた。


 毎朝規則正しく起きて朝食を食べる。

 寝坊しようものなら、すかさずナナが起こしに来る。


 レイヴンのことをどこかに連れて行こうとしたナナであったが、肝心の目的地が分からなければどうすることもできない。ナナは特に解決しようとすることなく、家政婦……ではなく母としてレイヴンに尽くしてくれている。


「いってきまーす」


 レイヴンはいつものように巡廻警備に出発する。


 町長からは不在がばれないように警備は不定期でいいとは言われているが、まずはナイトレイダーの存在を知らしめる必要があるし、住民たちとの顔合わせやごちゃごちゃとした路地の把握などやることは沢山ある。


 町を巡って見つけた一番の問題点は建物の強度だった。グローリアではレイダーは建物の屋上を移動するように定められているが、レイダー誕生以前からの建物が多いツヅミでは強度が足りずに屋上を踏み抜いてしまう恐れがあった。


 そうなると地上を移動しなければならないのだが、それだとやはり衝突の危険がある。非常時には近くの建物に避難してレイヴンに任せるという手もあるが、それでは武器を持った強盗団が複数の方向から攻めてきた場合、対応しきれずに被害が大きくなると考えられた。


 レイヴンはまず状況を確認できるような比較的高い建物の強度を確認。それから足場にできるような建物を一か所づつ調べて、屋上にマークを描いてもらうよう協力を要請。


 そして何度かの会合を経て次のように取り決められた。


 レイヴンに助けを呼ぶ際には信号弾を頭上に発射する。

 それを受けて町のほぼ中心部にある時計台から鐘が鳴らされる。

 レイヴンは高い建物に上ってそれを確認。

 複数の現場がある場合には、まずレイヴンが目視して近くにある現場に直行。

 その後は時計台から鐘の回数とリズムで場所を知らせる仕組みで指示を出す。


 これはどこに行くかの決定権を町が持つことで、被害が発生した場合のレイヴンの責任を軽減する目的がある。住民たちもたった一人のナイトレイダーで全てが解決するとは思っていないが、それでも感情的になってしまうことは予想されるので、予め定められることとなった。屈強なナイトレイダーならともかく、まだ十二歳の少年に責任を被せるのは気が引けたのだろう。


 レイヴンはツヅミの住民たちと徐々に友好関係を築いていった。


 それから三週間が経った。


 レイヴンは朝の巡廻警備に出掛けようと扉を開く。

 すると次の瞬間、目の前に濃い顔がどアップで現れた。


「うわっ! カーラ先輩、驚かさないで下さいよ」


 カーラの唇と触れあいそうになるもバックステップして屋内に戻る。


「……良い反応、どうやら準備はできているようね。レイヴン」


 引越し以来、カーラは何度かレイヴンの家に様子を窺いに来ていた。

 住民たちとの関係やレイヴンの体調、精神状態のチェック。


 それはカーラが敬愛するフランクのさらに上からの命令によるものだが、彼女自身もレイヴンのことが気になって命令された以上の頻度でやってきていた。そのたびにお土産を持ってきてくれたので、ナナとも顔見知りである。


 ちなみに仲良くなって”カーラちゃん”と呼ばせようとしたが、これは失敗に終わっている。


 レイヴンは今日も自分の様子を見に来てくれたのかと思っていたが、なにやら雰囲気が違うことを感じとっていた。


「レイヴン、今日はあっちの仕事よ。着替えてきなさい」

「……はい」


 あっちの仕事とは巡廻警備ではなく、総司令直属部隊としての仕事である。これまではツヅミでの生活に慣れさせるために配慮されていたが、カーラの報告を受けたグレイクがGOサインを出したことで初めての仕事が回ってきたというわけだ。


 レイヴンは部屋に戻ると、赤と青のラインが入ったナイトレイダーの制服を脱いで私服に着替え直した。服の指定は特にない。黒い鎧に合わせても金属化すれば結局破れてしまうのだから。予備の服をバッグに詰め込んで一階に下りた。


 準備を終えると任務の詳細を聞くためにカーラの待つ居間に行く。

 ここで同居人のナナにも席をはずしてもらう。


 ただ、ナナの高性能な集音機器が二人の会話を確実にキャッチしていたことは、カーラは疎かレイヴンも知らない事である。


「目的はハルローブ付近にいる魔導士たちを探し出しての強襲。いったんグローリアに戻ってそこから乗り換え、その後は徒歩で移動よ」


 ハルローブは国境付近の町である。

 ※GAとイグレアスに国交はないが便宜的にそう記す。


 現在空爆が続いており、魔導士たちの目撃情報がハルローブ近辺で相次いだことで出撃を命じられることになった。国境沿いを守っているナイトレイダーは年々人数が減らされ、この手の任務は中央所属の別動隊に任せる事になっている。


 GAは発電所などの重要施設や守るべき技術者がどんどん増加しているのに対して、レイダーコアの製造限界のためにナイトレイダーの数が追い付いていないのだ。


 レイヴンが改造手術を受けた機械は大きな機械で、仕組みは解明されていないが、各地から採掘した金属を投入口から入れると僅かであるがレイダーコアの材料になるということが判明していた。死亡したレイダーから回収したコアをいれた場合には、ほぼそのまま再利用されることも分かっている。ただ使えるようになるまで数カ月単位で時間がかかってしまう。


 そんなわけで慢性的な人手不足を補うのが便利屋フランク・マクドネルが隊長を務める総司令直属部隊である。


 家の外ではナナが表情を変えずに待機していた。表情に変化がないのは、変化させる機能がないわけでも感情回路が故障しているわけでもない。


 純粋に経験不足のため、どのような表情にするべきか理解していないだけだ。

 話を終えたレイヴンが家の外に出てきて、ナナにお願いする。


「ナナ、これからしばらく留守にするから、町長には伝えておいて」

「畏まりました」


 ナナは頭を下げてレイヴンを見送ると町に向かって行った。

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