第4話 改造手術

 

 ナイトレイダー訓練学校の校庭では、第1期生たちの運動能力測定テストが行われていた。足の速さにジャンプ力、持久力の他、握力など各種筋力のチェックが、レイダーではない一般事務員の助けを借りて粛々と進められている。やはり6歳児たちにはイオスが威圧した効果は抜群だったようだ。


「イオス先生、いい加減睨むのやめてください。子供たちが委縮しちゃいますよ」

「そうは言ってもな……」


「いいじゃないですか。皆可愛いし。……やっぱり未練たらたらですか?」

「当たり前だ。現場を外されて悔しくないのか?」


「そりゃ悔しいですよ。でも決まったんだから、やるしかないです」

「ルウは大人だな……」


 イオスとルウが校庭の様子を窺っていると一人の男児に目がいった。


「あの騒がしかった子……結構いい動きですね」

「七番アッシュ・ローか。確かにいいが二年前のあいつの数値と比べるとな……」

「じゃあ、あの子はどうですか?」


 ルウが指さした先にいたのは獣人だった。彼らは獣人の中でも背が低い種族で、成人になっても130cmほどしかない。だが森に住む彼らの身体能力は高い。


「確かに抜けてるが、あいつらは早熟だしな……それに獣人の中では真ん中ぐらいだろ」

「もうっ。そんなこと言ってないで、いいとこ探ししましょうよ。ほらっ、あの子で最後ですよ。中々いい動きじゃないですか」


 最後に現れたレイヴンは能力テストをそつなくこなしていた。


「まあまあかな。そういえば俺の威圧にも動じなかったな……資料によると同年代とつるまずに大人たちと生活していたようだ。こういう奴ばっかだと楽できるんだがな」


 生徒たちはテストを終えるとすぐさまバスで移動する。既に第一陣は出発しており、最後に残ったレイヴンが駆け足でバスに乗り込んだ。宇宙船に向けて出発したバスを見送った二人はため息をついた。この後生徒のことは専門家に任せるので、教師二人はしばらく手隙になる。だからといって休暇になるわけではない。


「これ……私達だけでやるんですかね?」

「言うな……」


 生徒たちが戻ってくるまでの数週間、二人は瓦礫だらけの校庭の片づけを命じられていた。



 グローリアは元々宇宙船を隠すために造られた町だ。そのため町が発展しても最重要施設である宇宙船の周辺区画には研究施設が僅かにあるだけで、一般の民家や商店などは建てられていない。そのため人通りが少なく、怪しい人物が近寄ったらすぐに分かる。警戒任務をしているレイダーも腕利きばかりだ。


 全長1kmを越える宇宙船は艦橋部分以外が地面に埋まっている。正確には埋めて隠した状態。どうせ起動方法が分からず動かすことができない、だったら埋めて隠してしまえ、という単純明快な思考からだった。


 宇宙船の中には壊れた艦橋から入ることができる。艦橋の周りを囲むように大きな倉庫が建てられて守られているが、壊れた艦橋の方が頑丈だ。これまで二回だけ魔導士の空爆を受けたが全くの無傷であった。とはいえ万が一を考えるとそのままという訳にはいかないので念のためといったところ。


 入口前には白衣を着た男性がレイヴンたちを待っていた。


「え~、船のことが気になるでしょうが、とりあえず話を聞いてください。私は今回のレイダー改造手術の責任者、クンド・サハルと申します。といっても実際には機械が勝手にやるので私の役目は説明しかないんですがねぇ、はは」


 クンドがぼそぼそと話しているが、懸念していた通り生徒たちの視線は宇宙船に釘づけ。そんな生徒たちの目の前を先に手術を終えた生徒を乗せた担架が次々と通り過ぎて行った。


「え~彼らは手術を終えて別の場所に運ばれている最中ですねぇ。今は麻酔で眠っていますが、起きたら酷い痛みに襲われます」


 担架を見て驚きの声があがった。何しろ手足をガチガチに固められて拘束されていたのだから。捕虜にだって、もっとマシな対応をするだろう。


「彼らは既にレイダーなんですよ、半分だけですがねぇ。これから沢山暴れるでしょうから、ああでもしないと抑えられないんです。何かに憑りつかれたように騒ぐ人もいますしねぇ。これから頑丈な部屋に行ってもらうので、そこで思う存分暴れて下さい。なあに心配いりません。二、三週間もすれば痛みも引いて普通に生活できるようになりますよ」


