第11話 サバイバル訓練

 

 グローリアから南西に進むと見えてくる広大な穀倉地帯。そこでは多くの穀物が生産され、加工工場を経て南大陸各地へと輸送されている。嘗ては魔法王国イグレアスの魔導士に狙われることもあったが、GAも同様に魔法王国の穀倉地帯を強襲した結果、お互いに食料は狙わないという暗黙の了解のようなものが出来上がっていった。


 今回のサバイバル訓練の目的地は穀倉地帯からさらに南下した場所を通るテルハローナ川沿いだ。川縁かわべりは穏やかでまだ少し寒さが気になる気温だが、代謝が活発なレイダーにとっては過ごしやすい環境といえる。


 訓練の目的はもちろん厳しい環境で生き残ること。ナイトレイダーは任務の性質上、長時間の戦いや潜伏活動をする必要も出てくる。任務前には保存用の食料が支給されるが、それだけでは補えない場面もある。そのため水分の確保や食料の調達などを覚える必要があった。


 というのが建前ではあるのだが、実際にはレイダー訓練学校での一年間お疲れ様のレクリエーションとしての意味合いが強い。生徒たちはまだ六、七歳の子供でありながらも、元気に遊ぶ他の子供たちには目もくれずに努力してきた。それは愛国教育の成果ではあったものの、そんな子供たちに対して教師は尊敬の気持ちを抱いており、勿論上層部にも反対する者は皆無だった。


 実の所サバイバル訓練自体は予定されていた行事だったので計画自体は既にあり、それが前倒しにされたに過ぎない。期間が長くなるという変更はあったものの、概ね予定通りといったところ。


 一行は朝一番にグローリアを出発して20kmほど南下。もちろん車などは用意されておらず自らの体を操って向かう。トレーニングの一環だが、生徒たちは荷物を背負いながらも苦しむ様子は全くない。むしろ普段よりも元気が良いくらいだ。


「さあ、到着だ」


 テルハローナ川付近は西に草原地帯、東に森林地帯が広がっており、それぞれの地域での生活を学ぶのには適した土地である。昼前に到着した生徒たちはまず昼食の為に四つの班に分かれて魚取りに向かう。食料も持ってきてるが、それは念のためであり、基本的には任務を想定して現地調達する。


 今回の様に隠れる場所がない所で食料を採るのは目立ってしまうので、極秘任務のあるレイダーにとっては避けるべきことだが、生活の知恵を学ぶという点で考えれば有意義な体験となるはずだ。ただし魚取りは釣りや罠だと時間がかかるので、手づかみでとらなければならない。


「レイヴン! そっち行ったぞ」

「任せて!」


 レイヴンたちは皆で協力して魚を追い込んで昼ご飯を調達していった。レイヴンが所属する第五班は寮生の四人にトトを加えた五人だ。レイヴン、エッジ、トトはクラスのトップ三だし、獣人のロコニャンとニコミァンは自然と共に暮らしてきたのでそれぞれ器用に魚を捕まえていく。


 ちなみに他の班はどうなっているかといえば、中々に苦労している様子である。一番の原因は川の流れだろう。大人よりもはるかに能力の高いレイダーであるが、子供たちの体重はまだ20~30kg。金属化しても質量が変化するわけではないので激しい流れに溺れてしまうこともある。溺れれば当然死亡する。流されまいとして力をこめれば逆に地面を削ってしまう危険もある。そういった理由で本来の力が出せないでいた。


 とはいえテルハローナは深い川ではないので溺死の心配は少ない。だがグローリアで生活して来た子供は土の地面や自然の川で遊ぶことが許されるような環境ではなく、まだ慣れていないことが一番大きかった。さらに泳いだことのない者もいることが判明したため、急遽午後から少しだけ深い場所での水泳の授業も組み込まれた。


 いち早く準備を終えたレイヴンたちは、森に入って着火剤となるような葉っぱと枯れ木を順調に集めにいく。特にロコニャンたちの手際が良い。順調すぎてニコミァンなどは枯れ木を四人に任せて野生のブドウの収穫を始める始末だ。


