漆黒の翼は闇夜に輝く

犬猫パンダマン

一章 出会いと別れ

第1話 レイヴン・ソルバーノ

 

 鉱山の街ヴァイスマイン。


 ここでは男女関わらず多くの者が働いている。採れた資源をせっせと中央に送り、代わりに生活必需品を送ってもらう。それが枯れた大地で生きる人々の生活だ。そんな中、大人に混じって働く黒髪少年の姿があった。


 レイヴン・ソルバーノ、まだ五歳の少年である。


 五歳にしては立派な身体つきをしているが、大人たちと同じように採掘作業ができるわけではない。大人が掘った鉱石を背中に担いで、鉱山の入口に停まっている輸送用の蒸気トラックまで運ぶ。これがレイヴンの仕事だった。


 鉱山の中には当然電球が貼り付けられて周囲を照らしているが、これがしょっちゅう切れる。そのおかげでレイヴンは夜目が利くようになった。暗闇の中でもスイスイと進んでいくので、困ったときには大人たちも頼りにするほどだ。


「よーし、皆。そろそろ交代だ! レイヴン、お前も休憩に入れ」

「うん」


 指示を出したのはレイヴンの育ての親であり、鉱山の責任者でもあるジル・ソルバーノ。レイヴンが子供ながらに鉱山で働いているのもジルのせいでもあった。


 ジルは豪快な性格で、部下におごりすぎて金がないという切実な理由から、レイヴンの仕事は始まった。それでも不満に思うことはない。レイヴンは孤児であり、たまたま拾ったジルが養う理由なんて一切ないからだ。元々の放浪癖を直して、不器用ながらも育ててくれた。レイヴンにはそれだけで充分だった。


 黙々と作業するのがあっているし、沢山勉強して研究者や技術者になる気もない。それよりは体を動かす方がずっと良い。お金を稼げて、ご飯がちょっと豪華になるなんて最高だ。


 レイヴンはそんな軽い気持ちで大人たちに混じって働き始めた。子供は自分一人だけ、なんてことは全く気にならないし、そんな余裕もない。


 鉱山の外に出てサンドイッチと水を受け取ると、少しだけ山を登って見晴らしの良い場所に座り込んだ。町を見下ろすなら、この場所からが一番だ。コンクリートの建物が立ち並ぶ雑多な町。決して整っているとは言えないが、これはこれで悪くない。


「うまい!」


 空腹は最高のスパイスだ。レイヴンは成長期らしく、あっという間に食事を終えて横になる。下では大人たちが昼間っから酒を浴びて騒々しい。四時間後には再び交代で仕事に戻るからそのための休憩時間になっているが、色々と理由を付けて飲み続ける。それを注意する者など誰もいない。なにしろ責任者のジルが率先して飲んでいるのだ。誰が咎めることができるだろうか。


「(あの黒い点……なんだろう?)」


 少し膨らんだお腹をさすって目を閉じようとした瞬間、レイヴンの視界に黒い点が映った。空に浮かぶ三つの点は次第に大きくなっていく、


「ジル! 空から何か近づいて来るよ!」

「なんだとっ!」


 ジルはレイヴンが指さす方角を見上げた。


「あれは魔導士?……空爆か!!」


 その言葉に周りの大人たちも空を見た。目に映るのは爆弾を抱える三人の魔導士たち。ジルは慌てふためく彼らに喝を入れるように大声を張り上げた。


「おまえら落ち着け! やるべきことをきっちりやるんだ。まずは鐘を鳴らせ。女、子供を非難させるんだ!」

「おうっ!」

「(魔導士?……すごいけど、鳥の方が上手に飛ぶかな)」


 皆がきびきびと動きだすのとは反対にレイヴンはのんびりしていた。そんなレイヴンを尻目に、ジルは接近する魔導士に対応しようと、次々と指示を出している。


「常駐のレイダーはどうしてる?」

「二日酔いで寝込んでる」

「くそっ、今すぐたたき起こせ! いないよりマシだ。それと倉庫から小銃を持って来い!」


「ジル、まさかそれで戦うつもりか? 銃なんかで魔導士を倒せるわけがない!」

「いいからやるんだよ! 反撃しなけりゃ、奴らは何回だって飛んでくるぞ」

「わ、わかった」


 それが嫌ならやるしかない。航空戦力はまだ開発されていない時代だ。魔法で風を操り、空から爆撃してくる魔導士を地上から撃ち落とすのは困難を極めた。何しろ風のバリアで銃弾は魔導士を避けてしまうのだから。だが風魔法を使っている間は、魔導士も他の魔法を使えない。そのため倒せなくても攻撃を続ける意味はある。


