第10話 想像力は大切です

 レイヴンがグローリアにやってきて初めての冬を迎えていた。


 これまでは比較的温暖な環境で体調を崩すことなく平穏無事に暮らせたし、少ないながらもエッジやヒメタン、トトといった友人もできた。ロコニャンたち獣人とも少しずつ打ち解けてきた。レイダーとしても順調に成長し、クラスでも三位の実力者だ。


 レイヴンたちのグループは上位を独占しており、その要因としてトトの存在が大きかった。二歳年上ということもあって10cm以上身長に差があるので腕や脚のリーチも違う。レイヴンとエッジにとっては常に創意工夫して戦わなければいけない相手であり、それが頭の柔軟さを生み出していた。


 正面から戦うだけじゃなくフェイントを使ったり、防御もただ受けるだけでなく捌いて攻撃につなげるなど攻防一体で考える。今はまだ子供の浅知恵程度のものだが、着実に知識と経験を溜めこんでいた。


 そして今日も朝からエッジと自主的な早出の格闘訓練。午前中は教養の授業なので少しくらい疲れても問題ない。トトは朝練は一人でやるし、ヒメタンは母親の手伝いがある。よって二人きりの練習になる。頭部と急所以外の打撃ならなんでもありだ。自主練では禁止されている金属化メタライズまで使用し、子供らしい無鉄砲さを発揮していた。


 エッジは右手指先から肘まで金属化できる。

 その右を活かすための左ジャブを放つ。

 レイヴンはフットワークで躱していくうちに、新しいやり方を閃いた。


「(避けても同じ事を繰り返すだけ。左を受けたら強い右がすぐに来る。でもここは敢えて左を受ける!)」


 ただし受ける場所はレイヴンが金属化できる胸の部分だ。

 今は服を着ているので黒く金属化しているのはエッジからは見えない。

 レイヴンは他の生徒と比べて金属化できる面積が広いので広範囲を防御できる。


 レイヴンはエッジの左に合わせて腕のガードを下げて僅かに前進する。

 目を見開いて驚くエッジ。

 まさかガードを下げるとは思っていなかったのだろう。


「えっ、なんで?!」


 次の瞬間、エッジの左拳に衝撃が走った。


「痛っ」

「(隙あり!)」


 レイヴンは右足を強く踏み込むと左ひざで蹴りあげた。

 エッジは迫りくる膝と自分の腹の間に何とか金属化した右手を滑り込ませる。

 レイヴンはエッジを後方に吹き飛ばしたが、当たり所が悪く追撃できなかった。

 両者が傷ついたことで今朝の訓練はここまでとなった。


「今のよく反応できたね」

「偶然偶然。それよりレイヴンもガードを下げるなんて思い切ったな」

「なんか急に閃いたんだ。でもやっぱりエッジの右腕みたいに使いやすい所を金属化できた方がいいなぁ」


「まあそうなんだけど、いい事ばかりじゃないよ。あと一年すれば二度目の手術で全身金属化できるようになるだろ? それを考えたらさ、やっぱり右に偏りが出るのって良くないと思うんだよな」

「ないものねだりだね」

「そういうことだな」


 反省会をする二人の前をクラスメートの三人組、特にリーダー格のアッシュが鋭い眼光を向けて通り過ぎて行った。所々できたばかりの小さな痣や傷が見える。彼らもレイヴン達に追いつき、追い越すために別の場所で訓練を行っていたようだ。レイヴンとエッジも負けじと睨み返す。


「……負けてらんねえな、レイヴン」

「うん!」


 教室に戻って授業の準備をしていると副担任のルウが入ってきた。本来であれば午前中は一般教養なのでルウやイオスの出番はない。ところが訓練学校はできたばかりなので、授業内容にまだまだ穴がある。そうなるとサプライズ的な授業変更が度々起きる。勉強よりも運動する方が好きな生徒たちばかりなのでこれには大喜び。