 つまりは二、三週間は痛みを堪えなければならないということだ。生徒たちの緊張感は増していった。中には涙目になる者やパンツにシミができている者もいる。


 生徒たちは順番に一人づつ手術室に呼ばれていった。レイヴンは運動能力テストの時と同様に最後だ。手術は順調に進み、レイヴンの番がやってきた。


「それでは最後の人、入って下さい」


 レイヴンが返事をして中に入る。パンツ一丁になってベッドに寝そべるとすぐさま麻酔が打たれた。数秒後意識がなくなり、ロボットアームがレイヴンの胸を開いていく。


「どうやら今回も何事もなく終わりそうですね」


 助手の言葉にクンドはがっかりした様子で応えた。


「はぁ、そうですねぇ。でもそれではつまらないじゃないですか……」

「何言ってるんですか。平穏無事なのはいい事ですよ」


 手術は終わり、あっという間に胸が閉じられるとレイヴンの胸はいつの間にか黒く輝いていた。それはまだわずかな大きさだったが、クンド博士は見逃さなかった。


「そうかなぁ……ん? ちょっと君、あの子の胸を見てみたまえ」

「胸ですか? 何か黒いものがありますね」

「何をのん気に言ってるんですか。あれは金属化メタライズですよ!普通は鉄のような色になるでしょ。それなのにあんなに黒く……初めて見ましたねぇ。早く上に連絡なさい」


 クンドに命じられて助手は電話を手に取って報告した。

 

 手術室の上では上層部への報告を終えた助手が電話の内容をクンドに伝えていた。電話は都市内でのみ繋がっており、都市と都市を繋げる長距離通信網はまだない。無線も当然ない。


「クンド博士、上に連絡したらこっちに来て直接確認したいって」

「……だったら念のために拘束具を増やしておかないとねぇ」


 クンドは部下に命じて、レイヴンの拘束をさらに強くした。仮にレイヴンが起きてしまったら装置を壊されてしまう危険もある。とても六歳児に対する仕打ちとは思えないが致し方ないだろう。それから数十分後、クンドは我慢の限界を迎えていた。


「まだ来ないのかね? もう辛抱たまらんのだよ」

「抑えて下さいクンド博士。下手したら予算減らされちゃいますよ」

「…………」


「いやあ、お待たせしましたね、クンド博士」


 そういって入ってきたのは軍総司令グレイク・マッダスだった。博士と助手はまさか軍の最高責任者が現れるとは思っていなかった。なにしろGA《グラン・アーレ》は軍事政権なので軍のトップという事は政治的にも頂点に立つ人物である。GAがまだ反乱軍と呼ばれていた頃から活躍したレイダーで、建国の立役者となったグレイクは二十五歳と若く、フットワークが軽かった。


「実に興味深い報告でしたので、部下に仕事を任せて来てしまいましたよ。それでどうですか?」

「それはこれから……一緒に下りますか?」


 そうして三人と遅れてやってきたグレイクの秘書はレイヴンの元に向かった。グレイクは現役のナイトレイダーでもあるので秘書は付いてこれず、息を切らしていた。もっとも、町中でレイダーとしての能力を使って移動するのはグレイクぐらいのものだ。非常時でもないのに他のレイダーがそんなことをしたら減給は免れないだろう。


