第2話 旅立ち
レイヴンの朝は早い。
陽が上る前には起床して軽食を食べる。
それから近所の爺さんたちに読み書き、算数を教わりに行く。
仕事場に向かうのはそれからだ。
ジルの推薦があるからといって、5歳児を長時間働かせるわけにはいかない。本人にやる気があるとしてもだ。そこで大人たちはレイヴンに勉強を命じることにした。
文字を覚えれば仕事に使えるし、算数は出世のためにも必要だよ。
その言葉は大人たちが思ったよりもレイヴンの心に刺さった。心のどこかでジルと同じように鉱山の責任者になりたいと思っていたレイヴンは、それから爺さんの元へ行くようになり、毎日勉強していた。
魔導士の襲撃を受けた翌朝、レイヴンは昨晩お世話になった家庭で朝食をご馳走になった。遅くまで飲んでいたジルは起きる気配が一向にない。レイヴンは起こすのを早々に諦めて、いつものように爺さんの元へ向かっていた。勉強会が中止になったことを思い出したのはそれからしばらくしてからだった。
「あっ、昨日の空爆のせいでなくなったんだ……」
レイヴンは昨日の家に戻ろうか、鉱山に向かおうか迷っていると郵便局員から声を掛けられた。
「君……ジルさんとこのレイヴン君だよね? はい、君宛の手紙だよ。おめでとう、君の活躍を楽しみにしてるよ」
「はあ、ありがとうございます……(おめでとうってなんだろう?)」
レイヴンは不思議に思いながら手紙を開封した。何やら立派な装飾の手紙だが、内容は全くといっていいほど読めない。まだ文字を習い始めたばかりということもあるが、なにやら格式ばった表現が多く、自分の名前以外に分かる部分がほとんどない。仕方なくジルの元に戻ることにした。
「やっぱり、まだ寝てる……」
レイヴンはジルの毛布を剥ぎ取って強引に起こした。
「……なんだ? もう朝か?」
「もう皆起きてるよ。はい、これ」
そういって水を差しだす。グイッと一飲み。
「くはー、生き返る。で、なんか用か?」
「これ読んで」
ジルは手紙を受け取って読み始めた。寝ぼけた表情が次第に引き締まっていく。
「なんて書いてるの?」
「ナイトレイダー適性検査合格通知」
「(適正検査? そんなの受けたっけ?)」
「要は、お前にナイトレイダーへの改造手術を受けさせるから、中央に来いってことだ。当然のことだが拒否権なんて無いぞ」
「へー」
「……お前、全然分かってないだろ。仕方ねえな。一度しか言わないからしっかりと聞いとけよ」
「うん」
それからジルはこの星の歴史について語りだした。
レイヴンたちが住む惑星アーレでは、人間は2種類に分かれている。魔法を使えるか否か、である。
魔法を使える人間は魔法王国イグレアスを建国し、それ以来不思議な魔水晶を使って魔法を操り、魔法を使えない人間や獣人を支配してきた。魔水晶を使えるかどうかは遺伝し、後天的に資質を得る事は決してない。彼らは魔法を使えない人間たちと交配せずに遺伝子を独占し、2000年以上に渡って生態系の頂点に君臨してきた。それが惑星アーレの歴史である。
そんな状況から変化が起きたのは今から6年前のことだった。それまで支配されてきた人間たちは科学によって魔法に対抗しようと密かに研究を続けていた。そのたびに研究成果を奪われるなど困難な道のりが続いていたが、それでも従順なふりをして力を蓄えていく。そんな折、彼らの居住地に巨大な物体が墜落してきたのだ。
それは異星人の宇宙船だった。
魔法王国イグレアスは観測などせずに地表に降り注ぐ宇宙船をただの隕石だと考え、被害を受けた人々を見てあざ笑っていた。一方、宇宙船を発見した人々は歓喜した。これで魔法王国に対抗できるかもしれないと。
恐る恐る破損個所から船内に潜入を決意。中にいた宇宙人は既に全滅しており、船内を調べていくと驚愕する事ばかりだった。技術力に差があり過ぎて理解の範疇を越えているし、ボタンやレバーの類がないのでどうやって起動すればいいのか、さっぱりわからない。
唯一の収穫は人間を改造する装置の発見である。
その装置だけは他とは構造が明らかに違っていた。見るからに怪しいボタンが存在し、試行錯誤を繰り返して起動に成功する。装置は自動で動きだし、人間に対して特殊な金属を身体に埋め込む手術が行われる装置であることが判明した。
改造された人間は、全身の肉体を金属に変化させる能力を得た。変身した姿は宇宙船の持ち主である金属生命体とそっくりであり、既存の金属よりも遥かに硬く、優れた身体能力を有するに至った。彼らは乗っていた宇宙人をメタリア人と名づけ、変身能力を
また、改造された人間をレイダーと呼び、後に魔法王国から守護する者としてナイトレイダーと改称した。