「突然ですが授業内容を変更します。レイダーの変身についての予習だから、ちゃんと聞くんだよ? じゃないと酷いことになるからね。それではアシスタントのイオス君です。皆さん拍手~」


 ルウに促されてまばらな拍手が起きると、全身ビチビチの服を着たイオスが入ってきた。どことなく苛立っているように見える。誰に対してかは言うまでもないだろう。こんな余興を考えた張本人にだ。


「ではイオス君、お願いします」


 ルウの合図とともにイオスは全身を金属化させる。特に力を入れるわけでもなく自然体のままで全身が鉄色に変わり始める。それまでの厳つい顔は鋼鉄のフェイスガードで隠れ、僅かに膨張した肉体によりシャツはビリビリに破れた。


「おおー!」


「見て分かったと思うけど、金属化すると一回りだけ体が大きくなって、着ている服が破れちゃうの。だからレイダーは普段から少し大きめの服を着ているのね。それでも激しい動きをしたらすぐに駄目になっちゃうんだけど。そこで大事なのがイメージ力!」


「イメージ力?」


「そう。レイダーは表面の金属の形をある程度自由に変化させられるのよ。でも反対にイメージ力がなくて変化できなかったら……とんでもないことになるわ」


 どことなく楽しそうに話すルウとは反対に、生徒たちは息を呑んで続きを待った。


「もし任務中に服が破れたら裸になってしまう……つまり硬くなったお〇んちんとか、おっ〇いが丸見えになってしまうのよ!!」


「…………大変じゃないですかっ!」


 そしてイオスの下半身を指さした。


「そうよ、でも大丈夫だからね。イオス先生を見て!下半身にズボンを穿いてるように見えるでしょ? イメージ力があれば服が破れても大丈夫なの。でも本当はいい大人なのに真っ裸なのよ!!」


 実際には多くのレイダーはパンツ一枚を覆うくらいはできるが、ルウは大袈裟に伝えていた。これには流石に「いい加減にしろ」とツッコミが入った。


 

 教室では服を着替え終えたイオスが、涙目のルウに代わって授業を再開した。


「これから金属化した時に自分がどんな姿になりたいかを実際に描いてもらう。あくまで仮のイメージだから難しく考えなくていい。だけど隠したい所はちゃんと隠せよ」


 ということでお絵描きタイム開始。皆が頭を捻りながら考える中、獣人のロコニャンとニコミァンは太い指を器用に使って自分の姿そっくりに形作っていく。ただし絵ではなく粘土でだが。教師陣はそれを咎めることなく作業を進めさせた。


「器用だな、ロコニャン。だが今の姿と変わりがないぞ? どういう風に考えてるんだ?」

「僕は元々もじゃもじゃだから隠す必要なんてないんだ。自分の体毛の一本一本を固くするイメージなんだ」

「私もなのよ~」


 隣のニコミァンも同意した。


「なるほど。イメージは難しいがそれができれば攻撃にも防御にも使えそうだな」


 他の生徒たちも徐々に描き始めている。形状として多いのは手足の先端に突起物を付けて刺す構造だろうか。子供の体格では一撃の重さは増えにくいので裂傷によるダメージを狙っているのだろう。


 他には頭部に出っ張りを造って、ロケットのように頭から魔導士に突っ込むことを考えている生徒もいた。目で敵を確認できないのが弱点だが、アイデア自体は面白い。


 さてさてレイヴンはというと、画用紙に自分の背中から羽が生えてくる姿を描いていた。


「ふむふむ、なるほどね。空を飛べたらレイダーとしては第一号だね」

「はいっ!」


 鳥みたいに高く飛んでみたい、それは子供の頃からの夢だった。周りの生徒が呆れた視線を向ける一方で、イオスは真剣な顔つきで考え始めた。


「人間の体重で空を飛ぼうとしたら相当大きな羽じゃないと駄目じゃないか? 鳥は羽を広げた時に自分の体より二倍以上も広くなる。となると、仮に羽を形作れたとしてもメタリアルが少なすぎてレイダーとしての強度、硬度を維持するのは難しいな。レイヴン、今はとりあえず自分の体周りのことだけを描いておけ」


