第6話 限界

それから何度も地獄のような配信を乗り越えた。

そして……あっけなく、限界が訪れた。


–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


退屈な英語の授業の最中。

不意に、がたんと横の席から音がした。


「佳奈、どうした……」


横を見ると、佳奈が椅子から転がり落ちたような体制で倒れ伏していた。

よく見ると、呼吸も少しおかしい。


「佳奈!」


俺は椅子を蹴飛ばすようにして慌ててかけよる。しかし、応答はなかった。


「……ちっ」


思わず口から舌打ちがでる。……なぜ様子がおかしいことに気がつかなかったんだ。


佳奈をお姫様抱っこして、先生に何も言わずにドアを蹴飛ばして保健室まで駆ける。ばあんというすごい音がなったが、気にしている場合ではない。


幸いにも保健室はあいていたので、俺は今度はさすがにゆっくりとドアを開ける。


「あら、どうしたの?」


と、おっとりとしたいかにも保健室の先生といった感じの人が出てきた。


「いきなり倒れて……呼吸もすこしおかしい感じで」

「あらら。ストレスかしらね?なにか心当たりは?」


ある。……が、流石に言うわけにはいかない。


「……まあいいわ。とりあえず、そこに寝かせてあげて。先生には私のほうからうまくいっておくから、ごゆっくり。呼吸は、そのうち治るわ。もし10分たってもおさまらなかったら呼んでね」


そういうと、先生はひらひらと手を振ってカーテンを閉めた。

なんだか、俺たちの関係の全てを見抜いてそうな感じだった。


「佳奈……もう起きてるんじゃないか?」


俺はカマをかけてみる。ドアを蹴り飛ばすときに凄まじい音が立ったので、流石に起きているだろうとの思ってのことだ。

起きていなくても何もいっていないことにできるので、一石二鳥である。


「ばれた?」


ぱちりと佳奈が目を開けた。

意外にも元気そうだな……などと思っていると、起き上がろうとした佳奈の状態がふらりと傾く。


「あはは………力が入らないね」

「佳奈……」


俺は佳奈の顔を覗き込む。

化粧でうまく隠されているが、うっすらと隈が見えた。


「最近、眠れてないとか?」

「……まあ、ね。なんか……怖くなっちゃうんだ」

「電話してくれればいいのに」

「大抵、そっちが先に寝ちゃうでしょ」


……まあ、確かに。


「……そうだな。ガッチガッチのセキュリュティに守られて寝るとか?」

「逆に落ち着かなそうだね」

「友達と一緒に寝るとか」

「うーん……一緒に寝る?」


こちらを見ながらそういう佳奈。

––––いや。それは。さすがに。


「……それより、悪かったな。そこまで追い詰められているのに気づけなくて」

「ふふ。いいよ、べつに。……ん」


佳奈はそういうと両手をこちらにのばしてくる。

それだけの動作でも少し辛そうだった。


「なんだ?」

「おいで」

「…………」


俺はそっと体を寄せる。すると、ぎゅっと抱きついてきた。


「嫌なら避けてね」


––––何を?


「……むぐっ」


避ける間もなく、いきなり唇を塞いできた。

当然のごとくファーストキスのため、キスの作法など何も知らない。そのため、俺はただ目を閉じるくらいのことしかできなかった。


そろそろ息が辛くなってきたところで、ぷはっと佳奈が唇を離した。


「どうだった?」


と、感想を求めてくる佳奈。


「なんか……すごかったな。佳奈の唇の柔らかさが伝わってきたし……なんかいい匂いもするし。佳奈の心臓の鼓動も伝わってきて、それから……」

「わかった、わかったから」


佳奈はぐりぐりと額を俺の胸板に擦り付けて止めてくる。

どうやら、自分で聞いておいて恥ずかしくなったらしい。


自分でもここまでぺらぺらと口が回るとは思わなかった。どうやら、配信の経験によって俺のトーク力も上がっていたようだ。


「……ん。でも、嫌じゃないならよかった。それじゃあ、今日から一緒に住もうか」


前後で全く文脈の整合性がとれていないせりふを吐く佳奈。


「…………え?」

「ベッドは一緒に使えばいいよね」

「…………」


俺は、さっきの佳奈の一緒に寝る?発言を思い出した。どうやら、あれは本気だったらしい。

この先自分の理性が持つのか不安になってきた。

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