その後、数をそろえたナイトレイダーたちを中心に反抗を開始すると、やがて北大陸に魔法王国の支配を押し返し、南大陸にグラン・アーレ(以後GAと略します)が建国された。
そしてGAでは、戦力の中心であったナイトレイダーたちが組織の中核となり、軍事政権は国家を成長、拡大させていった。
「……で、お前はナイトレイダー候補生として選ばれたってこと。これから兵士として訓練を受けていくの」
「でも僕、検査なんて受けてないよ?」
「レイダーになれる数ってのは限られてんだよ。そうでもなきゃ今頃この街にもレイダーが沢山いなきゃおかしいだろ? だから若い奴の中からレイダーとしての才能がありそうなやつをスカウトしてるんだ。でも今はこんな時代だから英雄志望の奴らも出てくるわな。で、いちいちそんな奴相手してらんねえから、勝手に運動能力を計ってるって噂だな」
「ふうん」
「それと列車のチケットが同封してあるぞ。出発は今日の午後だ。もう時間がねえな、おい。……準備は俺がしといてやるから、世話になった連中に挨拶してこい。終わったら駅に集合な」
レイヴンはすぐに駆け出していった。部屋に残されたジルは少し寂しそうに呟いた。
「こんな辺境だし、まさかスカウトが来るなんて思わなかったんだがなぁ……」
…………
ジルに言われた通りに、レイヴンは別れの挨拶に向かった。
勉強を教えてくれた爺さん。
弁当屋の婆さん。
そして鉱山で働く中年オヤジたち。
「(なんか僕って子供の友達っていなくない?)」
それもそのはず。レイヴンはこれまで大人に混じって生活してきた。たまに街で同年代とすれ違うことがあっても、お互い警戒して話すこともない。本能的に話が合わないと理解していたのかもしれない。
幼い頃から鉱山に入り浸り、仕事も鉱山。これでは出会いの機会があるはずない。レイヴンの頭の中に、ふと鉱山の映像が浮かんできた。
「(ひょっとして、もうここに戻ってこれないのかな……)」
そう思ったら、もう涙が溢れて止まらない。ジルの前では澄ましていたけど本当は不安でいっぱいだった。それでも心配をかけたくはない。なんとか涙をこらえて駅に向かう。そんなレイヴンを見てジルが一言。
「あー、こいつ、目の下が真っ赤っか。泣き虫レイヴンだ」
見送りに来ていた鉱山仲間たちは思わず頭を抱えた。
「せっかく我慢してんだから、言ってやるなよ……」
「うっせ。俺は湿っぽいのは嫌なんだよ」
「しっかし、レイヴンがナイトレイダーか……想像もつかねえな」
「そうだな、でもここの常駐レイダーみたいになるなよ」
そういって皆で笑い合った。昨日の戦いでは二日酔いで戦力にならなかったからだ。もっとも、戦闘終了後には瓦礫の撤去などで大活躍したが。
「昨日の魔導士どもは低空飛行だったから、レイダーが奇襲すれば、一人ぐらいならなんとかなったかもしれないのにな」
「ああ、そうかもだな。ジルもそう思うだろ?」
ジルは少し考え込んでから話し始めた。
「いや、昨日は二日酔いで助かったのかもしれないぜ? 仮に一人を倒せていても、奴らはきっと俺たちを恨んで空爆が続いてただろうしな」
「なるほどな、そういう見方もできるか……」
「意外と先を見てるんだな。金は一向に溜まらないけど」
はっはっはっ、と皆が笑い合う。そうこうしている内に列車の出発時刻が迫ってきていた。促される様にジルがレイヴンの前までやってきた。
「死なない程度にしっかりな」
「それだけかー?」
周囲から、もっと真面目にやれと野次が飛ぶ。傍から見たら、ジルが上に立つ人物だとは思えないだろう。
「ちっ、仕方ねえなあ。なあ、レイヴン」
「うん……」
「これからお前はきっとレイダーとして大変な目に遭うし、沢山苦労もすると思う。俺たちが想像もできないほどの困難もあるかもしれねえ」
「うん……」
「でもな、大抵の事は金で解決できるんだよ」
「うん?」
「問題が沢山でるが金で解決できることは、金に任せとけばいいんだ。余った時間をより重要な事にまわせばいい。だから金は大事にな」
「うん、わかったよ。でも一文無しのジルが言っても説得力が……」
涙目のレイヴンがそこまで言うと一斉に笑いが起きた。
「まあ、あれだ。反面教師ってやつだな。っと、そうだ、忘れてた。ほらよっ、誕生日おめでとう。じゃあな」
借金して買った靴が入った袋を乱暴に投げつけると、ジルは後ろを向いて歩き始めた。
「ジル……ありがとう。大事にするよ!」
「バカ、お前、そんな安物さっさと履きつぶしちまえ」
レイヴンは皆に別れを告げて列車に乗り込んだ。
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