第9話 必要のない恐怖心

 

 夕食前、レイヴンは今日もまたクララに報告会をしていた。


「それでさ、今日はエッジが風邪でお休みだったからなのかな、アッシュたちが絡んできたんだよね」


 アッシュたちは入学当初からちょっかいをかけていたが、レイヴンはへこむでもないし、止めてと言うわけでもなく平然としている。それが逆に彼らの神経を逆撫でした。レイヴンとしては、訛りが残っているのは本当の事だが恥ずかしいという気持ちはないし、鉱山の大人たちの方が遥かに口が悪いので特に気にならなかったが、それが裏目に出ている状況だった。


 ヒメタンはレイヴンを庇う事もあったが、エッジがいないならトトに近づきたくないと感じていたことと、あまりにレイヴンが気にしていないことから助けることもなくなっていった。ヒメタンいわくレイヴンは喜怒哀楽の怒が抜けているとのこと。レイヴンはそういわれても確かにその通りだな~くらいの反応しかない。


「そしたらトトが言ったんだよ。他人の事ばっかり気にしてるから順位が落ちるんだよって」


 実際には語尾に「ばーか」と付いていたのだが、そこは省いて説明する。レイヴンは前回の能力測定テストで彼らを抜いて、トト、エッジに次ぐ三位の成績を修めていた。


「レイヴンのこと助けてくれたのかもね」

「そう……かも」


 レイヴンは今までの事を思い出す。トトは他の生徒たちには口が悪いが、自分とエッジにだけは普通に話す。ヒメタンには喧嘩口調で話すけど、それは何かの裏返しかもしれない。となると、やっぱりクララの言う通りかもしれないと感じていた。


 「でも友達に頼ってばかりじゃだめよ、レイヴン。キッて睨み返さなくちゃ」


 クララは鼻息荒く両こぶしを握ってレイヴンを鼓舞した。その姿は全く迫力がないものであったが、レイヴンをやる気にさせるには充分だった。


 翌日、訓練学校ではイオスに対してアッシュたち三人組が意見していた。


「先生、そろそろ対魔導士の訓練を始めるべきではないでしょうか?」


 ハーフレイダーになってから既に六カ月が経過している。それにも関わらず訓練は基礎能力の向上と格闘訓練、非常時の対応などの繰り返しだ。彼らでなくとも次のステップに進むべきだと考える生徒は少なくない。多くの生徒がアッシュの意見に同意するように頷きながら話を聞いていた。


「……お前らの考えは分かった。ではその前に一つ試してみよう」


 そういってイオスは教卓から二丁の拳銃を取り出して両手で構えて生徒に向けた。向けられた二人の生徒、ベルナールは両腕を顔の前で交差して防御し、ロコニャンは地面を蹴って横っ飛びして他の生徒の後ろに隠れた。生徒たちは何故イオスがそんなことをするのか意味が分からず呆気に取られていた。


「二人とも、何故避けたり防御しようとしたんだ? 拳銃の弾なんて急所に当たったってレイダーならば問題ないはずだ」


 そして銃口をずらして別の生徒にも向ける。思わず反応する生徒たち。


「つまり、魔導士と戦う前に恐怖心と戦えってことですか?」

「その通りだ。今までの常識に囚われていれば戦うことすらできない」


 トトの問いに対してイオスは強い口調で応えた。


「おさらいを兼ねて質問するぞ。魔導士が使う魔法は火、水、土、風の四種類。じゃあ、ロンドン。火の魔法に対してレイダーはどう戦えばいいか説明しろ」


「はい、レイダーにとって火の魔法は脅威じゃないです。長時間焼かれるなら別ですが、短時間であれば金属化メタライズする前の体でも耐えられます。なので火の魔法は無視して攻撃します」


「そうだ。奴らの火魔法はレイダーの融解温度には届かないし、短時間なら火傷になることもない。だから気にしないで攻撃するのが正解だ。消防隊には必ず救助用のレイダーが配置されてるよな」


 イオスはクラス全体を見回した。これまでの授業内容で話している事なので、理解しているか確認中だ。


「恐れる必要のないことまで用心してたら作戦が失敗することになる。一瞬の躊躇が命取りになることだってある。仲間の命を危険に晒すかもしれない。残念ながら魔導士と戦う訓練はできないので、何度もシミュレートすることが重要だ。今後の授業で先輩レイダーたちの話を聞く機会がある。その時どんな攻撃をしたのか、されたのか、じっくり聞いてみるといい。そして自分だったらどう動くのかを考えておくんだ。そうすれば今やってる自分の体を思い通りに動かす訓練が活きるはずだ」


「はい!」


「それでは今日は予定を変更して火魔法に対する恐怖と戦ってもらうことにする。なに心配する必要はない。ただの消防隊の訓練と同じだ。消防隊員役と要救助者役に分かれて延焼中の建物で訓練だ」


 女子生徒の手が挙がった。イオスが指名する。


「はい、先生。それだと髪の毛は燃えちゃうんじゃないでしょうか?」


「もちろん燃える。着ている服も燃えるぞ。お前ら戦闘中生きるか死ぬかの戦いで髪の毛を気にして戦うのか?違うだろ」


 その言葉に女子生徒を中心に非難の声があがった。入学から既に七カ月以上が経過しており、イオスに対する恐怖も薄まってきている。生徒たちはまだハーフレイダーなので髪の毛をガードできない。特に獣人の少女ニコミァンの顔つきは真剣だ。獣人レイダーの毛は人間の髪よりも燃えにくいという研究結果もあるのだが、なにしろ全身毛だらけなので心配も当然だろう。


「先生それはあんまりなのよー」

「そうだそうだ」


 だがそれに対してイオスの回答は単純明快だった。


「燃やしたくないなら、火を恐れずにさっさと救助しろ」


 そうして訓練が始まると、女子生徒たちがキビキビと状況判断よく動き、成績上位を独占することになった。

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