第3話 ナイトレイダー訓練学校入学
レイヴンを乗せた貨物列車は一路西に向かって走り続けていた。ヴァイスマインで採れた鉱石を運ぶ長距離列車には、寝台車両は1両しかない。レイヴンはその一室で5日以上の時間を過ごすことになる。目的地は
レイヴンは列車に乗るのが初めて。最初は音や振動に驚いていたがそれも徐々に慣れていく。ふと小窓から外を覗いてみると、次から次へと移りゆく景色に目が奪われた。
見渡す限りの荒野と、隕石が落ちてできたクレーター。
「(たしか僕が生まれる前に沢山隕石が降ってきたってジルが言ってたよね)」
隕石は多くの生き物の命を奪い大地を傷つけた。その跡地には生命の息吹をまるで感じない。であるのだが、レイヴンがそれを気にすることはない。ただ大きい穴だな~と思うだけだ。まだ6歳になったばかりの少年である。
レイヴンが窓の外に熱中していると、部屋の扉を叩く音がした。
「(誰だろう……切符の確認かな?)」
レイヴンは「どうぞ」と招き入れた。
「あれっ? さっきの郵便屋さん……ですよね?」
「フッ、そのとーり。ある時は郵便局員、またある時はお悩み相談員。しかしてその正体は……現場を渡り歩く、さすらいのナイトレイダー、便利屋フランク・マクドネルとは私のことさ!」
「(自分で便利屋って言ってるよ。それにさすらい?……ちょっと意味が違う気がするけど、なんだか凄そうな感じだ)」
フランクが中々ポーズを解かないので、レイヴンは勢いに押されるように拍手してしまった。
「ありがとう、ありがとう」
フランクは笑顔でレイヴンの隣に座って話しだす。
「お礼に何でも聞いてくれたまえ。君もこれからレイダーになることだしな。いや、まずは君が一番気にしていることを教えておこうか」
「お願いします」
なんとなく話の腰を折らない方がいい気がして、レイヴンは流れに身を任せることにした。
「君の街……ヴァイスマインを襲った魔導士たちは、私が今朝がた殲滅に成功した。我らが領土深くに入り込んだのは彼ら三人だけだったようだ。これで故郷が襲われることはないだろう。安心してくれ」
「えっ?」
そう聞いても、にわかには信じられなかった。ジルたちがボロボロになって、それでも追い払うのが精一杯だったのだ。あまりにも簡単に殲滅したと言われても、レイヴンは困惑するだけ。フランクはそれを見透かしたように優しく語り掛けた。
「君が信じられないのも無理はない。だけどそれがレイダーなんだ。圧倒的な力で……今まで我々を苦しめてきた魔導士さえ倒せる。恐ろしい力なんだよ。君はそれを手にしてどうする?……なんてな」
フランクは余計な事を言ったかなといった感じで舌を出すと、慌てて訂正した。
「うそうそ、そんな難しいこと考えなくていいから。守りたい人のために戦うだけだからさ、実際」
「はい、それなら分かります」
「だろっ? これからいい事教えちゃうぞ」
そうしてレイヴンは、フランクが途中下車するまでの間に沢山の話を聞いた。話をあまり理解できなかったが、フランクが凄いレイダーだってことは分かった。
フランク・マクドネルは改造手術が始まった最初期、12歳の頃にレイダーとなり、これまでの5年間で各地を転戦して生き残ってきたトップクラスのレイダーだった。
多くの魔導士と戦い、時に仲間を失いながらも魔法王国イグレアスの支配から抜け出すために大陸中を駆け回った。GAの建国時にはまだ13歳と若かったために政府の役職を得る事はなかったが、その実力は確かで軍総司令からの信頼も厚い。そのため随分と無茶ぶりをされて東奔西走することになった。
本人はそのおかげで各地に友人関係を持つことができたと肯定的にとらえているが、傍から見たらそのせいで調整役を押し付けられて、若いながらも苦労してるなといった印象だ。
「君はこれからグローリアで同年代たちと競い合って生活していくことになる。大変だろうけどしっかりしろよ? 自分が生き残るためにもな」
「はいっ」
レイヴンは握手してフランクを見送ると、部屋に戻って再び窓の外を眺めていた。
「僕と話すために来てくれたのかな……って、うそっ?!」
レイヴンが驚いたのは、突然視界に列車と並走するフランクの姿が入ってきたからだ。
フランクは列車を飛び降りて加速、すぐに追いついてレイヴンの横側まであっという間にたどり着いた。苦しそうな表情など一切なく、むしろ余裕さえ感じさせる。
フランクはレイヴンが自分に気づいたのを確認すると、ドッキリ成功とでも言いたげに無邪気に笑ってさらに加速。砂埃を巻き上げながら走ると、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「……変だけど凄い人だ」
それから5日後、レイヴンを乗せた列車はグローリアに到着した。
「うっわぁ、凄く高い城壁だ……」
速度を落とした列車から見えるGAの首都グローリアは高い城壁に囲まれていた。城壁の一部からは円柱状に上に伸びており、そこから周囲を照らすライトが取り付けらている。城壁の目的はもちろん外敵から都市を守るためである。
しかしながら、これは大砲を想定して造られたものではない。大砲が開発された頃ならいざ知らず、爆薬が高性能化された現在では城壁など役に立たない。それなのに完成したのは最近だという。では一体何のために造られたのか?