 ジルはレイヴンにも避難するように指示した。


「レイヴン、よく見つけてくれた。助かったぞ。さあ、お前も中に隠れてろ」

「……うん!」


 レイヴンは元気よく返事すると、軽やかに岩山を跳ねて防空壕に入っていった。


「ハハッ、たいしたもんだな。さてと……お前ら、準備は出来てるな?」

「おうっ!」


 空爆は四年ぶりのことだった。レイヴンがまだ一歳の頃で、実際に経験するのは初めて。それにも関わらず轟音響く防空壕の中で、恐怖ではなく満足感を覚えていた。仕事終わりのお疲れ様、とは違う大人からの感謝の言葉。レイヴンは自分も一人前に近づいているようで誇らしかった。


 防空壕の外では、魔導士に向けて絶え間なく銃撃が繰り返されている。鉱山からだけでなく、町のいたる所から発砲だ。魔導士たちは住民総出の攻撃をあざ笑うように低空飛行で中心部に近づいていく。


「あいつら、舐めやがって!」

「くそっ! なんでこんな辺境にまで入って来てるんだよ!」

「いいからどんどん撃ちまくれ!」


 どれだけ撃っても当たらない。やがて魔導士たちは爆弾を投下して急上昇を始める。その直後、ドカーンドカーンと市街地で連続して爆発が起きて、付近の家屋は吹き飛ばされてしまった。


 ジルは市街地に救助隊を送るように指示。一方で第二波の警戒も忘れない。レイヴンは当然留守番だ。いくら普段大人と一緒に仕事しているとはいえ、危険地帯に送りだすほど愚かではない。それからどれだけの時間が経っただろうか。魔導士が再びやってくる事はなかった。


「……どうやら一回だけのようだな。……よしっ! どうせもう仕事になんねえだろ? 今日はあがって家族の無事を確認してこい。そんで大丈夫なら困ってる奴を助けてやれ」

「「「 おうっ 」」」


 鉱山衆はぞろぞろと山を下っていった。ジルも現場を離れてレイヴンの元に急ぐ。防空壕の中で小さくなって眠っているレイヴンを発見して、ジルは思わず笑い出した。


「これだけの騒ぎの中で眠るなんて、ただの馬鹿か大物か。どっちにしろ楽しみじゃねえか、なあ、おい」


 ジルはレイヴンを起こし、山を下りて行った。


 それから十数分後、彼らが目にしたのは跡形もなく破壊された自宅だった。


「なんてこった……直撃を受けたのは俺ん家かよ……ボロボロじゃねえか、おい」

「……元々ボロボロだったけどね」


「いいか、レイヴン覚えておけよ。人生、立ち上がることだけは忘れちゃいけねえ。どんなにつらい事があっても、前を向いて立ち上がらなきゃなんねえんだ。それが生きるってことさ。……やっべえ、つい、良いこと言っちまったぜ」


「うん、そうだね。でも僕は大事な物は、いつも持ち歩いてるから大丈夫だよ。ジルは?」


 レイヴンはそういって首から下げたバッグを手に取った。中には溜めこんだ小銭と非常用の少し湿ったクッキーが入っている。


「……俺は宵越しの金は持たねえ主義だから問題ねえな。ってことはだ。俺たちは立ち上がる以前に、座り込んだりすらしてねえわけだ。ハハッ」


 二人して笑いあっていると、鉱山の仲間たちがやってきた。


「困ってるやつを探してるんだけど、なんか大丈夫そうっすね」

「馬鹿言え。こんなに可哀想な男たちを見捨てるんじゃねえよ」


 二人はこの後、仲間の家に招待されて一晩を明かした。

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