 四人はレイヴンの周りを囲んで観察していた。黒く光っているのはちょうどレイヴンにレイダーコアと呼ばれるもう一つの心臓が埋め込まれたあたりだ。


「触れて見ても?」

「問題ありませんねぇ」


 なぜなら追加の麻酔薬を注入しているから。ちょっとやそっとじゃ起きてはこない。グレイクはレイヴンの黒く輝く金属部分を手で摘まんだ。


「硬度は他より少しあるくらいか……だが、ここまでのしなやかさは初めてじゃないか?」

「ほうほう」


「少し試してみるか……」

「いや、それは流石にマズ――」


 グレイクは慌てふためくクンド博士をよそに、自らの右手指先だけを金属化させて指で弾いた。


 指を当てられたレイヴンの胸は金属部分を含めて、へこみはしたが直ぐに元の位置に戻っていった。


「なんという柔らかさだ、これならかなりの耐久力になるだろう」

「ええ、それに瞬発力にも可能性を感じますねぇ」


 クンド博士はすぐに指示を出してレイヴンを運び出させた。思ったより過激な手段でなかったが、これ以上勝手にやられておもちゃレイヴンを壊されたら堪らないといった様子。現時点での硬度はレイヴンとグレイクでは大きな隔たりがあるので、クンドが心配するのは当然だろう。


「それで博士は何が原因と見る?」

「ふむ、そうですねぇ。金属化というのはそもそも異物に対する免疫力の現れ、と考えられております」


「金属化は自分の身を守るための手段ということだったな」

「ええ、その通りです。これまでの統計では比較的清潔な都市部よりも山間部にいた方が、激しく反応する傾向があります。もちろん個人差はありますがねぇ」


 グレイクはレイヴンの資料を捲っていた。


「ということは、この子は特別に免疫力が高いということかね?」

「今の所はそうとしか……。手術完了直後にこれほどの大きさの金属化を見たのは初めてですしねぇ」


 グレイクはしばし考え込むと秘書を呼んだ。


「資料によるとこの少年は東部からきた孤児と書いてある。グローリアの常駐警備にいただろ? あまり強くないが、その……面倒見の良さそうなレイダーが。隔離期間が終わったら彼女の元に送るように手配してくれ」


 グレイクはレイヴンを特別扱いしようと指示をだしたが、秘書はこれに待ったをかけた。


「彼は孤児ですが心を開いている男性がいますし、母親役を無理に作って特別扱いするよりは、むしろ仲間と共に過ごさせた方が宜しいかと……」


 多くのレイダーはGAに家族を持ち、彼らを守るために戦っているが、過去に金に釣られて裏切った者も存在する。グレイクとしてはレイダーの裏切りを防ぐための手段を提案したつもりだったが、聞いてみれば確かに秘書の考えの方が良いかもしれない、GAに愛着を持ってくれるかもしれないと感じていた。


「む、確かにその方が良いかもしれんな。……しかし、こうも早く手術年齢を六歳に引き下げた効果がでるとはな……」


 メタリア人の遺産によって、改造手術で戦力強化の目途が立ったGA、当時の反乱軍は屈強な成人男性を戦力にしようと優先的に改造をすることにした。だが手術を受けた者は全員が死亡した。


 それから徐々に年齢を下げて十代の少年少女たちに手術を行ったが、グレイクなどわずかな人間だけが生き残ることになった。


 手術を受ける年齢はさらに下がり、最終的には五、六歳頃に受ける事が最も安全であるとされて現在に至る。


 だが本来であれば、魔法王国打倒のためにはリスクがあったとしても即戦力になるレイダーが必要だったはずだ。ところがGAには切実な食料問題があった。レイダーの誕生によって優位に戦ってきたGAは、急速に領土を拡大したことで魔法王国から多くの国民を解放した。その結果、深刻な食糧不足に悩まされることになった。


 これ以上国民が増えれば食料の取り合いが始まり、内部から崩壊する恐れすらあった。そこで戦力が均衡していた状態で拡大政策を一旦中止。防衛線を張ることで農業、漁業を推進し、中長期的な侵攻計画に切り替えた。


 一方、立て続けにGAに敗北していた魔法王国も、戦力の立て直しに迫られていた。それまで特に訓練しなくても圧倒的だった魔導士が破れたことで、戦闘に特化した魔導士の育成が求めらていたのだ。そういった両陣営の事情もあり、局所的な戦闘はあるものの大規模な戦いには発展せずに時は流れていく。


 GAはその期間を利用して、手術後に死亡させることなく、安全にレイダーの数を揃えようと考えていた。

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