第7話 秘められた能力

 

 レイヴンはエッジと並んで順番待ちしていた。


 最初に走った2人は静かに走ることを優先したため全速力で走れと言われ、その後皆は必死に走ったが、今度はそれだけでは駄目だと注意されていた。


「おい、アッシュ。もう座学で習ってるよな。魔導士が攻めてきた時、レイダーと住民はそれぞれどのように動くことになってる?」


 アッシュは授業が始まって以来、座学でも運動でもクラスメートをリードしている存在だ。少しだけ自尊心が高く他者を見下しがちだが、それは努力を繰り返してきた自信によるものだ。


「はい、住民が地上の道を使います。レイダーは建物の上を走って移動します」

「(へー、そーなんだ)」


 全速力のレイダーと一般人がぶつかれば大参事は免れない。それを避けるための規定である。レイヴンがいない間に座学は既に始まっており、これからしばらくの居残り補習が決定していた。


「そうだよな……そのために建物の屋上は移動しやすい形になってるなよな。でもよぉ、いくら頑丈に造られてるからってそんなにバタバタ走ってたら天井が抜けるぞ。それでいいのか?」

「よくありません!」

「だったらもっと静かに走れ!」

「はいっ!!」


 次々と生徒たちが走っていく。イオスに指摘された課題をこなそうと皆必死だ。


「(みんな、結構できてるじゃん)」


 実際にはそうでもないのだが、レイヴンにとっては遥か上に見えてしまう。不安そうなレイヴンを見て、エッジがこそっと話しかけた。


「大丈夫だよ。先生もレイヴンが遅れてきたこと知ってるから、失敗しても大目に見てもらえるって」

「うん、そうだね。ありがと」


 レイヴンは肯定したが、そうなるとは思えなかった。鉱山で働いていた時のことを思い出す。


 鉱山でミスをした時に周りの大人たちはアドバイスはくれたが、直接助けてくれることはなかった。それはレイヴンを一人前に育てようとしていたからに他ならない。


 五歳児に対する態度として適切とは言えないかもしれない。だがレイヴンは自分を大人として、対等の仲間として見てくれているように感じて嬉しく思っていた。


 その考え方に当てはめれば、イオスは一人前のレイダーを育てようとしているのだから、採点を甘くするなど絶対にない。レイヴンはそう確信していた。


「次、エッジとレイヴン」

「はい!」


 スタートの合図とともにエッジが前に出た。

 レイヴンは付いて行けない。

 だがこれは仕方のない事だ。


 レイヴンは目覚めてから二日間、力を抑える訓練はしていても全力を出すことなど一切なかったのだから。


 レイヴンは難しく考えることを止めた。

 全力で走る事、静かに走ること。

 どっちもできないのなら片方に専念して頑張ろう。

 それだけを考えてエッジの背中を追いかけた。


「(静かに走るのは諦める。せっかくエッジが前にいるんだから、離されないように付いて行くんだ!)」


 手術前の能力テストでは、エッジとレイヴンはほぼ同タイムだった。

 それが今は大きく引き離されている。

 ならばそれはレイダーとして上昇した能力の差なのか?


 断じて否である。


 レイヴンのレイダーとしての資質は同期の誰よりも大きい。

 その身に宿った可能性のつぼみが開花の時を迎えていないだけだ。

 それにも関わらず、力の一端を見せつつあった。


 ゴールまであと10mを残すだけになると、二人の差はさらに広がっていた。

 ここからレイヴンが追い上げを見せる。


「(なんだろう、この感じ。体が凄く軽い……)」


 レイヴンは感覚に身を任せて走る。足取りもどことなく軽やかになる。


「(もしかして追いつけるかも!)」


 だが流石に距離が短すぎた。エッジがゴールし、遅れてレイヴンもゴールラインを越えた。


 コンマ数秒だけの超加速。レイヴンはその時間、同期の誰よりも早く走った。だが生徒たちは、止まり方が分からずに片づけ途中の瓦礫に突っ込んだレイヴンを見て笑っているだけだった。


「いててて……僕、かっこ悪いなぁ」


 レイヴンの速さに気づいたのはゴールの瞬間振り返ったエッジと教師だけ。


「イオス先生……あの子今……」

「…………」


 イオスは満足げに通告した。


「レイヴン・ソルバーノ、補習!」


 その言葉に生徒たちからドッと笑いが起きる。

 レイヴンは恥ずかしくなって下を向きながら返事した。


「はい、わかりました……って、靴がベロベロになってる?! ジル、ごめーん!!」



 

 補習を言い渡されてから3日後



 レイヴンはまだ課題をクリアできないでいた。これ以上のリハビリは必要ないと判断され元の暮らしに戻っていく生徒もいる中で、放課後も訓練に励んでいた。


 レイヴンは靴を壊してしまったので裸足で訓練中。もう一足を壊してしまうと外を出歩く靴がなくなってしまうからだ。小石を踏もうが画鋲に刺さろうがチクっと感じるだけなので訓練するだけならば問題ない。戦闘中ともなれば足も金属化メタライズするので、裸足で戦うレイダーもいるくらい。


 そんなレイダ―たちも普段の生活では特殊なゴム製の靴を履いている。平時の金属化は認められていないためだ。裸足で生活するような野蛮人とは思われたくないだろう。勿論、ゴムの力を借りずとも衝撃を抑えて走ることはできるが、そもそも普通の靴ではレイダーの衝撃に耐える事は難しいのだ。


