第6話 半人前のレイダー

 

 これからリハビリすることを告げられたレイヴンであったが、何のために?という疑問がすぐに沸いてきた。不思議な事に体はすこぶる健康なのだ。手足を動かして確認してもおかしなところはないし、ガラガラだった喉も改善している。


「急に言われてもわかんないよね。立って軽くジャンプしてみて。軽くだよ」

「(なんでそんなこと?)」


 と思ったが、レイヴンは素直に従って垂直に飛んだ。すると2m以上の高さにある天井すれすれまで近づいた。


「すごっ!」


 驚くレイヴンを見て、ルウはにんまりしながら説明……経験談を語った。


「これで分かったと思うけど、君の体はものすご~くなっちゃたわけなの。でもそれだと普通に生活できなくて困るよね。今までみたいにしてたら林檎は握りつぶしちゃうし、ドアを引っ張ったら外しちゃう。ちょっと気を抜いたら普通に歩いているだけでも地面を破壊しちゃうの」


「(確かに今の感じだとそうかも)」


「でもそれだと町で生活できないよね。そ、こ、で、これからやってもらうのは力を抑える訓練。だからリハビリというよりは社会復帰ね」


「(……なんか違くない?)」


 レイヴンはイマイチ納得できなかったが、ルウに先導されて食堂に案内されることになった。先程注意されたように一歩一歩ゆっくりと歩を進めて行く。


「自分の体じゃないみたいだ」


 レイヴンは自分の体の軽さに思わずスキップしてしまいたくなる衝動に負けてしまい、歩幅が大きくなりすぎて壁にぶち当たることになった。体は強化されているが脳はそうではない。自分の体を正確に動かすにはまだ時間がかかりそうだった。


 食堂に向かう途中、窓から外を見るとクラスメートたちが元気よく運動していた。一か月前に来た校舎と校庭も見える。といってもレイヴンの記憶にはほとんどないが。


「後から皆も食べに来るから、それからは一緒に行動してね」


 ルウはそういって学校に報告に戻った。残されたレイヴンは促されるまま椅子に座ると、食堂のおばちゃんから山盛りの食事が差し出された。


「ほらっ、たんとお食べ。レイダーは体が資本だよ」

「はい、ありがとうございます」


 レイダーは一般人と比べてエネルギー消費量が大きく、食欲も旺盛。二人分どころか三人分以上食べるレイダーも多い。空腹で我慢の出来ないレイヴンはガツガツと食べ始めた。三十時間以上食べていないのだから無理もない。


「おいひいです!」

「ほらほら、料理は逃げないよ。もっと落ち着きな」


 案の定、レイヴンは食べ物を喉に詰まらせると、おばちゃんが水を持って来てくれた。レイヴンは慌てて飲もうとすると、木製のコップを持った瞬間に壊してしまう。有り余る力を制御しきれていない証拠だ。


「あっ……ご、ごめんなさい」


 おばちゃんは優しい表情になり、まるで分っていたように間髪入れずに次の水を用意した。既にレイヴン以外の生徒たち全員が何かしら壊しているので慣れているのは当然のこと。それでいて笑顔で対応するのだから子供たちが懐くというものだ。まさに食堂のおばちゃんの計算通りであるのだが、優しさ自体は作りものではない。


「言っただろ? 落ち着いて食べるんだよ」


 そして慣れた手つきで片づけを済まして離れていった。レイヴンがおばちゃんに感謝して、改めて食べようとした瞬間、後ろから笑い声が聞こえてきた。


「ぷくくくく」

「へったくそー」


 声の主はベルナール・イェルチェンとロンドン・パリーセム。いずれもレイヴンの同級生だ。彼らは授業を終えて食堂に入ると、後から入ってきたアッシュ・ローと共に食べ始めた。


「(何が面白かったんだろう?)」

 レイヴンは彼らを一瞥すると気にせず再び食べ始めた。余りの空腹でそれどころではないのだ。そんなレイヴンに声をかける者がいた。


「気にしなくていいよ。あいつらだって初日は失敗ばっかだったんだから」

「(ん? 誰だろう?)」


 レイヴンはモグモグしながら顔をあげると、そこには赤みがかった髪の少年がいた。


「……よう、。俺はエッジ・レッジ。よろしく」

「んんんん」


 レイヴンの口の中は膨らんだままなので、代わりに首を上下に振って返事した。エッジの姿はレイヴンが想像していた通り強気な表情。エッジはレイヴンの正面に座ると食べながら話を続けた。


「あいつらはレイヴンに嫉妬してるんだ。レイダーになる時の痛みが激しいほど強いレイダーになるって噂になってたから」

「ふうん」


「あれっ? 興味ない?」

「今はご飯が大事」


 その言葉にエッジは豪快に笑いだした。


「そりゃそうだよね。俺もそうだったし、ごめんごめん、そのまま食べてて」


 レイヴンはエッジの優しさに甘えて食べ続けることにした。その間、エッジはクラスの皆の紹介をしてくれている。


「さっき笑ってたのがベルナールとロンドン。背が高い方がベルナールな。で、その向かいにいるのがアッシュ。嫌味な奴だけど結構凄い。手術前の動きも良かったはず……つまりは俺のライバルってことだ。もちろんレイヴンもな!」


