第5話 魔導士の国で

 

 魔法王国イグレアスは二千年以上前に北大陸に建国され、大陸中に領土を拡大させていった強大な国家である。


 王国を名乗ったのは魔法を尊いものとし、魔法を使えない民を隷属させるための方便に過ぎない。支配者としての正統性を示す手段でしかなかった。しかしながら実際に権力を握っているのは国王ではなく、それを支える五大貴族であることは当時から公然の秘密である。


 そして五大貴族の一つスカイ家では、当主エルジュに対して十七歳の嫡男フレッドが厳しい意見をぶつけていた。


「父上! 今、軍を動かさなくてどうするのです。このままでは我らはGAにすり潰されてしまいます!」

「口を慎め、フレッド。だからこそ魔導士を鍛え上げる時間が必要なのだ」


「それでは間に合わないと申し上げているのです! 今すぐにでもグローリアに攻め込み、例の船の奪取、もしくは破壊を試みるべきです。例え多くの魔導士の命を失ったとしても……」


「その結果、魔水晶を失った者たちはどうする? これから永遠に魔法を使えなくなるのだぞ!」

「受け入れてもらうしかありません。そうでなければ敗北するだけです」


 魔法王国イグレアスの民は生身で魔法が使えるわけではない。イグレアスの首都エウレルの地下にある巨大な魔水晶にアクセスすることで魔法は発動できるのだ。アクセスするために必要なのが各家庭に配られている親指サイズの魔水晶だった。それは貴族であっても同様だ。貴族は一般人よりも規模の大きい魔法を使うことが認められているが、仕組み自体は変わらない。


 そして魔水晶が壊れたならば一生魔法が使えなくなってしまう。生産する能力がないからだ。彼らが存在した時から魔水晶もまた存在し、魔法を操ってきた。そんな彼らにとって魔法とは常に隣にあるものであり、自らが他者よりも優れていると示すものであった。


 よって、一部の革新的な家庭を除いて、配られた水晶以上の家族を増やすことはなく、多少の幅はあるものの基本的に人口は水晶の数で頭打ちとなった。反対にGAは人口増加を是とし、また戦力も増強していった。


「ならん! 魔法の無い生活など誇り高い我らが民がそんなことを認めるはずがない!」

「…………」


 父の言葉にフレッドは同意せざるを得なかった。自分たちがいつまでも優位な立場にいると過信している、現状が見えていない多くの民を自分の目で見てきたからだ。だがここで引き下がるわけにはいかない。彼とて国のためを思って意見具申しているのだ。


「ならば、せめて講和の道を模索するべきです。ここで足踏みしてもGAの戦力増加を招くだけです!」


「誇りを失い、そこまで堕ちたか! もうよい、貴様の顔など見たくない。今すぐ出て行け!」

「ぐっ。失礼します」


 そうしてフレッドはスカイ家を追い出されることになった。だが諦めたわけではない。フレッドが家を出ようとすると、遊びに来ていた親戚の女の子リリ・サルバンが声をかけた。


「フレッドおじたん。おでかけなの? もうお外真っ暗よ?」


 三歳の姪の言葉にガックリしたが、気を取り直して視線を合わせた。


「お兄ちゃんはこれからお友達を探しに行くんだよ。一緒の道を歩んでくれる友達をね……リリも一緒に来るかい?」


 リリが首を横に振るとフレッドは微笑んで空高く舞い上がっていった。



 一方、その頃ナイトレイダーとなるべく手術を受けたレイヴンは、金属の壁に囲まれた全く情緒の無い部屋にいた。


 部屋には無機質なベッドと仕切りで隠されたトイレと水道の蛇口があるだけ。それらを天井に設置されている電球がうっすら照らしている。改造手術を終えた生徒たちは、とある地下居住区に運ばれるとそこで個室に分けられて過ごしていた。


 生徒たちの身体はまず、体内に入ってきたレイダーコアという異物に抗おうとして高熱が出る。同時にコアから血管のような管が全身に伸びていき、心臓が血液を循環させるように全身にメタリアルと名づけられた物質が送られていく。これにより筋肉だけでなく骨や神経、臓器等にもメタリアルが行き渡り、肉体の再構成が始まる。その結果、激しい痛みを伴って苦しむことになるのである。


 そして肉体は徐々に変化していく。レイダーコアから身を守るためにレイダーコアの力を借りるという矛盾を乗り越え強化された肉体は、以前と同じような肌の質感を保ちながらも、変身する前の素の状態でさえ銃弾を弾けるほどの硬さを獲得するに至る。


 隔離されてから一週間、レイヴンの体は平熱近くまでなっていたが、今度は激しい痛みと睡眠不足に襲われていた。


 これまでは熱が出る事によって体力を消耗していたので苦労することなく睡眠がとれていたが、体がレイダーコアに馴染んでしまったせいか激しい成長痛や筋肉痛が襲ってきていたからだ。原因はもう一つある。クラスメートが近くにいたことである。


 レイヴンは麻酔が切れて覚醒してからも痛みに堪えていたが、多くの生徒たちは昼夜を問わずに泣き叫び続けた。「痛い」とか「助けて」とか「ここから出して」といった悲鳴が、そこかしこから聞こえてきて気が狂いそうになるのを耳を塞いで誤魔化す。漸く眠れたと思ってもすぐに起きてしまう。その激しさは食事を配りに来た大人たちがすぐに立ち去ってしまうほどだ。