もちろん対魔導士のためである。
爆弾を空から落とす魔導士の存在は、レイダーを数多く配備しているグローリアにおいても脅威だ。だが魔導士も制限なく飛べるわけではないので、少しでも高い場所からの回転式多銃身型機関銃(所謂ガトリングガン)による射撃を可能とする城壁の重要性は高い。むしろ幅を広くして簡易宿泊所を作るなどして二十四時間体制での警備に活用しているぐらいだ。陽が沈めば侵入者を発見しようと、発電所から送られた電力を使用してサーチライトが周囲を照らす。
そんな城壁内の街に入る方法は二つしかない。城壁を上から越えるか、下にある検問所を通るかだ。
レイヴンは城壁内にある駅で降りるとチェックを受けるために順番待ちしていた。
「はい、大丈夫。次の方……」
レイヴンは前の人の真似をして魔水晶に手を振れたが、反応もなく無事に入る事が出来た。これは魔導士から奪った小さな魔水晶で、魔法を使える者が触れると僅かに光る特性を持っている。全員をチェックすることで密かに潜入しようとする魔導士を見破る事が出来る代物だ。
「あの……これ渡すように言われたんですけど」
レイヴンは手紙に入っていた身分証を差し出した。それを見た係員の表情が一変して、丁寧な言葉遣いになる。
「レイヴン・ソルバーノ様ですね、あちらでお待ちください」
そう言われて別室に連れて行かれた。
「(……様?)」
レイヴンは疑問に思っていたが、これは係員なりの自己防衛手段だった。上からの命令ではなく、あくまで個人的な配慮である。レイダーが一騎当千の力を持つことはあまりにも有名。であるが、その人格まで保証されているわけではない。下手なことして恨みを買わないようにということだ。それは子供であっても変わらない。むしろ感情的になりやすい子供に対しての方が気を使うくらい。
殺風景な部屋で待っていると、身長が180cm以上はありそうな厳つい顔をした男性が入ってきた。
「君がレイヴンだな。私はイオス・ガルバハナ、君の担当教官だ。着いた早々で悪いが時間がない。付いてきたまえ」
それだけ言うとレイヴンの荷物を手に取って歩きだした。荷物といっても替えの服と靴ぐらいしかないが。
城壁を抜けた先の光景は、レイヴンが今まで見たこともないような華やかさだった。まず見渡す限りの人、人、人。そしてヴァイスマインでは見られなかった高層住宅にショーウィンド。端々から漂ってくる甘い香り。
だがそれらに目を奪われることなくレイヴンの視線はイオスの背中に注がれていた。陽気なジルとも違う大人の背中。そこから感じるのは黙って付いて来いという強い意志。一歩一歩が力強く、それでいて音をたてずにコンクリートの道を進んでいく。レイヴンは早足で追いかけていった。
「着いたぞ」
そこにはおんぼろビルを再利用した校舎と、瓦礫だらけの校庭があるだけ。中に入って教室に近づくと甲高い声が聞こえてきた。
「ガキどもが騒ぎやがって……」
レイヴンはその小さな呟きを聞きとってしまい、緊張感が増していった。
このナイトレイダー訓練学校は今年開校の新しい試みだ。今年からレイダー改造手術の年齢を六歳に引き下げたことで、これまでの現場教育を中止して、若いレイダーをまとめて教育する方針に変わったばかりだった。
そのためイオス自身が教師になることを望んだわけでなく、レイダーの中から適性がありそうな人物に白羽の矢を立てた結果、不運にも選ばれてしまっただけだった。
「お前ら、うるせえぞ!」
イオスは教室に入るなり睨みつけた。
「時間がたっぷりあったんだから、自己紹介くらいは済んでんだろ。俺が担任のイオスだ。で、こいつが……」
「レイヴン・ソルバーノです。よろしくお願いします」
そういうと一部の生徒からクスクスと笑いが漏れた。
「なまりすぎー」
「(そうなのかな?)」
田舎者を馬鹿にしたような口調であったが、まだ鉱山から出てきたばかりのレイヴンにはその真意は伝わらなかった。なにしろ比べられる知識や経験がない。その言葉に反応したのは、言われた本人ではなくイオスだった。無造作に拳を壁に叩きつけると建物が揺れ、天井から破片がポロポロと落ちてきた。
「……お前ら、勘違いしているようだから言っておく。ここの名称は学校だが、普通の学校だと思うんじゃねえ。訓練中に危険な目に遭うことだってある。死ぬことだってあるんだ。いつまでも浮かれてんじゃねえぞ、わかったか!!」
「……はい」
「声が小せえ!!」
「はいっ!!」
先程とは打って変わって教室は静かになった。そのタイミングで後ろで見守っていた女性が前にやってきてイオスを窓際まで押しやった。
「はいは~い。じゃあ、ここからは私が説明するね~。私は副担任のルウ・ライハです。あと一人事情があって遅れてるけど、三十人皆で頑張っていこうね。え~、君たちにはこれから運動能力テストをしてもらいます。その後はお待ちかねの改造手術。というわけで校庭にレッツゴ~」
ルウは拳を振り上げたが誰も続こうとはしなかった。イオスの剣幕の後では仕方ないことだが、ルウは一人寂しそうに拳を下した。
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