第8話 れすば
放火事件の翌日。
事態は思わぬ方向へと加速した。
「女優のスマホをのぞいてみた結果www」などというふざけた文章とともに、清純派女優、阿僧祇那由多の……その、なんというか、極めてプライベートな写真が掲示板に投稿されたのだ。
これは、Vtuber事務所、芸能事務所、両陣営を震撼させた。芸能人というのは多かれ少なかれ、秘密を抱えているものである。
そして、Vtuberはそもそも演者の存在そのものが秘密の塊だ。
われわれVtuberは、『演者なんていない』という前提のもと活動しているのだ。演者の存在が暴かれた時点で、その前提が崩れてしまう。
もちろん、動揺したのは俺も例外ではなかった。
「佳奈……どうしたらいいと思う?」
「うーん……一応、SNSアカウントにアクセスするのは私のスマホだし、大丈夫だと思うけどね。愛も、配信中に妙なリンクをクリックしたりしたら絶対にダメだよ?」
「わかってるよ」
ちなみに今は、佳奈の部屋でだらだらとすごしている最中である。
今日は平日なので、本当は学校があるが、佳奈の体調を考えて休みにしている。
俺もここ最近の配信で疲労が溜まっているので、学校を休むことにした。
「ちなみに、今SNSはどんな感じなんだ?」
「……えーっと、阿僧祇那由多が絶賛レスバ中だね」
「…………れすば?」
知らない単語だ。
「レスポンスバトル、通称レスバ。……まあ、平たくいうとSNS上での口喧嘩だね」
そういうと、佳奈はスマホの画面を見せてきた。どうやら、『今日は撮影に行ってきました!』というお仕事報告ツイートのリプライ欄の一部のようである。
しつえ@teonuah
うっわ、キッツ
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阿僧祇那由多@1936NagaseTana
きついってどういうこと?そういうこと人に言っていいと思ってるの?
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ウマテガ@yummi
そうかそうか、つまり君はそんな奴なんだな
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しつえ@teonuah
いやwwあなたがいえた話じゃないでしょww
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阿僧祇那由多@1936NagaseTana
キモいツイートしてんじゃねえよ。そんなんだからみてないんだよ
多分、最後のは『だからモテないんだよ』の誤字だろう。っていうか、この『そうかそうか、つまり君はそんな奴なんだな』とリプライしている人、この前も見たような気がする。
「こんな感じのレスバに反応して……まあ、昨日みたいな地獄が繰り返されているってわけ」
……こういうのを止めるののも芸能事務所の仕事じゃないのか?
俺はそう思ったが、自業自得のような気もするので同情するのはやめておいた。
「……この状態、どう決着が着くと思う?」
「さあね。でも、実は続いた方が数字自体は伸びてるんだよね。Tubeの登録者数も、ツイッターのフォロワー数も、かなり増えたよ」
「そういえば、配信の同時接続者数も増えた気がするな」
ただ、この騒動でVtuberの数がかなり減った影響で、人が流れてきている……というのもあるのかもしれない。全体で見ると、半分近くのVtuberが一気に配信を辞めていってしまった。
「ただ、天使キャラでいくなら騒動を止めることは結局できないんだよね。守らなきゃ!っていって暴走する人が必ず出てくるから」
「むずかしいな……」
本当に、ほのぼの配信ができてたあの頃に帰りたい。
「大丈夫。秘策があるよ」
「………………秘策?」
俺はなんだかとても嫌な予感がして、ふとももの上から佳奈を見上げる。しかし、胸に阻まれてなにも見えなかった。
「大丈夫大丈夫。そんな大変じゃないから」
佳奈はそういうとスマホをそばに置いて、代わりに俺の頭をくしくしといじり始めた。
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