 窓のない部屋は閉塞感と孤独さを覚えさせ、襲い来る原因不明の破壊衝動に耐えられず、何度も何度も壁を殴り続ける。それでもレイヴンは理性で抑えつけてトイレと水道だけは傷つけないように我慢する。壊した後を考えれば、どんな悲惨な目に遭うかは想像に難しくない。


 二週間が経つと少しづつ静かになっていった。肉体の再構成が終わって部屋から出て行く者も出始める。まだ痛みが続いている者も痛みとの付き合い方を理解したり、騒ぐ体力が無くなってきたからだ。


 そんな中、痛みの引かないレイヴンは同じ個所を何度も繰り返し殴り続けていると分厚い金属板を遂にぶち破り、奥にあるコンクリートの壁すら破壊していた。すると反対側でも同じことをしていた少年と開いた穴で目が合ってしまう。気まずさと申し訳なさから二人はそれぞれ目を逸らした。


「ごめん」

「俺の方こそゴメン。君……レイヴンだっけ?」

「うん、そうだけど何で――」


 レイヴンはそこまで言って思い出した。意識はしてなかったが自分には訛りがあるのだと。だがそれを心配する必要はなかった。


「レイヴンは東部出身だろ? 実は俺も、東部のバレロ出身なんだ」

「へー、そうなんだ(バレロってどこだろ?)」

「俺はエッジ・レッジ。……その友達にならない?」


 話し方からエッジは強気な人物だと思っていたが、レイヴンは恥ずかしそうに言ってくるエッジに対して親近感を覚えた。同年代の子供とは挨拶程度しか話した経験がないレイヴンにとって、クラスで上手くやっていけるかは懸念事項の一つだったのに相手からお誘いを受けた。感謝の言葉も自然に出るというものだ。


「うん、ありがとう。僕はレイヴン・ソルバーノ。鉱山の街ヴァイスマインから来たんだ」


 それからの数日間、壁を挟んで二人は掠れた声で友情を育んだ。全身の痛みで碌な睡眠時間が取れずに目の下のクマが馴染んでしまったレイヴンであったが、この日を境に精神的には充実した日々を送るようになっていく。それはエッジも同様だった。


 エッジは大陸東部にあるバレロという都市で育った少年だ。バレロは東部でも北側に位置しており、海と接している漁業の盛んな地域である。しかしながら海を隔てた魔法王国イグレアスの都市との距離が近いために空爆の頻度はヴァイスマインの比ではない。エッジの両親はそれによって死亡していた。


「だから俺はナイトレイダーになって皆を守るんだ」


 レイヴンは言われるままにグローリアに来ただけであり、エッジのような強い意志を持っているわけではない。つい自分と比べてしまい引け目を感じてしまう。たがそんなレイヴンもエッジの想いに感化されるようになっていく。


「(僕もジルたちを守れるようになるのかな?)」


 そうなったらジルは褒めてくれるだろうか、喜んでくれるだろうか。そんな姿を思い浮かべながら時を過ごした。


 三週間が経つと、エッジや他のクラスメートも隔離部屋から去っていった。エッジが去り際に言った「一緒に頑張ろうな」の言葉はレイヴンに思いのほか刺さった。レイヴンはたった一人になり今度は孤独との戦いになった。先日までのやかましさが懐かしくなることはないが、エッジと交流していた分だけ反動で寂しくなった。楽しかった頃の思い出を振り返り、ただ小さくなって時が過ぎるのを待った。


 四週間が経過して、漸くレイヴンは激痛から解放されることになった。それと同時に眠気が襲ってきてそのまま意識を失ってしまった。


 それから二十四時間以上の連続睡眠。レイヴンは眠りから覚めると別の施設に移されていたのに気づいた。周りが金属の壁なのは変わらない。キョロキョロと周りを見渡して確認すると、ベッドから立ち上がり体を大きく伸ばす。


「(あれっ? 部屋が変わってる。それになんだか体が軽い?)」


 手術後の痛みから解放されたレイヴンの体は大きく変化していた。普通、一月以上も運動せずにいたら、成長期の子供でなくとも異常がでるはずだ。ところがそれが全くなく、むしろ体調がいいとさえ感じる。これは胸に埋め込まれた、第二の心臓とも呼ぶべきレイダーコアによるものだ。


 レイヴンが痛みに耐えてじっとしていた間もメタリアルは全身を循環し、筋肉に刺激を与え続けた。その結果、破壊と再生が何度も何度も繰り返されて、常人には決して得る事のできない能力を授かったのだ。


 レイヴンがベッドに座り込んで指を閉じたり開いたりしているとルウが入ってきた。


「はいは~い。おはようございま~す」

「……どなたですか?」


 レイヴンは彼女の事を全く覚えていなかった。髪をサイドでまとめたルウはそれを気にせず話し始める。


「ありゃりゃ。一月前に少し会っただけですもんね~。忘れちゃいましたか。では改めまして……副担任のルウ・ライハです。よろしくね」

「よろしくお願いします」


「君にはこれから普通の生活に戻ってもらいます」

「はい」

「そのためのリハビリをこれからしてもらいますから。それじゃあ行きますよ~」

「(どこに?)」


「明日に向かって~レッツゴ~」

「ご~」


 レイヴンは思わず釣られてしまったことに少しだけ後悔して右手を下げた。

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