「美味しいのよ~」

「すっぱいけど癖になるね!」


 草木を掻き分けて川辺に戻ろうとするとロコニャンが立ち止まった。地面を見つめて、ふと考え込む。なぜこれがここにあるのだろうかと。


「これを見て欲しいんだ」

「うんこだ!!」

「うんこなのよ~」


 それはヤヌヒと呼ばれる体長70cmを越える四足歩行の哺乳類の糞だった。鋭い牙と灰色の毛並みが特徴的なヤヌヒは、集団での狩りを得意とする動物で足も速い。


「それがどうしたんだよ? 肉食だったとしても俺達レイダーには関係ねえだろ」


 トトが自信満々にロコニャンに詰め寄った。レイヴンやエッジも黙って聞いているが考えはトトと同じだ。確かにレイヴン達ハーフレイダーの皮膚であれば、自慢の牙でも食い破ることはできないだろう。体重では負けていても相手ではない。だがロコニャンの心配は別にあった。


「ヤヌヒは僕たちが住むシルワールの森にしかいない動物なんだ……」


 ロコニャンは生態系の変化による周囲への影響を話そうと思っていたのだが、自分の中でも難しい話を消化しきれていないこともあり、上手く伝えられなかった。結局エッジの提案で、イオスたちに知らせることで話題は終わりになった。だが報告を受けたイオスも現場の戦闘員をやっていた身であり、訓練終了後に報告を行う約束をするにとどまった。


 川に戻った第五班は気を取り直して食事の準備に取り掛かる。マッチを擦って葉っぱに火を付ける。そこにとってきた枯れ木をのっけて火を大きくしていく。掴まえた魚から滴り落ちた油が煙になってレイヴンを刺激する。山育ちのレイヴンは何度か魚の干物でしか食べた記憶しかなかったが、グローリアに来てからはクララが料理してくれることもあって大好物になっていた。大きく口を広げて頭から丸かじり。


「うまーい!!」


 他の班に先んじて食事にありついた第五班の面々は、昼食後の時間を散歩したり、ブドウを配ったり、体を休めたりしてゆったりと過ごした。


  サバイバル訓練に日目の朝、朝食を終えた各班は円錐状のテントを片付けて荷物をまとめると戦闘訓練のために森に向かった。


 そもそも、何故これまで格闘訓練を行っていたのか。もちろん対魔導士というのが一番であるが、魔法を操り直接攻撃をしてこないのでそれほど必要性は無い。街の治安維持という側面もあるが、なんといっても裏切者のレイダーを相手にしなければならないことが大きかった。


 比較的待遇の悪いハーフレイダーだけでなく、正規のナイトレイダーですらGAグラン・アーレから離脱したり、魔法王国に買収されてしまう者が現れているのだ。本来あってはならないことだが、レイダー改造手術が確立された直後などは特に即戦力となる軍事力を欲していたため、性格や思想のことを詳しく調査せずに身体能力に優れる者に対して優先的に改造手術を施した。その結果として、レイダー対レイダーを想定した訓練を行う必要ができてしまったのだ。


 そして戦いはレイダーの技量だけで勝負がつくのではない。拮抗した状況になれば僅かな隙が命取りになる。小さな落とし穴に片足を踏ませるだけでその状況を作りだせてしまう。普通の人間であろうともレイダーに対して脅威になりうるのが森と言う環境だ。そのため姿や罠を巧妙に隠せる森というのは、GAを離脱していった山賊や強盗団にとっては格好の住処だった。


 イオスとルウはこれまで経験した森での戦いを若きレイダーたちに伝えて、実際に戦闘させる事にした。ひとまず罠のことは置いといて森での実践経験を積ませる目的だ。罠どうこうの前に実力を発揮できなければ戦闘力以前の問題となる。


 まずはベルナールとロンドンの個人戦。能力的には両者ともに上位十名に名を連ねる実力者で、これまでの対戦成績でも互角の戦いを繰り広げていた。


 だが開始の合図と同時に動きだした二人の戦いは、とても上位同士にはとても見えなかった。


「うわっ、地面がぬかるんでる」

「バランスがとれない……」


 両者ともに土から飛び出た木の根や雨で緩んだ土に足を取られることが多発。なんとかしようと力を入れて蹴りだすと今度は滑って転げてしまう。


「そこまで!」


 中々決定打がでない状況にイオスは引き分けを突きつけた。


 次はトトとアッシュの戦いだ。アッシュは編入当初のトトにコテンパンにやられてから自分を見失っていた。そして二歳年上のトトに負けるならともかく、それまで田舎者と馬鹿にしていたレイヴンにも負け続けてしまう。アッシュを支えていたのはボロボロになりながらも残った小さなプライドだけだった。


