第3話 これからなぜ悪に堕ちるのか。

 翌日、街を出た。

 追放され、金ならあるが、どうしてもシエルを連れて行きたいので、二人で話すためだ。


 しばらく舗装された道を歩くと、外れて草木の生える平原へと向かって行く。


 だだっ広い平原には、段々と『穴』が目立ち始める。

 穿たれた穴には、草の一本も生えていない。


 そんな穴だらけの平原に、シエルは待っていた。その手に花を携えて。


「よぉ、二日ぶり」

「……うん」


 今俺の目の前にいるシエルは、俯いたまま俺を見ようともしない。


 それが嫌悪感だとかから来るものではなく、勇者パーティーから追放されるのを止められなかった自分を悔いているからだというのは、容易に想像がついた。


 しばらく黙っていると、一陣の風が吹いた。

 手に持つ白い花から花弁が飛んでいくと、その花を穴の一つに手向ける。


「殊勝なことだな」

「色々、あったからね……そんなここに呼んだのは、昔話をするため?」


 流石に勘付いていた。

 そう、ここは俺とシエルにとって生涯忘れることのできない場所だ。


「昔話もだが……これからのことも話したい」


 俺は珍しく真面目に口にすると、シエルは首をかしげていた。


「これからって……ライアは追放されちゃって、私達の道はもう……」

「交わることはないってか? 確かに、勇者パーティーの一員とそこら辺の盗人じゃ、立場が違い過ぎる」


 物心ついた時から孤児院で共に歩んできた道も、追放という決定的な出来事のせいで分かたれた。

 だが、これからのシエルとの事とは関係ないと信じたい。


「まず最初に言わせてもらうが、俺はお前と離れたくない。ずっと一緒にいたいと思ってる」

「ッ! 私だって、ライアと離れたくない……」


 少しだけ、誇張した。ずっと一緒にいるのは不可能だからだ。


 嘘ではない。願っている。

 願っているが、俺は叶わないことを妄信的に信じたくない。少しばかりの誇張だ。


 シエルにだけは嘘をつきたくないので、あくまで誇張。


「ねぇ、勇者パーティーを追放されるってこと、どういうことだかわかってるんだよね」

「まぁな」


 軽く返した俺に、シエルは顔をブンブンと振った。


「わかってないよ! ライアはもうただの盗人なんだよ? 盗人がどういう人生を送るか、ライアならわかってるはずでしょ?」


 もちろんわかっている。

 戦いでは役立たずであり、一市民として暮らすにも、盗人なんてジョブのせいで好意的に受け入れてくれる奴なんていない。


 そもそも真っ当な道は歩けないのだ。


 盗賊団に入って盗みを働いて生きていくか、詐欺師にでもなるか――もはや悪の道からは離れられないのだ。


「今からでも、勇者パーティーに戻る気はないの……?」

「あのアーサーが許すと思うか?」

「私が必至にお願いするから! 必要だって、説得してみせる! もう魔王城まで半分来てるんだから、なんとか残り半分を一緒に行けたら、勲章だって貰える! 国の人も盗人じゃなくて魔王を倒した英雄だって認めてくれるよ!」