 そういってエッジはニカッと笑った。


「(友達でライバル……なんだか面白そうだ)」


 そうして二人はがっちりと握手した。



 

 レイヴンが隔離部屋から出て来てから二日が経った。


 当初は自分の能力に困惑していたレイヴンであったが徐々に慣れてきていた。現在、生徒たちは社会復帰の途中なので、グローリアに自宅がある者も戻らずに頑丈な寮で生活していた。


 そして今日もまた校庭で訓練が行われているが、これまでと違い緊張感が高まっていた。なにしろ出張中だったイオスが戻ってきたのだ。否が応にも高まるというもの。


 怖がられていたイオスはといえば、生徒たちから離れてこれまでの訓練の成果を見守っていた。


「どうですか? イオス先生。みんな上手に動けるようになったでしょ」

「ルウ……先生よぉ。戦場でお遊戯でもさせるつもりか?」

「で、でもカリキュラムよりも順調ですよ?」


 イオスのこめかみがピクピクと動くと、ルウは思わず目を逸らした。


「馬鹿野郎! あいつらは半人前とはいえ、もうレイダーなんだぞ! 魔導士の攻撃対象になったんだ。のろのろやってる暇なんてねえんだよ!」


 半人前というのは戦闘力や実践経験のことだけを刺しているのではない。まだ改造手術が半分しか済んでいないという意味も含まれている。


 一度の手術で全てのレイダーコアを身体に移植させると拒否反応が大きく、術後に死亡する者が多かった。そのため最初の手術ではコアを半分だけにしているのだ。その状態の者をハーフレイダーと呼ぶ。ただ変身前の身体能力という素質では差はないと言っていい。では違いは何か。


 最大の違いは金属化メタライズ能力の差だ。


 全身を金属化/硬化することができるレイダーと違い、ハーフレイダーは体の一部だけを金属化できるに過ぎない。例えばレイヴンであれば胸とその反対の背中のあたりを金属化できるが、それ以外はどうやってもできない。どこを金属化できるかは自分で選ぶことはできない持って生まれた性質だ。


 一部しか強化出来ない理由は、コアから全身に送られたメタリアルが身体能力を強化し、それでも残った余剰物質によって表面を金属化するからだ。そのため半分しかコアがない状態では、余剰物質も少ないので一部の金属化しかできないというわけだ。大人になって体が成長したら、その分金属化できる面積割合も当然小さくなる。


 そんな状態であるのに、普通に生活できたからといって満足するわけにはいかない。最低でも魔導士たちから逃げられるようにならなければ生きていけないのだ。敵にしてみれば弱い者がいれば狙うのは定石。イオスは生徒たちが狙われても大丈夫なようにしたかった。


 イオスは思いっきり息を吸い込んだ。


「集合っ!!」


 その言葉を聞いて生徒たちがすぐに駆け寄ってきた。それを見てルウが小声で一言。


「小さな声でも集まりそう……」


 そして、なんでもないですよ~と言わんばかりに口笛を吹く真似をした。生徒たちは余計な事を言わないでくれとルウを見ながら二列に並んでいった。


「これから短距離走をしてもらう。ただし今まで訓練してたようにできるだけ静かにするように。以上!」


 イオスは事務員に対して校庭に埋められている金属板をスライドさせるように要請した。校庭はほぼ全面がコンクリートであったが、一部分だけは金属板が埋められており、その下には粘土質の地面が隠されていた。レイヴンは不思議に思っていた謎が解けて、少しだけスッキリした。


 そもそもなぜ校庭がコンクリートなのか。というより、町全体がコンクリートの地面なのか、レイヴンには分からなかった。少し前まで住んでいたヴァイスマインは自然のままの状態だったから尚更だ。理由は勿論、土魔法対策だ。土を操る魔法は攻撃にも防御にも活用できて非常に厄介なので、対策するのは当然の事だった。


「いいか、お前ら! レイダーにとって早く走ることと同じくらい、静かに走るってのは重要なんだ。逃げる時もそうだし、攻撃する時もそうだ。なにせ魔導士の奴らはレイダーが近づけば空に逃げて行くんだからな。だったら、限界までバレずに近寄るしかねえんだ。わかったか!」


「はい!!」


 生徒が走る前にまずルウが見本を見せる事になった。距離はおよそ100m。イオスはコースから生徒たちを離して見せることにした。距離が近すぎると把握できないからだ。


「じゃあ、いくよ~」


 事務員のスタート合図に合わせてルウが走りだす。ゴール地点を超えるまで三秒ほど。その速さに生徒たちは驚きを隠せない。感嘆の声が上がる。


「(速すぎっ!)」


 トップクラスのレイダーは瞬間的に列車の速度を遥かに越えて走る。あっという間の出来事だった。さらに驚くべきことにレイヴンは気づいた。


 ルウが走ったコースを見ると、力強く踏み込んでいるように見えたのに粘土質の土についた足跡はそれほど深くへこんでいなかったのだ。つまりルウは手を抜いて走っていたことになる。


「(こんなの絶対無理!)」


 生徒たちは二人一組になって次々と走りだしていく。レイヴンの出番が迫ってきていた。

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