 というわけで現在レイヴンの靴は修理中、というより改良中だ。レイダー訓練生とはいえ、給料はでるのでお金の心配はない。新しい靴を買ってもいいのだが、思い入れの方が勝っていた。


 そんな理由で裸足で訓練中のレイヴンだが一人きりというわけではなかった。


「一人じゃつまんないだろ?」と言ってエッジも初日から自主的に参加していたのだ。その言葉通りの意味だけでなく、レイヴンのポテンシャルを見て負けたくないと思ったことは間違いないだろう。


 それに加えて二日目からもう一人加わっていた。


 同級生の女の子、ヒメタン・トローメだ。クラスには四人の女子生徒がいるが、その内の一人は獣人で、同族の男子と毛づくろいしていて近寄りづらい。残りの三人は教室でも一緒にいるが、中でも活発なのがヒメタンだった。


「ねえねえ、エッジ君。今度は私と走ろ?」


 などと言って積極的にアピールしている。GAの女性は気が強く、意見をはっきり言う傾向がある。レイダーになろうとする者ならそれは顕著だ。そうでなくとも男性は兵役で留守になることも多いので、その分女性は家を守る意識が強くなる。ヒメタンの父親は兵士として戦って死んでしまい、気の強い母親に育てられた事で母親そっくりに成長していた。


「今はレイヴンが課題をクリアするほうが大事だから……」


 普段は強気なエッジも、押しの強いヒメタンの前ではやや弱腰で断り続ける。エッジとしてはレイヴンと男同士仲良くやりたい気持ちのほうが強かった。となると、ヒメタンはついレイヴンに当たってしまう。


「ちょっとレイヴン、しっかりしなさいよね!」


 理不尽に攻められてレイヴンはタジタジになる。なにしろ同年代の女の子と話すことなど、これまで一度もなかったのだ。緊張するのも仕方がない。そんなレイヴンを見てエッジは何やら思いついたようだ。


「レイヴンは速さは問題ないよね。だから後は静かに走ればいいんだけど……この中で一番うまいのはヒメタンでしょ。一緒に走ってあげれば?」


 エッジにそう言われればヒメタンとしては走るしかない。レイヴンと並んで走りだした。ちなみに現在教師陣はいない自主練中なので土のコースは使用不可。走り終わってヒメタンが一言。


「横目でチラチラ見ないでよ。気が散るんだから」


 というわけで今度は縦に並んでスタート。レイヴンはヒメタンの走りに何かヒントになりそうなことを感じていたが、それが何かまでは分からなかった。


「どうだった、レイヴン?」

「うーん、なんとなくは分かる気がするんだけど……」

「ヒメタン、何か気を付けてることってないの?」

「えっ、そう言われても……丁寧に走ろうと思ってるだけだよ」


 その言葉にレイヴンは思い当たりがあった。


(丁寧? 丁寧、丁寧、丁寧……そうだ!)


 レイヴンが思い出したのはジルのことだった。


 ジルは責任者なのに仕事をさぼることがよくあった。だが一日のノルマはあるので、後から急いでやらなければならない。そんな時によく言っていた言葉があった。


「こういう時は急いじゃダメなんだぜ。ゆっくり早くやるんだ」


 レイヴンはその矛盾した言葉の意味が分からなかった。ゆっくりなのに早くとはどういう意味なのだろうか?と。それを今、ヒメタンの言葉で理解した気がした。


「(そうだ。ジルはどんなに時間がなくても丁寧にやってた。そしたら結果的に仕事も早く終わって飲みに行って……。それを走りで考えるとしたら? 走るってのはものすごく急いでいるように見えるけど、一つ一つの動作を丁寧にやってみよう。バッて踏み出すんじゃなくて五本の指で順番に踏み切ってみようか。それに着地のときの重心も……前かな? 後ろかな? 色々ためしてやってみよう)」


 エッジには考え込むレイヴンが何かを閃いているように見えた。普段はとぼけた顔をしているレイヴンが何やら自信ありげに感じたのだ。


「何か思いついた?」

「分かる?」


 レイヴンが少し得意気に答えると、疎外感を感じたヒメタンが焦ったように会話に乱入した。


「ちょっと何よ! 私にも教えなさいよ」

「うん、じゃあ、もいっかい走ろうか」

「何でよ?」

「ちょっと試してみたいんだ」


 そうして再び走りだした。自信満々なレイヴンを見て、これは何かあるなと感じたヒメタンは後ろからついて行く事にした。


「すごい静かになってる……それに前より早い?」


 走り終わった二人にエッジが寄ってきた。


「すごいよ、レイヴン。全然違った。それにヒメタンも今までで一番早かったんじゃない?」


 エッジに言われたようにレイヴン自身にも手ごたえがあった。ヒメタンもレイヴンに引っ張られて、これまでにないほど良い走りできていた。


「(やった、やった、やったー)」


 そして思わず、ヒメタンの手を取ってしまった。


「ありがとう、ヒメタン。おかげでなんとかなりそうだよ」

「フンっ。私のおかげなんだから、どうやったか教えなさいよ」

「うん。もちろんだよ」


 それから三人は暗くなるまで試行錯誤を繰り返した。


 翌日、イオスの前で走りを披露すると、合格とエッジたち訓練生が寝泊まりする寮に移る許可をもらうことができた。

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