「絶対勝つ」


 小さく自分に言い聞かせた言葉はすぐに否定されることになる。言葉でも戦闘でも。トトは無常にも「そりゃ無理だ」と言い放つと開始の合図を待った。


 トトは努力家でもあるが、観察眼にも優れるタイプだ。

 開始の合図とともにアッシュがダッシュをかけてトトに接近する。

 対するトトは一歩も動かなかった。


「こいつ! なんで動かない?!」


 トトは戦闘開始前にアッシュの足元を見て、飛び出てくることを確信。

 自らはその場から動かずにカウンターをとることを選択した。

 緩い地面から飛び出たアッシュのスピードは自身の最速からもほど遠い。

 そうなればリーチに勝るトトのカウンターから逃れる術はなかった。


 まさしくあっという間、一瞬の出来事だった。

 アッシュは顎を打たれて膝から崩れ落ちた。

 対戦は次々と行われていき、いよいよレイヴンの番がやってきた。

 相手は基本的に実力の近い者同士でやるようだ。


「次、エッジとレイヴン」


 レイヴンはアッシュと同様に開始すぐにエッジに突っ込んだ。

 だが当然無策ではないのはエッジは直感で理解していた。


 レイヴンの成長速度は凄まじかったが、入学当初の貯金もあり、なんとか互角の勝敗に持ち込んでいた。エッジの背中を追いかけるレイヴンの心境とは正反対に、エッジは取り残されないように必死に食らいついていた。そんなエッジが警戒を強めるのは当然のことだろう。


 レイヴンはエッジまであとわずかの距離でわざと木の根に足を引っ掛けて減速。

 反動を利用して後ろ回し蹴りの姿勢へと移行した。

 エッジはそれを寸前で察知。後方に軽く跳躍してカウンターをかけようとした。

 防御ではなく回避。これが勝負を分けた。


「(躱されるのは想定内っ!)」


 レイヴンの右足は空を切りながらも靴底に付着した泥をエッジの顔面に飛ばした。


 それと同時に軸足ごと空中に飛び出す。

 レイヴンは奥にあった大木を利用してエッジに向けて方向転換。

 泥で視界を奪われたエッジはなんとか顔面をガードするも、レイヴンはボディに強烈な一撃をお見舞いした。


「そこまでっ! 今のは環境を利用した良い戦い方だったね」

「はいっ!」


 勝敗が決したことでレイヴンはエッジを立ち上がらせようと手を差し出した。下を向いたエッジの表情は悔しさで溢れていた。


「くそっ! ……今度は俺がレイヴンを追いかける番だな」


 レイヴンは今までにないほど悔しがる姿に気圧されたものの、それを押し殺して普段通りに戻ったエッジにほっとしていた。だがそれと同時に負けたくない気持ちも沸いてきていた。


「うん。僕だって負けないよ!」


 それに応えたのはエッジではなく、様子を窺っていたトトだった。


「それじゃあ、とびきり強くなってくれよ。俺と互角に戦えるくらいにな」


 そうじゃないと戦闘訓練にならない。トトは冗談めかして言っているが、その目は真剣そのものだった。トトの相手になるのは訓練学校ではイオスとルウくらいのもの。だがその二人はクラス全体を見なくてはいけないし、訓練でも格下のトトに対しては明らかに手を抜いてくる。それは実力的には仕方のないことだが、トトはヒリヒリした緊張感の中で己を高めようとライバルを求めていたのだ。


 そのため見込みがないと判断した者には興味を示さず乱暴な口調になり、逆に将来性がありそうなレイヴンとエッジには親身になって鍛えあげようと考えていた。激情型のヒメタンに対しては、いじって楽しんでいる節があるがあくまで例外である。


 すべては自分が強くなるため、そして自身に屈辱を与えた年上のレイダーであるカーラを越えるためにトトは執念を燃やしていた。

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