 シエルの言うことは、とても魅力的だ。

 確かに勇者パーティーに戻って魔王を倒せれば、俺の人生は明るくなる。


 だがそれは叶うことのない夢だ。

 俺の計画――夢とは違い、真理からは遠く、決してたどり着くことのできない幻想だ。


 そうあってほしいと願う心がないこともないが、無理なのは重々承知している。


 だから語ろう、俺の計画という夢を。


「……これからのことを話したいって、言ったよな」


 必至に話すシエルに、俺は昔からの友として話かけた。

 シエルは言葉を止めると、俺の声に耳を貸す。


「まず聞きたいんだが、お前はこのまま勇者パーティーに居たいのか?」

「えっ?」

「どうなんだ? 本音を言ってくれ」


 シエルは言葉に詰まる。

 やはり勇者パーティーそのものに、シエルなりに思うところがあったようだ。


「私にとって、その……」


 言いづらそうなシエルは深呼吸すると、意を決したように口にした。


「チャンスだから」

「チャンス?」


 シエルは胸の前で手を組んで勇者パーティーにいることの意味を並べた。


「浄化の魔法が使えるのは国でもほんの少しだけ! だから、私は国王様から勇者パーティーに選ばれた! この役目を全うすることが――孤児院のみんなへの手向けなの!」

「あいつらのため、か」


 シエルの言い分はわかる。だが「国王様」と聞いて、俺は眉間にしわを寄せた。


「お前はまだ、あの国王を『様』なんてつけて呼ぶのか」


 言われ、シエルは胸を押さえている指をギュッと握った。


 国王は、ある意味魔王よりもどす黒い悪だ。

 それは、俺とシエルの間で共通の認識なのは間違いない。


「思い出せよ、孤児院時代のことを」

「……やめて」


 身を震わすシエルに、いいやと迫る。


「俺たちはあそこの中で飼われてただろ? まるで、鳥籠の中の鳥のように。もっとも、翼はもぎ取られてたがな」

「鳥……」

「ずっと翼が欲しかったよ。ホントの鳥みたいな」

「……昔もそんなこと、言ってたね」

「懐かしいことを覚えてるな。なら"あの時"のことも覚えてるだろ?」

「いや……思い出したくない……」


 震えている。だが俺はこの平原に穿たれた穴を指差して、ハッキリ言ってやった。


「忘れようとするな! あの国王が取った政策が、この穴を作った! 孤児院の子供たちに自爆魔法を覚えさせて魔物たちに突っこませてなぁ!」

「いやぁ!!」


 シエルは両手で耳を塞いで叫んだ。

 だが、それでも聞こえていることだろう。

 一足先に空へ飛び立っていった友達たちの声が。


 身寄りのない子供たちを孤児院に集めた。

 そこまではよかった。だが一向に受け取り手は現れず、孤児たちが溢れていく。


 養う金がかさんだことで国王がとった政策が、ジワジワと、そして決定的に孤児たちを殺した。


「忘れてないよな? 一部屋に三十人詰め込まれて、誰かがネズミに耳やら指やらを齧られて悲鳴を上げて目を覚ましてたこと! 冬になったら寒さで小さな子供たちが死んでいったこと! その果てに、抱えきれなくなった孤児たちを爆弾扱いしたこと!」

「もうやめて!!」


 シエルは泣き崩れた。

 この事は、もちろん公にはされていない。

 孤児院は表向き火事になったことになり、アインヘルムから魔物の被害の多かったこの街に送られたということになっているのだ。

 その途中に魔物に襲われ、子供たちは死んだことになっている。


 自爆魔法も、大人たちが巧妙に騙して教えたのだ。

 ジョブのないどんな子供でも、最下級魔法の一つくらいは覚えられる。


 そしていざ魔物を前にすれば、魔法を使わざるを得ない。


 俺は大人たちの考えに勘付き、まさにここから仲の良かったシエルと二人逃げた。

 それからどれだけ苦労の連続だったか……。


「なぁ、あんな国に従うのはやめにしないか? 魔王を倒しても、その先はどうだ? そりゃパレードが開かれて勇者パーティーは褒めたたえられるだろうが、あの国がいつまでも保護してくれるか? 魔王を倒したからずっと金をくれるのか? んなわけないだろ。褒めるだけ褒めたら、ポイだ。そんな未来でいいのか?」


 崩れ落ちたシエルへ囁くように語り掛ける。「俺と一緒に来ないか?」と。


「俺は大金を手にした! この金で、魔王に協力する!」


 そこまで泣いていたシエルが、信じられような目で俺を見た。


「魔王に協力するって……正気なの!?」

「正気も正気、心からそう思ってる。けど、これには入念に練った計画が……」


 言いかけて、シエルに突き飛ばされた。


「孤児院のみんなは魔物を倒すために死んだんだよ!? なのに、魔王に協力するなんて……おかしいよ!!」


 シエルがこうも強く出ることは今までなかった。

 特に俺に対して、「おかしい」なんて言うことはなかった。


 潔癖なところのあるシエルを、魔王に味方させるのは難しいと思ってはいたが、やはり無理なのだろうか。


 嘘を使えば、いや……シエルにだけは……。


「……詳しく話を聞く気は、ないか?」

「ない!! みんなの犠牲を、私は魔王を倒して無駄にしないと誓ったの!!」


 泣きながらシエルは言うと、走り去っていった。

 その背に、柄にもなく手を伸ばしていた。


 その手を、自らに向ける。


「……唯一の友との決別か」


 拳を握り締め、一人呟く。俺の歩く道が一人ぼっちになるのが決定した。


「ああクソ……クソ!! クソクソクソ!! だったらとことんやってやる!!」


 心の中で、なにかが弾けた気がした。

 もともと過去のせいで嘘つきだった俺が、また大きく変わってしまった気がした。


 だとしても、俺はやる。計画という夢のために。


―――


 珍しくシンミリしてしまいましたが、次回からはライアが自由にはっちゃけます!! なにとぞ続きをお読みください!!

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