「……はい」


 がっくりするレイヴンを励ますようにイオスはクラス全体に語り掛けた。


「羽ってのは確かに突拍子もないが考え方としては面白いぞ。皆も否定から入るんじゃなく色々アイデアをだしてみろ。戦い方もどんどん変わっていくし、ちょっとしたことが生死を分けることだってあるんだからな」

「はいっ!」


 レイダーの鎧はただの防具ではない。形状によっては風を味方にし、自分の実力以上を引きだしてくれる。逆に風の抵抗をまともに受ければ、逆境に追い込まれてしまう諸刃の剣とも成り得る。


 さらに体の成長に伴って戦い方も変わるので、ずっと同じ形状という訳にはいかない。常に頭の片隅に置いてアップデートする必要がある。ただ魔導士対策を考えればスピードを追求した形状になるのが一般的だ。


 とはいっても生徒たちはまだ六~七歳の少年少女。彼らのこだわりは顔面部分の形状だ。ヒーロー番組のような娯楽はないが、政府が出資して書かせた架空のレイダーたちが活躍する新聞小説からイメージを膨らませていた。生徒たちが尚も妄想力を働かせていると、窓の外からけたたましい悲鳴が聞こえてきた。


 窓側の生徒たちが思わず外を見た。そして嫌な事を思い出したようにどんよりとした表情になって作業に戻っていく。その様子にレイヴンは不安を感じつつもひと目見ずにはいられなかった。


「(子供の声?)」


 レイヴンは窓の外を見て理解した。悲鳴が漏れてくる建物は、約一年前に自分たちがレイダーになる際に、体の変化に耐えていた地下隔離棟の方向だった。


「(というかこんなに声が漏れてたの? それに新入生が入学してくるには早くない?)」


 その問いにはイオスが答えてくれた。


「前回の反省を踏まえて、準備ができ次第順次レイダー改造手術をうけさせる方針になったんだ」


 つまりこれは一期生の反省を受けて組み直された通常通りのカリキュラムだ。レイヴン達の代では改造手術後のリハビリを含めて生徒たちによって差が出てしまい、その後の教育度合いにズレが出てしまった。それを改善するために予め手術を受けさせて、リハビリも済ませてから入学する段取りに変更されていた。


 ただレイヴンは遅れた分を取り戻すように必死になって訓練に励んだ結果、クラスでも上位の成績を取る事が出来たし、エッジと友情を育む時間になった。そういった可能性を捨て去るのはどうかとの意見もあったが、逆に後れを取り戻せずに落ちこぼれてしまう危険も指摘され、結局は教育のしやすさの観点からスタート地点を揃えることになった。


 これにはちゃんと利点もある。レイヴンのように遠方からきた生徒が、グローリアの環境に馴染むのに必要な時間が確保されるようになったのだ。一年生の学校と新しい生活、二つの環境に同時に慣れなければならなかったので、その分生徒の負担になっていると考えられていた。僅かな期間ではあるが、それをなくすための措置でもあった。


 だがこの先暫くの間、叫び声を聞かされ続ける生徒たちはたまったものではない。この決定をした上層部は完全にこの問題を失念していた。


「ってことは、この声が続くってことですか!?」


 これにはイオスも押し黙って考え込んだ。流石にこの状況で授業に集中させるのは無理だと察したのだ。


「上に色々と打診してみる」


 そういって授業を終わらせることしかできなかった。イオスとルウの上申により、その日の内に今後の授業内容の変更が通達された。それは初めてグローリアから離れた場所で行われる授業で、野外でのサバイバル訓練が実施されることが決まったのだった。


 これには生徒たちも大喜び。だがレイヴンは忘れていた。学校まで悲鳴が届くと言う事は寮にも聞こえると言う事を。結局レイヴンたち寮生は寝不足のまま翌日を迎えることになった。

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